第七話 嘘も偽りもなく(下)
『予選第一試合、よろしくお願いしますね?先輩』
そう告げ彼女は模擬戦場を後にする、先ほどまでのフラフラ具合は何処へやらと言ったという感じで、ルンルンと足を運びながらこの場から逃げるように出る前の彼女に、一つだけ聞きたい事があった。
「みかん」
「?」
まさか話しかけられるとは思ってもいなかったという様子で、目をギョッとさせこちらに振り返る、しかしその顔もみかんの嘘かもしれないという事は重々承知で聞きたい事を聞く、真実かどうかは実際に本気で斬りあえばわかるであろうが、彼女はどういう事にして欲しいのかを聞くために。
「みかんが言った事はどこまで本当で、どこまでが嘘なんだい?」
「武蔵君、一体どういう?」
みかんとやり取りをしていない和泉さんでは、恐らく理解もできない言葉を投げかけ、案の定彼女は疑問に思う、だが。
「キャハ、全部嘘だと思ってくださって構いませんよ?」
「じゃあ、そういう事にしておくよ」
みかんとの過ごした時間を忘れさせるべく、
「ごめんね、和泉さん」
Sword専用の整備端末に和泉一文字を乗せ、整備を始めた彼女に対して言う言葉は、これしかないだろうと思った。
「何がですか?」
「いや、予選の相手だったり…」
一回戦の相手と知らずに稽古を付けたり、自分の技を教え込んだりしたりと。
「そんな事ですか、構いませんよ?私はてっきり剣ヶ丘先輩と当たるとしって無理な鍛錬をしているかもと思ったから、戻ってきただけです。それに…」
「それに?」
「武蔵君が誰かに入れ込むなんて初めての事だったので、それが手の内を明かすべきじゃない予選の対戦相手でも、そうした行為を私は嬉しく思います」
流石は幼馴染。いや腐れ縁の方が正しいのかも知れない。どこまで言っても、斬ろうとしても斬れる事の無い縁は、正しく腐れ縁と言うべきだ。
「本当に敵わないよ、和泉さんには」
「私が武蔵君に勝てないのは運動系だけですからね」
「言ってくれるねぇー」
クスクス互いに笑いながら、時間は過ぎていく、こんな互いにとって遠慮しなくてよい、気を遣わなくてよい、心地の良い時間というのは簡単に過ぎ去るモノだ、しかし過ぎ去る前にと一つ疑問を和泉さんは投げかける。
「答えられたらで、構いません。何故置田さんに入れ込んだのですか?」
「それは、詳しくはみかんの為に言わないけれど、それでもいい?」
刀の整備を終えたのか、刀を鞘に戻して机に慎重に、埃も浮かない位に慎重に刀を大事に置く。俺とは扱い方が違い過ぎると思って見ていると、聞く準備ができたのか、和泉さんはこちらの瞳を見て離さない。
「全然俺とは違う、けれどどこか俺に似ていたから教えてあげようと思っただけ、本当だよ?」
「武蔵君と全然違うけれど、似ている矛盾したような、矛盾していないような」
そう言いながら刀を丁寧にこちらに持ってきて、自分はそれを受け取る。
「大事に扱ってくださいね?」
「そりゃあ勿論大事に…」
余り大事に扱っている光景が思い浮かばないが、ここは嘘でも言っておくべきだ。
「大事に扱うよ、絶対に
「そうですか、それなら安心です」
そうして俺は大して成長もできないまま剣聖祭予選を迎えた。
―剣聖祭予選初日―
「えー何より、安全にそれでいて危険を冒してでも勝ちに行く、そんな
―パチパチパチ―
予選前の剣ヶ丘学園長の挨拶を終えて、剣聖祭予選が始まった、それにしても安全第一にと言うのはわかるが一教育者が危険を冒してでも勝ちに行けと言うのはどうなんだ?等と考えていると会いたくも無い存在が目の前に現れた、学園の暴君にして学園の支配者、シスコンついでに剣舞馬鹿と、罵詈雑言を上げればきりがないがそれでもこの学園を束ねる者、剣ヶ丘学園長。
「よう!元剣聖」
話をかけないで欲しい、その中身とは裏腹に美人な顔が周りの生徒の視線を引く。
「なんでしょう?早くしないと剣ヶ丘先輩の試合が始まりますよ?」
「そう邪見に扱うなよ、一緒に怒られた中じゃないか」
