なんたってポッポスターですから!

もちもち

なんたってポッポスターですから!

 ここは四つの世界が重なる場所。

 魔法使いの卵が集う学び舎。


 壮麗な尖塔を戴く校舎の中庭。木漏れ日零るる古びたベンチに、一人のエルフの少年が座っている。

 種族らしい端麗な容姿は、大人を間近にした最後の幼さを残している。艶やかな銀の前髪が、銀フレームの奥、春にけぶる花のような淡い赤の双眸に掛かり、彼の横顔に愁いを添えているように見えた。

 その赤い視線が落とされている先は、自分の膝の上に置かれた白衣の裾から伸びる細く白い指先…… の内側に包まれている、鳩。

 鳩である。

 まず第一に、よくおとなしく手の中に納まっているものだ、と人間科アジア属日本種の少年は感心していた。


「よお。何してんだ」

「やあ。ごきげんよう」


 ほんとに何してるんだろうと、挨拶にして最大の疑問を投げかけてみると、エルフの同級生はいつもの挨拶を返してきた。

 いつもの淡々とした口調、表情。このエルフの少年は表情筋を忘れて生まれたかのように感情が表に出ない。


「思索をしていたのだよ」

「ボーっとしてたのか」

「君の思索はそうかもしれないが、私は一応考えるべきお題目は持っていたよ」


 さらに、あとで思索を辞書で引きたまえ、と忠告を頂いてしまった。


「鳩の思索ってなんだ」

「おや。よく鳩に纏わる思索だと分かったね」

「そりゃこれ見よがしに鳩を抱えていれば」

「今日の夕飯だったかもしれないじゃないか」

「仮にそうだったらひとまず止めたいので言ってくれ」

「野鳥を食べたことが無いのかい」

「いやお前の調理自体が…… てか、食べたことあるの?」


 意外にワイルドでジビエな一面を持っている、と驚き友人を瞠目してしまったが、本人はなぜそこで回答を控えるのか分からんが返答が無かった。(このエルフの少年の料理の腕を思うと、語れない記憶があっても納得できてしまいそうだが)

 もちろん人間種の少年の母国では、許可なく野鳥を狩ること自体が禁止されているため、いくら割と簡単に手で捕まえられると聞いていてもホイホイと鳩を食べることはできない。

 最近では国内でも鳩肉専門店が開店し、『動物界の高麗人参』と呼ばれるビタミン・ミネラル豊富な鳩肉を食すこともできるようだ。なにはなくとも行ってみたい。

 そんな人間界の事情などは知る由もないエルフの少年は、思い出したように切り出した。


「これには些か深くはない経緯があってね」

「そこそこ浅いんだな」

「赤点の補習を忘れてしまったくらいには」

「そこは深く見積もっておけよ」

「私の友人に全長は小さいが声の大きな女の子がいてね。先ほど彼女とお喋りをしていたのだが、ここ最近の彼女の活躍のくだりになったときに、彼女が胸を張って言ったのだよね」


『なんたって、ポッポスターだからな!』


 …… なんて分かりやすい経緯なのだろう。

 エルフの少年(と鳩)を見下ろしながら、人間界日本国出身の少年はしみじみと思ってしまう。

 この美麗衆目なエルフの級友がたいがい日本かぶれなのは自分のせいである。


「さて。鳩の美醜とはなんだろう。

 一説には動物の雄に見られる派手な姿は雌による『性選択』のために発達したとも言われているらしいね。美しい雄を選択し、雌は子孫を残す。

 だから雄は例えば捕食者に狙われたら不利であろう飾りを身に纏う、とか。まあ確かに我々の目から見ても綺麗だなと思うよね。鳥類の目は我々よりも一つ色覚が多い。あるいはもっと鮮明に雄の色を見分けているのかもしれないな。

 雌が羽が綺麗な雄を選び、綺麗な羽の遺伝子を持った子を残し更に美しくなるという正の循環が回ることによって、お前それはどう見ても邪魔だろ、という羽が出来上がる。

 クジャクの雄はさぞ走りにくいし飛びにくいだろうに。わちゃわちゃしないだろうかね、あれ」

「一度飛ぶところ見たことがあるが、なかなかド迫力だぞ。でかいしな」

「ああ、捕らえる方も苦労するのかな。

 クジャクは旨いのかい」

日本人がなんでも食べてると思うなって」


 このエルフに「毒性のある動物も生で食べる民族」と思われているためか、たびたび「旨いのか」と聞いてくるし、先ほどのように「食べた前提」で話されることもある。

 おそらく食べた種類では相手のエルフの方が多いのではないかと思われる。少なくとも、自分は木に住む幼虫を食べたことは無い。


「そのポッポスターだけれども」


 白いうにうにした親指大の物体を目の前の美しいエルフが食いちぎったのを思い出す前に、一般的な日本人のメンタルである少年は話を戻した。


「たぶん、言い間違いだぞ」

「だろうね。薄々と気づいていたんだ。

 だが、あの彼女に、歌って踊っている3人と着ぐるみ2体と父親と監督がすべて同一人物だったという君の国の歌と映像を、どうやって彼女に伝えたらと悩んでいたら、つい」

「平〇堅の罪が重いんだよなあ……」


 つい、補習をさぼってしまったということだ。

 以前に一度見せた該当のミュージックビデオは、普段、淡々として感情が表面化されない彼をして「なんばしよっと?!なんこれなん、ほんなこつ?!」と画面のフレームを握りしめ食い入らせた。なお、エルフの方言が某地方の方言に聞こえるのは、日本国の少年の認識がそう聞こえさせているからである。

 表情に出にくいだけで感情そのものを置いてきたわけではないのだと、当時安堵したものだったが、その分爪痕も深いのだった。その深さは蟻のコロニーに匹敵する。(以前、蟻のコロニーを観察していたら補習をすっぽかした前科がある)

 いや、そもそもポップスターとはその限りではないのだが。

 それはそれで面白いのでそのままにしておこうと思う悪い日本人であった。


「ところで、ずいぶん鳩おとなしいな」

「ああ、そうだろう」


 これだけわちゃわちゃと話していても、一向に身じろぎもしない鳩を見下ろす。もしかして人形だろうかとも思ったが、よく見ると瞼が閉じている。寝ているのだ。


「実物があった方が良いかと思い魔法で眠らせている」


 常識人たる日本人はエルフの回答に深く頷き、そっとその手から鳩を抜き取るとベンチの後ろの茂みの影に安置する。

 そして白い彼の手を引いて、「まだ補習終わってないだろうか」と思いながら校舎の方へと向かうのだった。



 まだエルフの少年の手が、だったころの時間の風景である。

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