第七話 嘘も偽りもなく(上)

 ―ザキン―、―キィィンー、―ザシュッ―

 何度も、何度も、何度でも、ダミーとして立っているホログラムを斬りこんでいく、どれ程時間が経ったかはわからない、しかし夥しい数のホログラムで出来たダミーを斬りこんでいき、気づいた事が一つだけある。それは、どれ程研鑽を積んだとしても伸び悩んでいるという事、居合はこれ以上速くなることは無く、ただの一振りもこれ以上強くなることが無いと言わんばかりに、ただただ成長の無い時間が過ぎていく。

「くっそ」

 わかっていた筈だ、疾風はやて飛燕ひえんでさえもが上手く行き過ぎていたという位、気づいていただが《全てを習得する瞳オールラーニング》を失っても停滞する事のなかった、自分の実力がここに来て初めて停滞を開始した。

「もっと速くしないとミーシャには…、それどころか剣ヶ丘先輩にも…」

 見きられたとしても、必ずその行動が来るとわかっていたとしても、避けられない速さで、防御されても力で押せる一撃を求める、けれどもそれは雲を掴む程に遠いものだ。

 朝からずっと刀を振るっていれば、握力も無くなっていく、それが特殊な金属プロメテウスで強化された肉体ですら疲労を見せているというのだから、自分に溜まった疲労は相当な物なのだろう。けれどだからと言って予選まで1ヶ月を切った今、成長が停滞しているからといって休むなんて事はできない、殻を破るのであれば今しかないのは確かだ。

 ―キィィン、カララ―

 和泉一文字が自分の手をすり抜けて、地面へと転がる。和泉さんが自分の為に打ってくれた大切な刀だ、決して雑に扱った訳ではないそれでも、握力が無くなっていくと言っても、刀を握る事も出来ない程握力は無くなっていない筈なのだがと思い、刀を拾うべく持ち上げようとするが手のひらに急激な痛みが走る。

「あぐっ」

 思わず変な声が出てしまった、刀は持ち上げずそのまま地面に置き、思わず自分の手のひらを見ると、そこには血マメができてしまっていた。

「休めって事か…」

 刀を腰に差し、水道がある場所を探しに模擬戦場を後にする。


 水道で手を入念に洗い、その後にマメに小さな穴を開けそれ以降は触れないように、テーピングで固定する。こんなものでいいかと考えていると、歓声が沸いたと同時に扉が開きそこから学園長が出てきた。

「おはようございます」

「おぉ、元剣聖じゃないか、どうした?こんなところで」

「ちょっと、マメができちゃいまして」

 そう言いながら、自分のテーピングで固定した手のひらを見せると、正直に言うと気分は良くならない笑い声でゲラゲラと笑われる。

「そう笑われると思ったから、見せたくなかったんですけどね」

 剣ヶ丘学園長はこちらの嫌味を知ってか知らずか、ニカっと白い歯を見せる。

「そういうな、いやぁー結構結構、つい先日まで学園を辞めると言っていた者が、そこまで剣舞に真摯しんしになるとはなぁ」

「辞める気でいるのは変わりませんけどね、それが遅くなったか、早くなったか、それだけですよ」

 全てを出し切って、自分に敵う者は居ないと証明して辞めたいと思っただけで、辞める気が無くなった訳では決してない。

 挫折した訳でもない、苦悩した訳でもない、圧倒的力を前に怖気おじけづいた訳ですらない、ただ自分こそが一番だと証明して勝ち逃げしたいという姑息な考えを持っただけだ。

「まぁ、そう言うなよ。それでも前までのお前よりは大分マシだよ」

「はぁ…、そうですか、それじゃあ失礼しますね」

 そう言ってこの場を立ち去ろうとした時には既に遅かった、首根っこを掴まれて抱き寄せられる、女性にこんな事をされるのは男性として大変ありがたい事ではあるかもしれないが、この学園長にされるのは正直勘弁して欲しい事だ。

 この学園長が予選会場から出てきて首根っこを掴むという事は、やろうとしている事は一つしかないのだから。

「元剣聖、少し時間あるか?」

「時間はあっても無理ですね、この手の治療を優先したいので」

「なぁに、気にするな、私は大人だ。手加減の一つくらいはしてやるさ」

 話しをまるで聞いていない、この学園長を止める事の出来る秘書の一人位は、居ないのだろうか?そんな事を考えても無駄な事はわかっているが、自分はただ先ほど後にした模擬戦場へとズルズルと引きずり戻されるのであった。


 ―模擬戦場

 学園長の自身のsword選びに少し時間を取られて、今一度向かい合う、そのsword選びに時間を割かれている内に、まだ手のひらは痛いが体力の方は何とか一戦ができる程度には回復する事ができた。