それは学園長が全ての責任を負うべきだと思うのだが、絶対にこちらには非はやはりなかったのだと思いたいのだがどうなのだろうか。
「芽生は負けないよ、少なくてもお前を負かすその時までな」
それは、大層な信頼だこと。
「それじゃあブレインが劣化して、前評判がだだ下がりしている俺を気遣っているんですか?」
そう話している間に、試合時間が近づいているのだろうか?和泉さんがこちらに向ってきて間に入りづらそうにしている姿を見て学園長を通り過ぎる。
「お前には期待しているよ、芽生を更に強くしてくれるって」
「そうですね、そう在れたらいいなと思いますよ」
学園長なりの贔屓なのだろう、妹の経験値となれという事だ、実力も無ければそのような事も言われない、だからこそその言葉は素直に受け取っておくとする。
和泉さんの元へ辿り着き和泉一文字を手渡す。
「学園長とは何を?」
「いつも通りの世間話」
「そうですか」
そんな何気無い会話を終え、控え室には
「和泉さんミーシャは何勝で、剣聖祭への切符を掴むと思う?」
「それは……」
言いにくいだろう、自分が担当している剣士より数段上の存在がどうなるかだなんて、言いたくない気持ちもわかる、全勝と言うのは難しい事だ。去年の自分も一敗はしている、まぁ実力差で負けたとは思ってもいないが、運が悪ければ休み無しの9連戦を強いられる、去年の自分はその運の悪さを引き当てて見せ、見事に体力切れという名の惨敗を喫した。でもミーシャはどうなのだろうか?剣聖祭出場ラインは7勝2敗以上だ、それが複数人居た場合はトーナメントで残りの枠を奪い合う。実力者であっても1敗は喫するのが定石、さてそれを加味した上で和泉さんはどう答える?
「全勝ですね、ミーシャさんのブロックには飛びぬけた実力者が居ないというのもありますが、ミリオンさんという鍛冶師が居て負ける要素は無いと思います」
和泉さんがミリオンさんの事をどれだけ、尊敬しているのかよくわかる一言だ、確かにミーシャの戦術も考えて、それでいてあのクラウ・ソラスを作った張本人だ。自分にはわからないが鍛冶師と言う立場から見ても、大層凄い人なのであろう。
「じゃあ俺も全勝を目指すよ」
「芽生先輩にも勝てますか?」
「勝つさちょっと前にも言っただろう?今この学園に居る人には負けないさって」
「そうですね、信じています」
「そう、和泉さん程の鍛冶師が入れ込んだ、弱体化したと世間では言われている剣士を信じていてよ」
『登場したぞ、剣聖の名は過去の話、敗北を喫した元天才、東雲ぇ武蔵ぃ』
相変わらず要らない事を言う実況に、それを喜ぶ観客達。自分のスタイルが嫌われているという事は知っていたがここまで露骨に態度に出されては少しショックだ。
『対するは未だ0勝の一年生、大金星はなるか置田ぁみかんー』
自分の時と比べてギャラリーの盛り上がりは少ない、それだけ無名と言う事か、でも勝てれば絶対に名を上げるのは確実だろう。
「一週間ぶりだね、みかん」
「世間話は後にしましょう、私は勝ちます。力を貸して『
短刀だが、それでいて持ち主に負けず劣らずの信念を持つかの様な真っすぐな刀身を露わにする。
「そうだね、あの言葉が真実かどうかは今日確かめるとしよう、『和泉一文字』」
3・2・1とカウントダウンが一刻一刻と進む、集中しろ、負ける訳にはいかないけれどやりたい事は必ずやる、そう心に決め瞳を開いた瞬間の事であった。
「セイ!」
カウントダウンが0になった瞬間にそこに居る事ができない筈の彼女が、こちら懐に入ってきている。けれどやはりと言うべきか踏み込みが足りていない、もう半歩こちらに近づけていれば、と言われる一撃を放っている。
―キィィン―
防ぎ追撃の一撃をお見舞いしようとすると、再び起こる不可解な現象に目を疑う。攻撃があった場所には既にみかんは居らず、居るのは遥か遠方。手に持つ刀をどうあがいても当てる事の出来ない飛び道具でもない限りはだが。
「《
「クッ……」
さぁどう避けて、どう反撃するんだ?
