第38話
その後も再び色んな所を見て回っていると、あっという間に閉館時間が近付いてきたアナウンスが流れてきた。
これだけオシャレな水族館になったとはいえ田舎であるからなのか、きっちり夕方には閉館して、夜は営業しないようだ。
その閉館時間に合わせて二人が水族館から出てきた頃には、強い日差しがようやく西に傾きつつある時間になっていた。
「楽しかったですね!」
「そうですね。本当に、想像以上でした」
正直なところ、水族館はベタな選択肢であったということ以外に、デートの経験も無いので、水族館という場所でどれくらい楽しめるかの想像もあまり出来ていなかった。
しかし、こうして充実した施設であることもあって、侑人から見ても彼女に十分楽しんでもらえたと彼女の雰囲気から感じていた。
そのことについてはホッとしているが、侑人にはまだ一つ大事なことが今日の予定として残っていた。
「あの、真島さん。もう少しだけお時間大丈夫ですか?」
「え? はい、もちろん大丈夫ですよ」
事前に、結愛からどれくらいの時間までは一緒に居ていいか聞いている。
そのため、まだ一緒に居てもいい時間ということは分かっているのだが、これから自分が何をするかを考えると、強い緊張感で思わず彼女に確認を取ってしまった。
「この近くに公園があるので、そこに行きましょうか」
未だに、何をするにしても慣れない自分に半ば自分で呆れつつも、水族館から少し歩いたところにある海辺の公園へと足を向けた。
夕方の時間でも、八月となるとそんなに日が早く沈むわけでもない。
未だに強い日差しは健在であるため、水族館の近くにある海に隣接した公園内にある屋根付きベンチに二人そろって腰かけた。
時期や時間帯によっては、釣りを楽しむおじさんや騒ぎながら遊んでいる子供などの利用者がいるのだが、今日は静かな時間が流れている。
「今日は一日お付き合いいただき、ありがとうございました」
「いえいえ! こちらこそ、ありがとうございます」
「何せこう言ったことが初めてなものですから、至らないところもあったかもしれませんが、楽しんでいただけましたか?」
「はい、もちろんです!」
数週間前から今日この日をどう過ごすのか、色々と考えてきた。
考えがまとまらず、上手くいかないケースなど色々と考えてしまっていた時もあった。
だが、彼女からのこの返事と笑顔を貰うことでそんな不安だったことも含めて、よりホッとした安堵感に近い嬉しさを感じる。
だが、まだ侑人としては緊張感がなくなったわけではない。
その理由は、今日最後に彼女に対して行うことにあった。
「真島さん、渡したい物があります」
「私にですか?」
「改めまして、お誕生日おめでとうございます。ささやかではありますが、プレゼントということで……」
今日一日、侑人は自分の肩にかけていたカバンから包装された小さな箱を取り出して、彼女に手渡した。
「あ、ありがとうございます。わざわざご用意して頂けるなんて……。開けてみても良いですか?」
「も、もちろんです!」
そうは言いつつも、侑人の心臓は壊れそうなくらいドキドキし始めている。
結愛は包装を丁寧な手つきで解き、ゆっくりと小箱を開けた。
「これは、ネックレスですか?」
「……はい。何か渡したいと色々と考えたんですけど……」
別に悪い事をしているわけではないが、自然と弱気になって声が小さくなってしまう。
渡したのは、三日月形のネックレスでその先端に雪の結晶のようなものが付いたネックレス。
やはり、付き合っても無い上に初めて渡すプレゼントが装飾品というは重すぎる。
どこかの誰かさんの意見に感化されて決めたわけだが、ここに来てまた激しく後悔し始めていた。
「すみません、流石に重かったですかね……?」
「いえ、そんなことはありませんよ。とても可愛いし、ちょうど柚希とも『そろそろ装飾品を着けるのもいいね』って話していたんです。でも、こんな高価そうなもの……本当にいいんですか?」
「もちろんです。自分が真島さんに、何かプレゼントがしたいと思ってしたことですから。その……受け取るのが苦しくなければ、受け取ってもらえたら」
「すみません、値段のことを聞くのは野暮でしたね。もちろん、受け取りますよ」
どうやら、あれだけ装飾品を押してきていた柚希だったが、侑人の見えないところでそれなりに後押しをしてくれていたようだ。
その話を聞いて、結愛がこのプレゼントを受け取ることになった要因になったかは分からないが、彼女にプレゼント受け取ってもらえたことによる安堵感で、そんな話一つ聞いても、柚希が偉大な神にすら感じる。
「せっかくですので、着けてみてもいいですか?」
「ぜひぜひ!」
結愛は早速、長い髪を掻き分けてネックレスを着けようと試みる。
「い、意外と着けるの難しいですね……」
ただ、彼女もこういった装飾品を着けることはなかなか無かったようで、なかなか見えない後ろでネックレスを留めることが出来ないようだ。
「よ、良ければ着けましょうか?」
「お、お願いします……」
悪戦苦闘する彼女に代わって、ネックレスを受け取り結愛の首に回す。
別にやましいことをしているわけではないが、まさかこんな流れになるとは思っていなかった侑人は、若干震える手で何とか留め金を留めることに成功した。
「着きましたよ!」
「ありがとうございます!……どうですかね、似合ってますか?」
三日月と雪の結晶の装飾を掌に載せながら、ちょっと恥ずかしそうに尋ねてきた。
その彼女の掌の上に載った装飾品が、西に傾きつつある太陽の光に照らされてキラキラと輝いていて、より彼女を幻想的かつ魅力的に映した。
「自分でプレゼントしていて言うのもどうかと思いますが、本当に似合ってます」
「良かった……。大切にします」
自分の掌に載せた三日月の装飾を見つめながら、結愛は笑顔でそう言った。
そんな彼女は、いつものように魅力的。
そして、自分の考えたことでここまで喜んだり笑ってくれる彼女は、以前では想像することもなかったまた違う彼女の魅力にも惹かれていく。
「真島さん」
「はい」
「自分は、これからもこうして一緒に居られる時間が増やしていければと思っています。こんな不器用な自分ですけど、今後もよろしくお願いします!」
彼女と知り合って数カ月。日々、彼女と一緒に過ごす時間を過ごすことで、仲を深めてきた。
ここまで来たのなら、思い切ってここで「付き合って欲しい」と言うべきなのかもしれない。
でも、不器用な侑人にとっては、まだそこまでのことを言う勇気がまだ出なかった。
「はい、こちらこそです! 今後ともよろしくお願いします、侑人君?」
「!」
いつもとは違う彼女の呼び方に、侑人は思わずハッと顔を上げた。
そこには、いつものように笑顔を浮かべる彼女だが、同時に顔も赤くしていて――。
「い、違和感ありましたかね?」
「い、いえ! 全く!」
彼女としても、ちょっと思い切ったことをしたという認識がある様で、慌てて侑人に確認を取ってきた。
(俺たちはこうして少しずつでいいのかもしれない)
そんな彼女の反応を見ると、お互いに少しずつ歩み寄るところは似た者同士のように感じた。
これまでと変わらずに、これからも少しの変化に敏感になりつつ、一緒な時間を多く過ごす。
俺たちを紹介したやつは、「なんとももどかしい!」と文句を言って来るのは間違いないだろうが。
「彼女が欲しい」と聞きつけた幼馴染が、学年一の美少女を紹介してきた。 エパンテリアス @morbol
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