「本当に、一戦だけなんでしょうね?」

「安心しろ、私は嘘だけはつかないからな」

 本当か?と疑問に思うが今は正直どうでも良い、早く終わらせて休息に時間を当てようと思っていたのが間違いだった。

 ―キィィイン―

「狂い桜、開花」

「クッソ」

 この人全然手を抜くという事を知らない、だからやりたくなかったのだ、それなのにこの人は…。そちらがその気ならば仕方無い、こちらもある程度本気を出さなければ負けてしまう。それはミーシャとの約束を反故ほごにするようなものだ。それに一方的に負けるなんて気分の悪い事をしたくも無い。

「我流東雲、居合・疾風!」

 真っ向から開花を打ち破ろうとする。開花の弱点は正直ある事にはあるが、今の自分にはその対処はできそうに無い。だからこそ新たな技を習得しようとしている訳でもあるのだが。

 ―ガキィィン―

 プロメテウスとプロメテウスが正面からぶつかり合い、鈍い音が響き渡る。正直嘘だと思いたい、いや違うここまで今の自分と学園長が離れているとは思いたくないというのが本音か。

「開花じゃないですよね?」

「当たり前だろう?」

 そう余裕綽々よゆうしゃくしゃくと返事をする学園長が酷く怖いと思った。この人の肩書きは知っている、だけれどもここまで凄いのかと、驚愕を隠せずには居られないというのが本音だ。

 自分の放った疾風は、いとも容易く正面から受け止められる。この程度か?と言わんばかりに一度間合いを離し、指をクイクイとこちらに振ってくる。

 一度、和泉一文字を握りしめる手のひらを緩め、今一度握りしめる。痛い、痛いけれどここまでされたら黙っては居られない。やりたい事を全部試す、そうでもしないと割に合わないだろうから。

「《習得し尽くした瞳ラーンド・アイ》!」

 右目を限界まで開き、記憶を見る。記憶を見てできた事を改めて再現する。しかしただ再現する訳ではない、アレンジをする、この目にそれができるかはわからないからこそ行う実験だ。

まとえ!疑似・プロミネンスプロミネンス

 和泉一文字に炎を纏わせようとするが、上手くいかない。この瞳じゃ、できないのかそれともこの刀は苦手な事なのだろうか?それはわからないならば実験その2だ。

「そんな事に私はいつまでも付き合わないよ」

 ―ザシュッ―

 実験をしようとしていたばかりに、周りを確認する事を疎かにし過ぎてしまった。だからこそ致命的な一撃を受けてしまう。

 けれどそれが良かったのかも知れない、これならばやりたかった実験2を上手く実行できそうだ。

 和泉一文字を中段に構えて集中する、いける、この感覚は前にもあった、だからこそ発動できる筈だ、自分のもう一つのブレインを発動する。

「《無神むしん》」

「よし、そこまで、はぁあ、満足、満足」

 居合を態勢に入り、今出せる全開出力の疾風を撃ち込む準備はできている、何か言っている気がするが、今の自分は極限まで集中している為、何を言っているのか、よく聞き取れないし、聞く気も無い

「我流東雲・居合!疾風!!」

 自分の出せる最大出力且つ、最高速度の一撃を放つ。これを防御できるものならばして見ろと喧嘩を売るかの如く、放った一撃は…。

「もう終わりだといっただろう?東雲、聞こえていないのなら…」

 剣ヶ丘学園長はいつの間にか、居合の態勢に入っている。いつ入った?そんな事が脳裏によぎるが余計な事を考えていれば狙いが少し逸れるかもしれない、だからこそ前を向きなおした。集中していれば絶対に防がれないと思っていたからこその慢心だったのかもしれない。或いは慢心等一切していなかったと言えるかもしれない、それ程3連続剣聖祭制覇という肩書きを見せつけられるいい機会だったとでも言うべきか勝負は一瞬で自分の敗北に置き換わる。

「狂い桜…満開…」

 その言葉と同時に刀身が一瞬見えたと思った瞬間、刹那の出来事であった。凄まじい程の斬撃が自分を襲う、どこから飛んできているかもわからない程の連撃が自分の体を覆うように、包むように逃げ場無く夥しい数の斬撃を目で捉えた瞬間にその斬撃は、まるで桜が散るように消え去った。

「ぐぇっ」

 強い衝撃を覚えて、吹き飛ばされる。聞き間違えでなければ確かに聞こえた言葉、狂い桜・満開。どれ程、聞き馴染のある言葉だろうか?狂い桜は間違いなく剣舞ソードダンスに関わっている物であれば聞いた事があるだろうが、それの満開。その名の通り桜の開花の後に起こる満開の如く一段上の技、映像では見た事があるが実際に使われるのは初めてだったが、その狂い桜満開は、完全ではなかった。

 ―パリン―パリン―、と剣ヶ丘学園長の持っているswordが砕け散る。

「しまった……」

 その場で青ざめる剣ヶ丘学園長を後目に、この模擬戦場からダッシュで逃げようとするが、それすらも剣ヶ丘学園長は許してくれない。

 砕け散ったプロメテウス最後の残滓ざんしをかき集めるように、自分の足に集中させ、刹那の瞬間移動とも思える速度、間違いなく自分が先ほど放った、疾風を凌駕する速度で逃げる為に向かっていた、模擬戦場出入口に回りこまれ取っ組み合い状態に持ち込まれる。