短刀が宙を舞う、しかしおかしい手応えは無かったが…。
「《
声の聞こえる筈がない場所から、一切の影も見せずに、そして音すら出さずに背後からこちらを仕留めようとする刃が向かってくる。
仕方がないダメ―ジは受けても、それでも攻撃は当てられるに越した事はない。
―ザシュッ!―
しかしおかしいかなこちらの攻撃は入ったものの、向こうからの攻撃は入ってこない。寸での所で刃は止められていた、何のつもりだとみかんの顔を見る。
「ハァ…ハァッ…ハァッ」
前と同じだ、酷く青ざめて過呼吸気味になっている攻撃どころでは無いその様子を見て救護班を呼ぼうとしたその時だった。
「みかん、その様子じゃ」
「ッ《置換》!」
すぐさま瞬間移動するかの様に遠くに移動し、短刀をこちらに向って投げる。
「《置換》!」
今度は短刀を直接空中で掴みそのまま振りかぶってくる、振りかぶってしまえば震えていても苦しくても、刀を振るえるという算段かと思うも、その攻撃もこちらに着く前に瞬間移動をして逃げてしまう。
「みかん…君は…」
「ハァッ……ハァッ……」
小さい頃から動物が好きだった、だからこそ犬も飼っていたし、猫も飼っていた、動物に囲まれながら暮らす生活は幸せで至福の時だった。
それと同じ位好きな事があった、剣舞、背の小さい私でも活躍できる事、普段は手も足も出ない男の子にだって勝てるこの競技を私は心の底から愛していた、そんな時だった自分のブレインを会得したのは、能力は《置換》場所と場所を入れ替えるブレイン、最初は物をずらすこのブレインに全くの意味を見出せなくて、周りもブレインを使い熟しブレインが弱い私は勝てなくなった、でもその時気づいたのだ、私自身も移動できるんじゃないかって。
そこからは早かった空気と場所を入れ替える様に自分の体を移動させる事に気づいた、けれど物体の位置が分かっている物と入れ替える訳じゃないから、何度も何度も練習したそう大好きな動物が居る家でも…。
大好きな犬が死んだ、私の所為で、大好きな家族の一匹が死んだ、私の所為で、私の所為で、私の所為で、私の所為で、その日から私はsword振る事ができなくなった。
「まるでサーカスね」
「ミーシャさん?お疲れ様です」
「ありがとう、うちは」
武蔵君は第二陣だが、第一陣であるミーシャさんの試合は終わったらしい、それにしても早すぎる第一陣と第二陣の開始時刻は数分程度しか違わない筈だ、それなのにシャワーを終え髪も乾かし終えている。どれ程の楽勝な勝利だったというのだろうか?想像するだけでもお相手の気持ちが分かる。レベルが違うその一言に尽きるだろう。
「サーカスと言うのは?」
「相手の事よ、攻撃も当てれずに移動ばかりしている、当てる為の努力はしているんでしょうけどね……視線誘導とか、相手の死角に上手く入る事とか」
「なんで当てられないんでしょうか?」
当てようとしているのはわかる、しかし何故当てられないのかが私にはわからない。
「理由は二つあるけど…言うのは一つで十分ね、当てる度胸が無いからよ、あの対戦相手は怖がっているの」
二つ目の理由も気になるが、それよりも怖がっているとはどういう事なのだろうか?
