第七話 嘘も偽りもなく(中)
雑音にしか聞こえない音楽を聴きながら目を覚ます。今日は休日だと言うのに、一歩も動きたくないと考えている自分が居る、スランプと言うべきか、それとも今までが都合よく行き過ぎただけだったのか、鍛錬をし続けても自分が成長したという感覚がない。
これが普通なんだと割り切る事ができればよかったのだが、今の自分にそんな余裕はない、もっと早く成長して、もっと早く強くなる為に何が必要なのか、何をすればいいのかもわからないというのは、初めての経験であるからこそ、全ての時間を鍛錬に回している。
「体痛い…」
机に突っ伏したまま眠っていた所為か、体のあちこちが痛い。なんとかベッドにまで辿り着いて倒れ込む。
―ブーブーっとベッドの近くに置いていた通信端末が細かに振動した事を確認し、全身の痛みを我慢して手を伸ばす、恐らくだが普通に横着せずに体を動かして取りに行った方がいいと思うのだが、頭で理解していたとしても体がそれを拒む。
横着したい、休みたい、動きたくないetc…と理由を付けて体を休める事に全力になっていた。
通信端末を取り、なにが来ていたのかを確認する。和泉さんから定時連絡に、ミーシャからの果てしなくどうでも良い話題の提供いつもであればそのような物が占めている筈なのだが、来週の月曜で剣聖祭予選まで1週間を切る、つまりはそういう物が来るだろうとは予想していた、けれど本当に来るとなると少しの緊張感が走る。
「予選の対戦相手…」
そう口に出さなくてはならない程、待ち望んでいた事でもあるが、現在自分の成長が著しく伸び悩んでいる現状では、これを見る気にもなれない。
「見るのは後でもいいよな」
通信端末をポケットにしまって、寮一階にある食堂へ向かう。
体が痛い?動きたくない?そんな事を言っていられない時期が、もう既に目の前に来てしまっている、ならば自分がやるべき事は一つだけだろう。ご飯を食べて、また鍛錬に戻る。そうしようと思ったのだが、その時来た一通の連絡を前に今日の予定は全て破綻した。
「武蔵君今日は、整備の日ですが、忘れていませんか?」
そう言えば、そのような約束をしていた気がする事を思い出し、急いでご飯を腹の中へ詰め込み、急ぎ和泉さんの居る鍛冶場へ向かうのであった。
和泉さんが待つ鍛冶場へ向かう途中の事だった、身長の小さな女の子がふと目に入り、その様子を追ってしまう。
一目惚れをしたという訳ではない、人生で初めて物事を覚えるのに苦戦している現状。なにか打開策は、もっと強くなる為にはどうするべきか、誰でもいいから教えてくれと言わんばかりに周囲を見渡す事が増えた、自分を客観視できていると言うべきなのか、それともブレインが完全であったころの様に、見るだけで解決するとでも思っているのか、それはわからないが、だからこそ見る事が余りなかった戦闘スタイルを持った子を見て、興味が湧いた。
「セイッ!ハァぁあああ!ヤァァアア」
声を上げながら自分が持っている刀の半分も満たないであろう短刀を振り縦横無尽に駆け巡る少女を見た。
髪は茶色で背は小さく、いくら身体能力が強化されるとは言え、余りにも剣舞をやるには向いていなさそうな体の持ち主が一生懸命に短刀を振るっている。
隙が多く、攻撃前の動作に無駄が多い、それでもどことなく敵に一矢報いる事を前提としたような攻撃の数々。
一言で言ってしまえば参考にはならない、お手本にしてはいけないタイプだが、その俊敏性は目を見張るモノがあった。
自分と同じ一撃タイプかもしれないと思った。
一歩ずつ、一歩ずつ彼女に近づき、じっくりと観察する、自分とどれだけ同じでどれだけ違うかを。
「ハアアアア……ッ」
稽古場に人が入るのは珍しい事ではない、場所を分け合って使うべきと言うのが普通の事だがそれでも、稽古場で一人の鍛錬をずっと凝視する人間が居るとなると、不気味な事この上ないであろう、しかも剣ヶ丘先輩や、ミーシャの様に実力を持ち憧れとなるべき対象ならまだしも、まだまだ実力も満たない自分が見られているとなると変だと感じる筈だ。
「あの……なにか御用ですか?」
彼女は動きを止め、こちらに質問してくる。その時になって初めて自分の愚かしさに気づいた、この様子ではただの不審者ではないのだろうかと。
