夏の夕風と西日。そしてクソ野郎どもと酒と後悔。
白川津 中々
■
定時のベルと同時に会社を後にした。
片付けるべき仕事は山ほどあったが、手を付ける気になれなかった。とにもかくにも疲れがあって、一刻も早くオフィスを出たかったのだ。
俺はオフィスの古臭い非常階段を伝って下に降りた。エレベーターを使わなかったのは、同じく定時で帰る連中と鉢合わせるのが嫌だったからだ。奴ら、普段ろくに仕事もしないくせに口を開けば文句ばかりが出てくる。この前だって、たまたまばったり会ったら「忙しいようだねぇ。結構な事だよ」などと厭味ったらしく口を開いてきたのである。そんな汚物を引っ掛けられるような事、二度は御免だ。俺は小刻みに段々を飛ばしながら過去被った不愉快を思い出し、段々と機嫌が悪くなっていった。
階段を下りて扉を開けると、外の風が汗で塗れた肌を撫でる。生温い風がベトベトとした感触を大いに誇張し、堪らなくなった。
帰ろう。すぐに帰ろう。
階段で甦った記憶とそれに付随する不快な感情が、強くそう思わせた。
帰路を急ぐ。太陽がまだ明るく、辺り一面を視認できる時間。営業周りを終えたサラリーマンなどが額にハンカチを押し付け続々と集結している頃合い。少ししたら彼らはやはりハンカチで額を抑えながら方々に散っていって、思い思いの赤ちょうちんに出入りするのだろう。日々の疲れを酒で濯がんと、自棄になって煽る背徳感と快楽。それを想像すると、俺の気持ちは反対に傾いた。居ても立っても居られなくなり、足早に人を掻き分けて繁華街。陽はまだ上っているのに、それを打ち消すように煌々と光るネオンや行燈。夜の街は既に動き出し、客を吸引すべく甘い蜜の香りを充満させていた。
えぇい。どこでもいいや。酒を飲もう。
よく確認もせず。俺は一軒の居酒屋の暖簾をくぐった。狭い店内の小上がり席には先客がいるのが見えたのだが、俺がそれを視認するよりも早く、奴らはこちらに気が付いたのだった。そいつらは、俺が出会いたくなかった、例の会社の連中だった。
「あ、これは吉岡さん。どうも。お一人?」
気安く話しかけてくる一人に、「まぁ」と返す。すると、途端に周りは盛り上がり、酒の勢いが増すのだった。
「そいつはいけない。是非とも私達と杯を酌み交わそうじゃありませんか」
「親睦を深めましょう。何せ、私達は同期ですから」
「大将! この方に酒を一杯! 夏場の青魚くらい足早に!」
もみくちゃにされながら、届いた酒を飲んだ。
帰ればよかったと深い後悔を抱きながら、俺は一人、西日と共に沈んでいった。
夏の夕風と西日。そしてクソ野郎どもと酒と後悔。 白川津 中々 @taka1212384
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