第51話 凱旋

 剣をずるりと引き抜くと、クーレルは力なくその場に倒れた。


「――くっ!」


 今頃になって痛みが襲ってきたのか、ユキトも顔を歪ませて片膝をつく。


「ユキト!」


 アリスが駆け寄る。ジェイクとララもそのあとに続いた。


「……へへ、勝ったぜ」


 そう言って、弱々しく笑うユキト。本当は、笑顔なんて浮かべていられないくらいに痛い。


「ほんっとに無茶するんだから! このバカ!」


 そんなことを言っていても、アリスの目には涙がにじんでいる。


わりい……」


 ユキトには、それだけしか言えなかった。無茶をしていることも、そのせいで心配をかけていることも重々承知しているからだ。


「でもさ、何だかんだ言っても、最終的には信じてるんだよね」


 と、ララがアリスに満面の笑みを向ける。


「まあ、それはね。ユキトは、私のライバルなわけだし? そうかんたんにやられちゃ、困るって言うか……」


 しどろもどろで告げるアリスに、ララだけでなく、ユキトもジェイクも優しい笑みを浮かべる。


「そんなことより、早いとこ城に戻らない?」


 照れ隠しに、そう提案するアリス。


 多少の強引さはあったが、決着したことを報告しなければならないし、ユキトのケガを治療する必要もある。それに、エルザが心配なのはユキトも同じだった。そういうわけで、反対する理由はなく、ジェイクの空間転移魔法で帰ることにした。


 ラクトア城に到着すると、灰色の髪とうさぎ耳の男が城内へと入っていくのが見えた。見覚えのあるその姿は、ユキトの兄クロトである。彼を追っていくと、こちらの気配に気づいたのか、腰の軍刀に手をかけて振り向いた。


「――! なんだ、ユキトたちか。おかえり――って、どうしたんだ!? そのケガ!」


 アリスの肩を借りているユキトを見て、クロトはそう言って駆け寄ってきた。


 ユキトはただいまと返すと、苦笑しながら、


「……ちょっとしくじった」


 とだけ告げる。


 クロトの空色の瞳が、驚きで大きく見開かれる。どういうことだと、隣にいるアリスに視線を向けた。


「それじゃ説明になってないでしょ。任務で負傷したんです」


 まったく、もう! と呆れながら、アリスがクロトに説明した。


「そっか。団長を呼んでくるから、先に取調室にいっててもらってもいいかな? 詳しい話はその時に」


 そう言うと、クロトはユキトたちの返答も聞かずに城内へと消えていった。


 あっけにとられるジェイクとララ。二人とは対象的に、ユキトとアリスは苦笑する。クロトは昔から、ユキトが病気やケガで体調を崩していると慌てふためいていたのである。それが、ほんの小さな切り傷であってもだ。


(変わんねえな……)


