03 世界樹の接木

 


 光明と暗黒、両方が何故か同じ空間に同居しているようなそんな光景。


 言うなれば、混沌。


 先ほどの場所から近づけば近づくほど、その混沌の密度が濃くなっていく。


 実際は、ただの歪み。


 メナリアの住居近辺の歪みを吸収している場所。


 それが、ここだ。


 けど、この溢れんばかりに溜め込まれたこの歪みを栄養として生きている植物がある。


 このいくつもの小世界を支えている巨木がある。


 メナリアが小世界に入るために通ってきた仮初の巨木ではなく、その本体とも呼べる巨木は、多くの歪みを取り込み、それをエネルギーとして使い、歪みを取り払い、純粋な魔原子へと戻す。


 世界樹の接木だからこそなせるわざであり、力だ。


 世界樹と比べると、その力の及ぶ範囲はささやかだが、本質は世界を支えるそれと同じだ。


 つまり、これがあるからこそ、メナリアの作り出した小世界が機能しているとも言える。


 ただ、何事にも限界というものがある。


 歪みを魔原子へと変換するその力も、百年で衰えてしまう。


 それを補うのが龍晶であり、メナリアがここにそれを持ってきた理由だ。


 龍晶を世界樹の接木の根元に置く。すると、土の下から根が出てくる。ズズズと、根は伸びて、ついには龍晶を完全に包み込むと、根は地面に潜り込んでいく。


 メナリアは、根が完全に地中に埋まるのに『面白そう』といった視線を向けている。とても興味津々で、まるで幼子のようだ。


 それに、答えるかのように、世界樹の接木は光を放ち始め、脈動する。木の葉が舞い落ち、新たな新芽が芽吹く。花が咲くまでは行かないようだが、それでも神秘的な風景だ。


 これも、龍の力の結晶である龍晶は世界樹と親和性が高いからこそ、ここまでの回復を見せるのだろう。葉が落ち、幹が伸び、花の蕾ができる。本来であれば百年かかるものを経った数秒で行うことができる力が、龍晶には込められている。いや、正確に言うなれば、龍晶を得たことによって、余分なエネルギーを消費するために起こったことなのだが。


 そんな光景も落ち着きを見せたころ、メナリアは落ち葉を造作もなく異空間倉庫へと回収し始めた。世界樹の落ち葉だ。その葉の一枚一枚に人の魂と同じ程のエネルギーが溜まっている。無駄にするには少し惜しいのだろう。


 実際、この世界樹の葉は100枚あれば国家予算に匹敵するとまで言われている。それが例え接木の葉であっても、対して変わりはしない価値を持っている。さらに言わせれば、葉に浸透しているエネルギーは龍晶のこともあってか、本物の世界樹を超えている程だ。


 まぁ、世界樹の大きさなどと比較すれば当たり前なのだが。


 メナリアは、世界樹の葉をすべて回収し終えると、ゴロンと世界樹の幹に背を凭れて、寝転ぶ。


 世界樹の接木の根上がりがあるためか、土がむき出しになっているのだ。けれど、数歩あるけば、世界樹を中心として円形に敷かれている石畳に足を置くことになる。


 その石畳はこれまた円形になるように敷かれており、ところどころにいきな飾りとして草花が描かれている。その石畳も、30歩ほど歩けば無くなり、目の前に闇の世界が広がる。


 光で満ち満ちていた世界樹の接木がある場所と違い、天井が途切れて、真っ黒な虚無で満たされた世界を覗ける。


 その外から、一体の真っ黒の虫が飛んでくる。一生を虚無の世界の中で終える虫の種“虚蟲”、だ。姿形は個体ごとに変わり、世界樹の接木に惹かれてやってきたこの若い個体は蝉のような姿をしている。けれど、どこかが違う。


 ……目が1対しかない。虚無の中でしか生きることがないから退化したのだろうか。羽も震えておらず、まるで鷹のように伸ばしているだけだ。


 そして、メナリアの凭れている世界樹に近づき、


 木の根が虚蟲を串刺しにし、巻き付き、地中に引きずり込んでいく。これは、世界樹の特性ではなく、接木となった方の特性だ。


 あの虚蟲は世界樹の養分となりることだろう。


 その様子をメナリアはと言うと、ボーッとつまらなそうに眺めていた。


 今日も元気だな、なんて考えている有様だ。のんきにも程があるのではないだろうか? これで平常運転だと言うのだから恐ろしい。まぁ、何が恐ろしいのかと言われれば困るのだが。


 メナリアは、チラリと虚蟲が地中に完全に埋もれるのを見遣り、また視線を上に向ける。


 広がるのは人口的に作られたもの──悪魔が創ったのだから悪魔的に作ったか? いや、これでは冒涜的で侮辱的な物みたいになってしまうか──だ。天井がドームのように広がり、その天辺には半球体の光源が設置されている。この光を浴びて世界樹の接木は育っているのだ。


 『眩しくないのか?』と一瞬思うが、メナリアからは世界樹の枝葉が光を遮っていて大丈夫なのかもしれない。


 悪魔だろうが天使だろうが人類だろうが目や神経といったあまり変わらない器官がある。強い光を直視すれば眩しいし、痛みは普通に感じる。魔法を使えばこれらの問題を片付けることもできるが、そんなことに普段から力を使うことはない。


 メナリアは戦っているとき、無意識にそれらの問題に勝手に対処しているが、それは戦闘過であるという意識と、長年の経験があるからだ。普段はそこまで気を張ってはいない。常に周りの空間を把握しているぐらいだ。


 そして、メナリアの把握している範囲内に魔物は存在しない。


 これから何か不思議なことが起こるということは、少なくとも今日の間にはなさそうである。


 『飽きた』とメナリアは思い、立ち上がる。もう、ここには用がないのだ。世界樹の接木があった空間から離れ、去っていく。


 世界樹の接木はそれを静かに見送る。


 もちろん、世界樹の接木に人のような意志があるわけではない。ただ、そのように認識しているだけだ。


 けれど、間違いなく世界樹の接木は『寂しい』という感情を持ったはずだ。


 静かに、枝葉が風もないのに揺れている。


 


 



***重要単語***


*虚蟲

 虚無の世界を渡り生きる蟲。その総数は不明だが、蟲という言葉から連想できる程度には多い。

 この世界に存在する虫の姿をしているが、個体ごとにその姿は違う。また、生きてきた年月によって効率的な姿に変わっていくので、同一の姿をしたものはないと言って良い。

 餌は要らず、虚無の世界に満ちた魔原子を取り込んでエネルギーとしている。

 普段は虚無の世界にいるため、人界では不吉の兆候と言われている。


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狂信 〜神を崇める悪魔〜 碾貽 恆晟 @usuikousei

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