「おいおい東雲、水臭いじゃないか?折角私自身が、直々に相手をしてやったんだ、アドバイスの一つでも聞いていかないのか?」

「大変ありがたい、お言葉ですけれど…、今日の所は遠慮しておきたいですね」

「まぁまぁそう言うなよ、じっくりアドバイスしてやるから…」

 間違いなくこの後起こる事を予想して、この行動を取っている学園長は勘弁して欲しい、そもそも学園長が戦いたいなどと言う事を言いださなかったら、そもそもswordが砕け散るという事も無かったはずだ。

「すぐ戻ってきますので、どうぞ学園長はここで待っていてください」

「なんて事を言うんだ!私一人に罪を擦り付ける気か?」

「そうです、そう言っているんです、だからとっとと手を離してください!」

 ―グギギと膠着こうちゃく状態が続いているが、こういう時の終わりはすぐにやってくるモノだ、シュイーンと後ろの扉が開くと同時に学園長の「あっ」と言う声で全ては終わりを告げた。


 ―校門前―

 それにしても全く酷い目に遭った、あの学園長は面倒見がいいというよりは、どちらかと言えば、子供がそのまま大きくなったような人と言う印象だ、これを剣ヶ丘先輩に伝えたら少しは謝って貰えるだろうか?それとも同情を買えるだろうか?なんにせよ次回会った時には文句を伝えよう、そうしようと心に決めて、校門へ向かう。

 するとそこには、こんな夕方まで待っていてくれたのだろうか?それとも他に待つ人が居たのだろうか?それはわからないが、話しかけるぐらいならば大丈夫であろう。

「和泉さん、どうしたの?校門に寄りかかって…」

「武蔵君を待っていただけですよ…、でもびっくりしました、こんな時間まで鍛錬しているのであれば、先に帰っていてもよさそうでしたね…」

「俺を待っていてくれたの?ありがとう嬉しいよ、でも待たせた事への文句なら学園長に言って、俺は悪くないから」

 ―ポカンと頭の上に?を浮かべているが、これでは説明不足であったか…、ならば少し愚痴にはなるが、付き合ってもらう事としよう。

「実はね…」

 そう言って自分は、先ほどまで何があったかを話す、なぜ学園長が自分を逃がさずにひっ捕らえようと、半ば道連れにしようとしたのかは簡単な話だった、要は罪の分散を図りたかったのだ。

 罪と言っても、犯罪を犯した訳ではない、まぁ言ってしまえば校則を一つ破ってしまったとでも言うべきかそれだけだ、ただその校則と言う訳でもないのだが、決まりの様なものが厄介だった。

 簡単に言ってしまえばswordは丁寧に扱いましょう、壊さないようにしましょうという話だ、これが自分のswordであるのならば変な事は言われない、刃こぼれをさせた、壊してしまった、自分の実力不足と言う話なだけだ、しかし今回壊したのは学校の備品であるsword、当然学校がお金を出している訳で、学校で誰もが使えるようにアレンジされているので、そこそこに値の張る物だという事は学生でも知っている。

 しかし問題は自分達ではなく、学園長にある。

「剣ヶ丘学園長?なにか、訂正はありますか?」

「ありません」

 この学園のトップとも言える学園長が涙目になりながら、正座をして謝罪の文を述べている、その姿だけ見れば、笑ってみている事ができるが、今回は学園長が逃がしてくれなかったので、自分にまで火の粉が飛んできている。

「それで、swordが折れたと…」

「はい、そういう訳です」

 つまりは学園長が打ち合いを静止しようとさせたが、そのままなりふり構わず踏み込んできた自分に対して、止める為にやむを得ず確実に自分専用のswordでなくては壊れる事はわかっていたが、静止させる為に狂い桜満開を使ってしまったという弁明をしだしたのだ、その事は真実ではあるのだが…、それでも勝手に剣舞をやろうと言い出してきて巻き込んだ癖に、自分の学園の生徒を売るか?とその時は思ったがコテンパンに怒られていた先ほどまででは、そんな事を考えていられなかったのだった。


「と言う事が起きていた訳」

「それは大変でしたね…」

 あぁ、本当に大変だった、正直あの先生と学園長の顔は暫く見たくはないと思う程には大変だった。

「和泉さんがそう言ってくれて…、俺…、安心したよ」

 ウソ泣きをしながら、和泉さんにすり寄る、こんな事をする関係性では無かったような気もするが、まぁ今日の所はいいだろうと考える。

「大変でしたね、よしよし」

 本当に和泉さんは、優しい。どこかの学園長とは大違いだ。心の中で大声で叫ぶ、学園長のバーカと。


「エッグシ」

「学園長?どうかなされました?」

「いやなんか、誰かに悪口を言われた気が…、気の所為か…」

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