「トラウマか何かは、知りはしないけれどね、それにしても武蔵も優しい事するのね…………私以外にも……」
「トラウマ?と最後なにか言いました?」
「いえ、気にしないで、それじゃあね」
少しムッとした様子でミーシャさんはこの会場を後にする、立ち去り際に周りのギャラリーが「対戦相手10秒持たなかったらしいぜ」等色々な噂が聞こえたがそれは、後で結果を見ればわかる事だ、まずは武蔵君の勝ちを祈らなくては。
みかんが吐きそうな顔をしながらこちらに攻撃を仕掛けるが寸での所で止める訳でもなく、そして焦点もあっていないのか全く違う所に攻撃が飛んでいく。
それに目も当てられなくなったギャラリーは「いい加減にしろー、八百長かー?」と罵声が飛ぶ始末、そんな事みかんも分かっている勝てない理由も分かっている、それでも戦うと決めたからここに立っているんだ、それすらもわからない人間は……。
「黙ってろ!」
観客に目を向け言ったからだろうか?一番先に声を上げた観客達はすぐさま黙りこく。
「みかん!」
「?」
短刀を構えるのを止めて、涙目でこちらを見る、そうだね
「みかんの気持ちが全力が知れてよかった、だから次は全力で殺しに来い」
するとみかんは高らかに笑いだす、怒り狂いながら、フフフと気味の悪い笑い声を高らかにしながら。
「殺しに来い?フフフ……その意味も知らないで……フフフ……軽い気持ちで口にするなッ!」
気味悪く聞こえるような笑い声を交えながら、怒りを向けてくる。確かにその重みを俺は知らないだけど。
もうみかんの対処法はわかったから、それを実戦を通して実施するだけだから。
「《習得し尽くした瞳》
先ほどの攻撃も受け流す為に居合で待ち構えては居た、それが開花の構えだとは思わずに、去年も1か月前もそしてこの前も、見てきたから防御に使う居合の
「はああああああ」
―キィン―ッシュ―
みかんの渾身の一撃を一撃目で弾き二撃目を食らわせる。まだだ、まだ遅い手数が足りない、だからみかんには悪いけど完成させる為の土台になってもらうよ、でもその代わりにトラウマは解消させてあげるから。
「どうした、みかん。そんなに怒っても俺を斬れないのか?」
「煩い!煩い!煩い!何もわからない癖に、何も知らない癖に!」
「何も知らないよ?だから全力で斬りに来い、格の違いを教えてやる」
―キィン―キキン―
何度も何度も移動してきては弾くを繰り返す、もっと早く、もっと鋭く、何度も斬るように。まだ足りない、まだ足りないならもっと早くして貰えばいい。
「さぁもっと来い!」
「ッ……、こうなったら……ヒエン・サーカス」
幻覚と疑いたくなるような、連続の瞬間移動に目で追えなくなる、いや目で追うな、間合いに入ってきた瞬間、斬り付けるそれが居合の神髄の筈だ。
そしてその斬り付ける回数を極限まで増やせ。
かすり傷はどうでも良い確実に入ってきたその時を狙って………。
「
―キィィイイン―
一度目の攻撃は相手の弾き。
―ザシュッ!―ザシュッ!
二撃三撃と連続でみかんの体を斬り刻む。
「ガァ…ック…」
勝負はあった、完全にみかんのヘファイストスは削れ落ち守る術を失った、俺の勝ちだ。
倒れたままのみかんに近づき一声かける。
「みかん」
「なんですか、文句でも言いに来たんですか?」
手を握りしめて彼女に言うべき事を言ってやる、自分でも気づいていないけれど、みかんは著しい成長をしていたから。
「飛燕のアレンジ見事だった、そして……斬れたじゃないか?あんなに斬るのを怖がっていたのによく頑張ったな」
みかんの頭を撫でてやると、今更になって自分で気づいたのか、それとも疲れ果てたのか安心したような顔をして、みかんの意識は少しづつ消えて行く。
そして俺は宙を見るデカデカと書かれたwinner・Shinonomeと書かれた文字を見て俺は控え室に戻る、きっと和泉さんにまた怒られる、相手を成長させてどうするんですかと。それでも彼女の持つ、嘘偽りの無い、勝ちたいという気持ちを汲んでやりたかった、無論負ける気は毛頭ないだが自分じゃない誰か相手に勝てるようにしてあげたかったのが俺の嘘偽りの無い気持ちだから、許してくれと怒られながらに言う姿が簡単に想像できた。
決して実力の近い、試合では無かったけれど、いい試合だった。
天才剣士と神童剣聖の剣舞(ソードダンス) 鈴川 掌 @suzunone13
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