「ごめん、少し君の動きを観察させてもらっただけなんだ、深い意図はない」
「そう…ですか…」
「本当に邪魔してごめんね、じゃあ俺行くから」
一呼吸し、
「あっ、あの!」
立ち去ろうとしたその時大きな声で呼び止められる。
「?どうしたの」
「東雲先輩ですよね?よろしければご稽古、お願いできないでしょうか?」
「俺に?どうして?」
「えっと、それは……そう!東雲先輩の様に速い攻撃スタイルを目指しているんです、私」
自分が速い攻撃スタイルかどうかはさて置き、予選前と言う大事な時期に自分の技量すらままならないというのに、誰かに教えるという事が許されるのかどうか、それに一応今日は和泉さんとの先約もある。
「ちょっと無理か…」
「お願いします、どうしても剣聖祭予選で、勝ちたいんです私」
彼女の瞳に吸い込まれるように、その言葉に心が打たれた。
「私、この学校入れたけど、剣舞で全然勝てなくて、学校を辞めようかとも考えたんです、けれど何もせずに辞めるなんて悔しいじゃないですか、だから予選まで全力でやって1勝でも、もぎ取れたら自分はここに居てもいいんだって思えるから……だから!」
彼女も自分と同じように、剣舞に苦しんできた存在そして自分とは違って勝てないという意味で苦しんできた存在、そんな自分とは全く違う存在でも同じ悩みを抱えているモノとしては、少しでも彼女を応援したいという気持ちがあり、そして彼女には、自分が願いの足しになりたいとそう思わせる魅力があった。
「わかった。今日だけでもいいのなら、鍛錬に付き合うよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
とても嬉しそうな顔をする、彼女の顔にはどことなく自分が苦手に思う人柄を感じたがそれは勘違いという物であろう。
そして今日、彼女に付き合うという事は、今日の整備は見送りにするしかないという事、申し訳ないが和泉さんには謝罪の文面を送り、間もなくわかりましたという返信が返ってくる、それであればミリオンさんの所に行くとも書いてあった、彼女も彼女なりにやりたい事があるのだろう、それをこちらの用事に合わせてやってくれているというのに本当に申し訳ない事をした。
「これでいいか、それで?君の名前と学年は?」
「私の名前ですか?………1年のみかんです」
少し考えた様子で名前を答えたが、なんだったのだろうか?それにしてもみかんとは、美味しそうな名前だ事、恐らく彼女の親は二つの意味で冬に恋しい想いをする事になるというのが予想がついて、少し笑ってしまう。
「どうかしました?」
先ほどまでの少し考えた様子は消え、こちらに率直な疑問を投げかけてくる、やはり考えすぎだったか。
「いや、何でもないよ、それで何からアドバイスすればいいかな?」
「えっと……それじゃあ……」
「遅い!それじゃ、連撃を入れる前に態勢を立て直される!」
「っ、わかってます」
互いに訓練用のswordに持ち替えて、剣戟をぶつけ合う、みかんは確かにスピードを重視しているが、それでも彼女の戦闘スタイルは一発攻撃を当てれば引くという、ヒットアンドアウェイ戦法、堅実と言えば聞こえはいいが、一つのミスで全てが台無しになるという戦法だ、だからこそ彼女は連撃のコツを聞いてきたのだろう。
みかんのブレインが分からない現状、確かな事は言えないがこれではまだ勝てていないというのも納得できると言えばいいのか、言ってしまえば慎重すぎる、踏み込みが足りない、エトセトラと技術というより精神面がまだまだ未熟と言う印象を覚える。
―タンッ―
「なっ!?」
彼女の一撃を受け止め鍔迫り合いを起こし一度会話ができる態勢に移る。
「みかん、よく見ているんだ、君が言うスピード重視と俺が思うスピード重視の意味は違うかもしれない、けれど多分君が求めるものはこの技に全て含まれていると思うから…」
みかんを引き離し、一度間合いを広げる。彼女が予選までにどれだけモノにできるかはわからない、だが一つの目標としてこの技を見せて置くのは良いと思った。
「我流東雲・飛燕」
特殊な
―ザシュ!ザシュ!ザシュ!
