第37話

 二人の元へやってきた孤高の一匹ペンギンは、時間になると他のペンギンたちと同様に飼育員さんについて颯爽と帰って行った。


「行っちゃいましたね」

「少しの時間でしたけど、いなくなると寂しいですね」


 15分ほどのそれほど長い時間ではなかったが、触らせてくれたり写真を撮らせてもらえたりと、二人にたくさんのサービスを提供して去って行った。


「見てください! 凄く良い雰囲気で撮れていると思いませんか!?」

「おお、すごいですね! ここまでペンギンと顔を近づけて撮ってるところって、見たことが無いですね」

「柚希に見せて自慢します! 柚希もペンギンが好きなので」


 結愛のスマホの画面を見せてもらうと、彼女と先ほどのペンギンが至近距離でツーショットで写っていた。

 それほどSNSに詳しくない侑人だが、ここまで良いアングルで撮れている写真はなかなか無いと思うほどであった。


 なお、侑人もツーショット撮影には挑んだ。

 結果的に撮影することは出来たのだが、何故かシャッターボタンを押す瞬間にそっぽを向いてしまい、結愛が撮影したように綺麗な構図にはならなかった。


 ただ、そんなところにもちょっと親近感を感じた上に、結愛も入れて二人+一羽というある意味スリーショットとなった撮影には、そっぽを向かずに写ってくれた。

 その一枚は、今日の思い出として侑人の中で一番いい写真となったので、颯爽と去って行ったあの気高き”同士”に心の中で礼を述べておいた。



 その後も、各エリアを回りながら定時に行われるイルカショーにも足を運んだ。

 トンネル水槽に驚いた二人だったが、イルカのプールも非常に大きく青く透き通った水の中をイルカ達がが泳いでいる。


「すみません、ショーのお手伝いお願いできますでしょうか?」

「わ、私ですか?」

「他の子供たちを誘ったんですけど、みんな口をそろえて『プールが深くて怖いから嫌だ』と言われてしまいまして……」


 先ほどペンギンたちを触っていた子供たちもイルカショーを見に来ていたので、先に声をかけたようだが、拒否されてしまったらしい。

 そこで他の客に目を向けたところ、結愛に白羽の矢が立ったようだ。


「せっかくだし、参加してみては? 普段なら小さい子がこういう役割を優先的にするので、普通じゃなかなか経験出来ることでもないですし」


 これが休日なら、もっと子供がたくさん居てその中にはどうしても参加したいという子が居るに違いない。

 そうなってくると、それなりの年齢になっている高校生にこんな役割を依頼してくることなど、ほぼ無い。


 これも、人が少ない日を選んで来たことによる思わぬ経験ということで、ぜひやってみてはどうかと提案してみた。


「そ、そうですね。じゃあぜひ……!」

「ありがとうございます! 本当に助かります……!」


 スタッフからの依頼に少し戸惑っていた結愛だったが、最終的にショーに参加することを決めた。

 ショーの前に、結愛はスタッフと共にイルカプールへと向かい、ショーに出るイルカ達との面会と、イルカ達への指示となる簡単なジャスチャーの確認を行っている。


 観客席に居る侑人が遠目に見ても、彼女がイルカ達を間近で見てとても嬉しそうにしていることがよく分かった。


 間もなくしてショーが始まり、スタッフとイルカによるショーが始まった。

 ジャンプや立ち泳ぎなど、様々な演技をしていく。


 ショーが終盤になったところで結愛が登場し、イルカが彼女のジェスチャーに従って勢いよく泳ぎだす。

 そして、結愛が大きく手を上げると、ショーの中で最も高い大きなジャンプをイルカたちが決めた。


 舞い上がった水しぶきが太陽に照らされてキラキラと輝き、イルカと結愛の空間をより魅力的に見せた。

 そんな光景に観客はどよめいた後、大きな拍手が響き渡り、イルカショーは大反響で終了した。


「どうでしたか?」

「間近で見てもとっても可愛かったです。こちらに反応して頷いたりしてました!」


 とても楽しかったのか、彼女は無邪気にイルカの可愛さを伝えてくる。


「あ、これ貰いました!」

「これは……イルカのキーホルダーですか?」

「はい! イルカショーに参加した人に渡している物らしくて、売店にも売ってない非売品らしいです」

「おお、そんなものまで!」


 結愛が見せてきたのは、青色とピンクのイルカのキーホルダー。

 非常に可愛らしく、小さい子や女性には非常に人気がありそうなものに見える。


「青色の方差し上げます!」

「い、良いんですか?」

「はい、今日の思い出として」


 彼女は頷き、侑人の手のひらに青色イルカのキーホルダーをそっと置いた。


「なんか、お揃いみたいになっちゃいますね」


 渡した後に気が付いて恥ずかしくなったのか、ちょっと控えめに笑みを浮かべた。

 彼女の言う通り、こうしてみるとお揃いの小さなペアルックにもなる。


 そう考えた時、知り合って少し経った時に行った文房具を交換した時の思い出と、その時の嬉しさや恥ずかしさが混ざった言葉にならない感情を思い出した。


「大事にします。家の自室に飾ります」


 キーホルダーなので、本当は何かに付けたりするのが一般的ではあるのだろう。

 ただ侑人としては、真っ先に無くすリスクを考えてしまって、おいそれとは外に持ち出すものに付けようとは思わなかった。


「キーホルダーなのに飾る?って思いましたけど、それがいいですね。外に出すと無くしたり、汚れちゃったりしますからね。私もそうします」


 キーホルダーを大事にしまうと、再び二人は隣り合って水族館内を見て回った。

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