第36話
昼食を摂り終えると、侑人と結愛は最近になって地元に出来た新しい水族館へと向かった。
(こういう時に定番の行き先になる水族館を選んだわけだが……)
そもそも、侑人にとって水族館は小学生の頃に家族で行った時の記憶しかない。
もちろん都会の水族館は、大きくて珍しい魚や水族館の顔になるような大きな魚などに加えて、綺麗な雰囲気であるイメージがある。
そんな水族館が管理する水槽の水は綺麗な透明で、そこにライトとか当てていい雰囲気を出している。
しかし、侑人が小さいころまであった地元の小さな水族館は、とてもデートで使えるような場所ではなかった記憶がある。
そこの水槽の水は、屋外にあったイルカプールを中心に何故か深緑色に染まってしまって透明感が一切なかった。
その中でもイルカは元気に泳いでいたし、メディアに出ても特に指摘が飛ばなかった以上、特に問題は無いのだろう。
ただ、透明感0の緑色の水の中で水生生物が泳ぐようなところなら、雰囲気も何も出ないので、侑人はそこに不安を感じている。
色々とネット検索して調べてレビューなどを調査済みだが、こういったところでは個人の好みが出たりもする。
「実際に行ってみて、思っていたものと違う…」という可能性もあるのではと、まだ一抹の不安を抱えていた。
※※※
「小野寺君、見てください! 私たちの上を魚が泳いでますよ!」
「テレビではこういった光景を見たことありましたけど、実際に見ると凄いですね」
だが、そんな侑人が抱いていた不安は、新しく出来た水族館の想像以上のクオリティに圧倒される形で吹き飛んだ。
テレビの画面でしか見たことの無いようなトンネル水槽を、二人そろって歩みを進める。
これまでは、窓枠にはめ込んだような水槽などのイメージだったが、180度自分たちの回りを魚が泳ぐ光景は、新鮮かつ感動的な気持ちになる。
夏休みとはいえ、盆休み前の平日ということもあって小さい子を連れた家族連れが何組かいる程度で、混雑もしていない。
そのため、より広々した空間が広がっているように感じられる。
結愛もこの光景は初体験なのか、二人の頭の上を泳いでいる魚を夢中で見つめたり、自分たちの近くに魚が泳いでくる度に、近づいて張り付くようにして見ている。
いつも真面目で落ち着いた雰囲気のある結愛が見せる無邪気な姿から、想像以上に楽しんでもらえているようだ。
「ここに居る小さな魚たちは、一緒に居る大きな魚に食べられたりしないんですかね?」
「それ自分も気になったんですけど、飼育員さんにたくさん餌を貰ってるので、わざわざ捕まえるほど興味がないらしいですよ」
「そうだったんですか……! 全く知りませんでした。私が考えている以上に、この中はとても平和なんですね」
色鮮やかな熱帯魚から、普段の食事でお世話になる大型魚まで色んな魚が泳いでいる。
泳いでいる魚をこうして見ることは、ありそうでそこまで機会がないので、侑人も自然と目で魚たちを追ってしまう。
一際色鮮やかな魚たちが、侑人の目の前を泳いで通り過ぎていく。
その姿を更に追ったとき、いきなり目の前に結愛の顔が飛び込んできた。
「「あっ……」」
二人は隣り合っているわけだが、お互いに目の前の光景に気を取られすぎていた。
それぞれ注目してした魚を視線で追っていた結果、至近距離で見つめ合ってしまう形になった。
「ご、ごめんなさい……」
「い、いえ!こちらこそ……」
これだけやり取りしていても、至近距離で見つめ合うなどといった機会は当然あるはずもない。
トンネル水槽内の青い光に包まれていて、この夏場でも涼しい雰囲気なのだが、そんな雰囲気もあっさりと一蹴するほどに顔が熱くなった。
彼女も顔が赤くなっているが、幸いなことに周りでこの二人の小さなハプニングに気がついた様子はない。
……二人の間で、水槽のガラス越しに何かを主張するように膨れ上がっている一匹のハリセンボンを除いては。
※※※
その後も二人揃って、水族館内を見て回っていると館内放送で、ペンギンが水族館の屋外施設内でお散歩をするアナウンスがされた。
その間ならば、ペンギンのフリッパー(翼の部分)を中心に触れたりすることが可能だとのことだった。
「小野寺くん、ペンギン触れるらしいですよ!」
「なかなか無い機会ですね。行ってみますか」
「はい、触ってみたいです!」
「ペンギンに触る」という滅多に出来そうにない機会に、結愛は目を輝かせていた。
侑人としては、もちろん結愛に体験して欲しいところでもあるし、個人的にも気になるところ。
そこで二人は揃って、ペンギンが散歩する場所へと向かった。
アナウンスのあった場所に向かうと、飼育員さんと一緒に数匹のペンギンがえっちらおっちらと歩みを進めているところが見えた。