 騎士団に入って弟離れができたかと思っていたのだが、実際にはそうではなかったらしい。


「とりあえず、いこっか」


 アリスの言葉に三人はうなずいて、取調べ室に向かうことにした。


 三度目ともなれば、もう慣れたもので。アリスはユキトに肩を貸しながら、白亜の廊下を歩いていく。そのあとに続くジェイクとララは、まだわずかに緊張しているようだ。


 しばらく歩くと、廊下の突き当たりにいきつく。その右側に、窓のないシンプルな扉があった。そこが、取調室と呼ばれる部屋である。


 扉を開けて中に入る。この部屋には、窓が一つもないためいつも暗い。アリスは、部屋の中央にあるいすにユキトを座らせると、扉近くにある照明のスイッチを入れた。


 室内は、相変わらずシンプルなテーブルと二脚のいすだけという、殺風景なもの。だが、それがなぜか、今はホッとするものに感じる。


 いすに座るユキトを囲むように女性陣が立ったまましばらく待っていると、


「ユキト!」


 という声とともに扉が勢いよく開かれた。四人の視線が一斉に扉の方へ向くと、そこには肩で息をしている騎士団団長のブライトとクロトの姿があった。


「あ、団長。お疲れ様です」


 ようやくきたとばかりに、ユキトが告げる。


「お疲れ様です。じゃねえよ! 重傷だって聞いたけど、平気なのか?」


 ブライトが、心配そうな表情でユキトに駆け寄る。


「正直なとこ、平気じゃないですよ。右足の太ももは穴開いてるし、左腕は折れてるし……」


 と、ユキトが苦笑しながら言うと、クロトがすぐに医療班を呼んでくると飛びだしていった。


「……それで、任務の報告にきたんだろ?」


 ブライトがたずねると、ユキトとアリスがうなずいた。


 ユキトがクーレルを討ち取ったことを告げると、アリスとララがカミーラを、ジェイクがアルフレッドを倒したことを報告した。


「そうか、ご苦労だった。……そういえば、皇帝陛下はどこに?」


 当然の疑問を口にするブライト。ユキト、アリス、ララの三人も首を傾げている。


「……ジルヴァーナ様は、アルフレッドに殺されたよ」


 ジェイクが静かに告げると、室内は重い空気に支配され、それぞれが彼の死を悼む。


「団長。あの、エルザ様は……?」


 しばらくすると、アリスがおずおずとたずねた。


「無事だよ。外傷もねえし、命に別状もねえ。広域魔法をかけ直すんだって、息巻いてたよ」


 少しはゆっくりしていたらいいのにと、ブライトが苦笑する。


「よかったーー!」


 と、アリスが盛大に安堵の声をあげた。


 他の三人もホッと胸をなでおろす。先ほどまでの重たい空気が、少し和らいだ気がした。


「何が『よかった』なのですか?」


 そんな可憐な声とともに、扉が開かれた。


 聞き慣れない声に、ユキトたち四人は勢いよく視線を扉の方に向ける。ブライトも驚いたような表情を浮かべている。


 そこには、真っ白なドレスを身にまとった、ふわふわとした栗色の髪の女性――ラクトア王国の国王であるエルザ・フローティアが立っていた。そのうしろに、クロトと医療班の騎士の姿も見える。


「エルザ様!?」


 どうしてここに? と思うよりも早く、ユキト以外の四人は片膝をつく。ユキトは、いすに座ったまま深々と頭をさげた。


「頭をあげて!」


 頭をさげるのはこちらだと言わんばかりに、エルザが声をあげる。


「エルザ様。それは、いささか無理というものでございます」


 と、ブライトがうやうやしく告げる。


 エルザは小さくため息をつくと、諦めたように肩をすくめて部屋に入った。クロトと医療班の騎士も彼女に続く。


「それで、私を助けてくださったのは、どなた?」


 と、優しい微笑みを浮かべてエルザが問う。


「あ、えっと……クーレルを倒したのは、俺です」


 と、ユキトがたどたどしく答える。


 エルザは、アプリコット色の瞳を輝かせてユキトの前に駆け寄ると、


「まあ、貴方が! 勇敢なのね! 本当にありがとう」


 と、ドレスの裾が床につくのも構わずに、ユキトと目線を合わせるためにしゃがんだ。


「あ、いえ……任務、ですから。それに、みんながいてくれたから勝てたわけで」


 ドギマギしながら答えるユキトに、エルザははたと小首をかしげる。


「任務って……貴方、騎士団に所属していて?」


「いえ、実はまだ……」


 歯切れの悪い言い方をするユキトにつけ加えて、ブライトがユキトとアリスは入団希望者だということ、二人が街に出現した魔物を倒したこと、その実力を認めて仮入団を許可したこと、正式に入団する条件としてクーレルの討伐を依頼したことを告げた。


「まったく、無茶なことを。生きて帰ってきてくれたからよかったものの、二人が犠牲になる可能性だってあったわけでしょ。もし、二人が帰ってこなかったら、どう責任取るつもりだったのかしら?」


 静かにそう言い募るエルザに、ブライトは何も言い返せない。事実、マターディース帝国の皇帝であるジルヴァーナが帰らぬ人となっているのだ。


「……まあ、すぎたことを言ってもしかたないわね。こうして生きていてくれたわけだし。最大限の褒美を与えましょう」


 エルザのその言葉に、ブライトは心底安堵する。


「というわけだ、ユキトとアリスの正式な入団を許可する!」


 いつもの調子に戻ったブライトが、高らかに宣言した。


「ありがとうございます!」


 ユキトとアリスが、瞳を輝かせながら礼を言う。


「貴女方は? 何か望むものはあるかしら?」


 と、エルザはジェイクとララにたずねた。


「……あたしは、一介の帽子屋です。平穏無事にすごせればそれで。ただ、ジルヴァーナ皇帝陛下が亡くなられたので、マターディース帝国への支援をお願いできればと」


 自分の望みはそれだけだと、ジェイクが告げる。


 ララも、日常が戻ればそれでいいと、とくに何も望まなかった。


「あら、二人とも謙虚なのね。わかりました。しばらくの間、マターディース帝国を支援しましょう」


 と、エルザは女王としてジェイクの望みを叶えると告げた。

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