月光のバレエ
最上 虎々
月光のバレエ
人々が機械のように生きることを強いられる街で、そびえ立つビルは平等に視界へ飛び込んでいく。
渋谷の姿をカメラに収めることが趣味である少女、「谷川 唯」は夜闇を照らす光を背に夜闇を覗いた。
誰もいない渋谷の交差点、その中心に三脚を立て、カメラのシャッターを切る。
「ねぇねぇ!君もまだ、この街が好きなの?」
そんな唯に声をかけた妙齢の女性。
自らを「平坂 鈴音」と名乗った女性は唯の側へ駆け寄る。
年齢は二十歳程度だろうか、しかし唯には、年齢に合わず言動がやや幼いように見えた。
「……うん。皆、都会に疲れたって言ってるけど……私は、この街が好きだから」
唯は一度カメラから離れ、地面に座り込む。
すると、鈴音も座り込んで唯の肩を両手で掴んだ。
「じゃあ、ウチと同じだね」
目を輝かせる鈴音とは対照的に、唯は少し寂しげに微笑む。
「……鈴音さんも、なんですね」
同士ができたと言わんばかりに仲間意識を抱いているのか、鈴音は唯を抱きしめた。
「うん!ウチも、ずっとここにいるの」
「そうなんだ……寂しくなかったの?」
唯は再びカメラを構える。
「ちょっと寂しかった。でも、日々移り変わる街の景色が綺麗だったから……退屈はしなかったよ。それに、今はもう君がいるから。もうぜんっぜん寂しくもないや!」
「そっか。……ねえ、鈴音さん。カメラの前に立ってみない?」
「えー!?ウチの写真、撮ってくれるのー!?」
鈴音は飛び跳ねて喜び、カメラから五メートル程度離れた場所へ移動した。
「うん。鈴音さん、身長高いから……きっと高いビルが背景の写真に映えると思うよ」
「ほんと!?やったー!」
そして、両手でピースをつくる。
「はーい、じゃあ撮るよ」
唯はカメラを構え、再びシャッターを切った。
その写真には、闇夜に輝くビルを背に笑顔で写真にダブルピースをする鈴音。
二人きりの渋谷に、シャッター音が響き渡った。
「どうかな、どうかな?」
撮った写真を確認する唯の背後から、鈴音は画面を覗き込む。
「うん、やっぱりいい写真が撮れた!もっと、もっと撮らなきゃ……」
フォルダを閉じ、再びカメラを確認しようとする唯の目元に、何を思ったか鈴音は手をかざした。
「そうだ。ちょっとだけ……目、閉じてて」
その刹那、唯の視界は暗転する。
「鈴音さん?どこに……?」
「おーい!唯ちゃん!ここだよ!ここ!」
そして再び目を開くと、鈴音は高層ビルの屋上、そこからさらに数メートル伸びているアンテナの上に立っていた。
「えっ、鈴音さん!?どうやってそんなところに……」
「細かいことは気にしないの!」
さらに鈴音はアンテナの上で、バレエのように舞い始めた。
「綺麗……」
「この舞を見てくれる人が来てくれて、嬉しいよ!さ、唯ちゃん!カメラを構えて!」
「は、はいっ!!」
カメラを三脚に置き直し、カメラを構え直す唯。
その瞳には、月へ弓引く鈴音が写っていた。
「ありがとう、唯ちゃん」
「綺麗……でした、鈴音さん」
鈴音は、恍惚とした表情の唯に再び抱きついて頭を撫でる。
「……ありがとう。これで私も」
そして、鈴音はより深く唯を抱きしめた。
唯は目を閉じ、鈴音に寄りかかる。
そんな時間が数分間続いた後、唯は突然に前方へよろけ、バランスを崩して転んでしまった。
「す、鈴音さん!?」
気が付くと、鈴音の姿はどこかへ。
唯はカメラのフォルダを見返した。
確かに残っている、鈴音と撮った三枚の写真。
そして唯は呟いた。
「……あなたは、次のあなたは、私だった」
月光――。
それは絶えることが無い街の光に紛れ込む。
月の光は人に取り憑くという。
そして少女もまた、その光に魅せられて。
「これは……」
「何も……こんなところで」
日が差す渋谷の交差点。
「家出少女の慰霊碑。平坂 鈴音、ここに眠る」
慰霊碑の前には、原形をとどめていない少女の遺体と道から外れた車、そしてレンズが割れたカメラがあった。
月光のバレエ 最上 虎々 @Uru-mogami
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