ただ、館内放送をしているだけあって、すでにペンギン達の周りには小さな子ども達を中心にした家族連れが集まってきていた。
ある程度の場所で、飼育員さんが歩みを止めると、周りにいた子ども達を呼んで、ペンギン達との触れ合いが始まった。
ペンギン達は、押し寄せてくる子ども達に動じることなく、触られても何も気にしないといった様子。
ショーをするイルカやアシカといった動物たちだけでなく、このペンギン達の態度からもプロフェッショナルの風格を感じる。
「どうする? 真島さんも行ってみます?」
「い、行きたいのは山々ですけど、小さい子達が触ってますからね。ちょっとその中には行きづらいですかね……」
結愛が躊躇するのも納得で、触りに行っているのは小さな子ども達だけ。
その親御さんに当たる大人の人達は、子どもとペンギンの写真撮影に夢中か、少し離れた場所から見守っている形。
そこに、高校生ぐらいの人が触りに行くのは、ちょっと行きにくい状態が出来ている。
別に大人げない行為ではないことは分かっているのだが、二人の性格上どうしても躊躇してしまう。
ちょっと残念そうな顔をする結愛の隣でペンギンたちを見ていると、一匹だけ飼育員の後ろに隠れているペンギンがいた。
「飼育員さーん! その子にも触りたーい!」
「ごめんね〜。この子ちょっと気難しくて、今日はご機嫌斜めみたい。機嫌がいいときは、みんなの前に出てきてくれるんだけどね…」
子ども達も隠れている一匹が気になったのか、触りたそうにするが、相変わらず飼育員の後ろでそっぽを向いている。
(動物たちにもやっぱり個性ってあるもんなんだな……)
犬や猫などの普段の生活からよく見たり、触れたりする動物に個性があることはよく分かっている。
だが、それはあまり普段から知ることができないペンギン達にも、外から見て分かるくらいには個性が現れるようだ。
ただ、そんな様子を見て侑人は、学校生活がうまく行かなくて尖ってしまっていたときのことを思い出して、ちょっとだけそのペンギンに親近感を覚えてしまった。
ほとんどのペンギンが見えないので、飼育員さんとペンギン達の後ろに回って、そっぽを向いている一匹をじっと見つめてみた。
すると、先程まで明後日の方向に向いていた顔がゆっくりとこちらを向いて、侑人と目があった。
「……あの子、小野寺くんのこと見てませんか?」
「……確かにそう見えますね」
二人でそんな話をしていると、そのそっぽを向いていた一匹がえっちらおっちらとこちらに向かって歩みを進め始めた。
「こっち向かってきてませんか!?」
「せっかくなので、近寄ってみましょう。こちらに来てくれているみたいですし」
ペンギンのまさかの行動にびっくりしている結愛とともに、びっくりさせないようにゆっくりと近づいてみる。
それでもなお、ペンギンは歩みを止めることなくこちらに向かってきた。
「あら? ご機嫌斜めだと思ったんだけど、お兄さんとお姉さんのところに行っちゃったみたいだね」
「え〜、あの子にも触ってみたかったのに〜」
「まあまあ、そう言わずに! みんな、ペンギンさんの事はどれくらい知っているかな〜?」
飼育員さんも二人が触りたそうにしていたのには気がついていたのか、子供の注目を引き付けるようにして話を進めてくれていた。
そして、その一匹狼ならぬ一匹ペンギンは二人のもとにたどり着くと、立ち止まってまた明後日の方向を向いた。
「さ、触っても大丈夫でしょうか……?」
「大丈夫だと思いますよ。直感にはなりますけども」
結愛に変なやつだと思われてしまうため、口には出さないが、勝手に似たようなシンパシーを感じている侑人からすれば、この子に触っても大丈夫だという確信に近いものを感じていた。
そのため、彼女よりも先に侑人がフリッパーの部分に触れてみた。
想像を遥かに超えるくらいの固い感触。
これは実際に触ってみなければ、ずっと分からないままだったに違いない。
そして触られた本人は、特に様子を変えることなくそっぽを向いている。
「大丈夫です。触ってみましょ?」
「は、はい……」
結愛は、恐る恐る手を伸ばしてフリッパーの部分に触れた。
すると、ぱあっと顔が明るくなって嬉しそうに撫で始めた。
「すごく固いんですね」
「ですね、これは知りませんでした」
しばらく二人して観察しながら優しく触れたが、一匹ペンギンは特に嫌がらず、というか全く動かずにいた。
「この子、ツンデレというタイプですかね?」
「ど、どうでしょうか?」
この子の心理は分からないが、結愛の希望を叶えてくれたことに、心の中で感謝した。
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