みかんを吹っ飛ばさない様に
「これが……剣聖の力……」
「元だけどね、今見せた事をマスターすれば、少なくてもずっと負けるなんて事はきっとなくなるよ、多分…だけどね、それでみかんはどうする?」
「私は、私はやっぱり強くなりたいです」
「そっか、それなら今日だけだけど、飛燕のコツだけは教えるよ、それから先はみかん次第だ」
「ありがとうございます!」
スパスパとホログラムで出来たデコイをみかんは切り裂いていくが、どこか少し違和感がある、と言うのも先ほどまでの攻撃とはまるで違う、しっかりと踏み込み、急所を切り裂いていく姿は先程までとは別人とも思える戦闘スタイルであった。
しかしある瞬間にその別人とも思える戦闘スタイルは終わりを告げた、突如目の前に出てきたホログラムを前にして、斬りこむのを止め、動きを停止させてしまう。
「みかん?」
「ハッァ、ハッァ、ハッァ」
過呼吸ぎみとも思える程、息を荒げて、こちらにも応答しようとしない。
「みかん、落ち着いてここに居るのは、ホログラムと俺だけだよ」
「……東雲先輩?」
彼女は何処か酷くおびえた様子でこちらを見る、瞳を見てわかるのは焦点が合っていないのか、瞳が
流石にこのような状態になられては、鍛錬もできないだろうからみかんを支えて壁際まで歩かせ、なんとか壁に背をかけ倒れる様に座り込む。
「一先ず先生でも呼んでくるよ」
そう言い残し、みかんから離れようとしたその時だった。フラフラになりながらも彼女は立ち上がり、狂ったようと形容しても良さそうな瞳をこちらに向けこう言うのだ。
「東雲先輩、大丈夫です。まだやれます、やります」
「そんな事を言ったって…」
「先輩、飛燕だけじゃなく、疾風も見せてください、絶対モノにして見せますから…」
「そ、それじゃあ見せるだけだよ?流石にみかんに打ち込む気にはなれない」
「それで大丈夫です、見せてくれるだけで、大丈夫です」
その貪欲とまで思える勝ちへの執念を見せられてしまっては、こちらとしても断れるものも断れない。
そう思い、疾風を放つその時。
「武蔵君いますか!」
「っと…和泉さん?どうしたの?」
息を荒げながらこちらに駆け寄ってくる、和泉さんを前に一歩また一歩、後ずさりをしてしまった、流石に当日に約束をバックレるのはどうかと、自分でも思っては居たのだ。
しかし、そんなこちらの思惑はなんのそのと言わんばかりに、通信端末の画面をこちらに見せてくる、そこには予選表と書かれたページが開かれている、そう言えば確か今日は予選の組み合わせの発表日だったのだったと思い出した。
「ハァ、ハァ、よ、予選表は見たんですか?」
「いや見てないけど、別に今日じゃなくていいかなって…思って?」
そう言っている最中に和泉さんを見ていると、みるみるうちに彼女の顔から表情というモノが抜け落ちて、笑顔だけが残る。不味い、非常に不味いこのような状態になるという事は、自分は大変な事をしでかしているという証拠だ。
「見てください?」
「はい…」
渋々自分の端末で確認すると、最終日の欄に目が釘付けになる、そこには信じられないというか、信じたくない名前が書かれていたのだから。
「剣ヶ丘先輩と当たるのか……」
「そうですよ?それを先ほどミリオンさんから伝えられてビックリしました、だったら尚の事今日中に整備した方が……あら?置田みかんさん?」
意外そうな顔でみかんの名前を呼ぶ和泉さん、こちらとしても意外だ和泉さんが彼女を知っているとは思っても居なかった、和泉さんに刀の依頼でもしたのだろうか?でも言ってしまえば分不相応とでも言うのか、みかんが頼めるような相手でもない気がしたのだが…。
「どうしたんですか?武蔵君と同じ模擬戦場で…」
「あぁそれは、俺が教えていたんだよ、どうしても勝ちたいからって」
「それはそれは、なるほどなるほど、それが貴方のやり方ですか?置田みかんさん?」
先ほどまで張り付けていた笑顔という表情に変わる、どういう事だ?
「あぁーあ、バレちゃいましたね、貴方が来なければもう少し研究できたんですけど」
「みかん?」
小悪魔のような笑みをこちらに向けて、みかんは告げる。
「剣聖祭予選、第一試合よろしくお願いしますね、東雲先輩?」
なるほど彼女がどうしてもと懇願してきた理由が今になってわかった、これは後でもう一度、和泉さんに怒られるのは確定だ。
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