第35話

 カフェには混雑のピークを避けるために早めに足を運んだが、既にある程度席が埋まるくらい客が詰め掛けていた。

 そして、前回と変わらず男性客が誰一人いない。


 とは言っても、別に戸惑ったりするようなことはもうない。

 前回はこの状況に戸惑ってしまったが、結愛が一緒に居れば特に変な目で見られることもないと既に分かっているからだ。


 こういうところも、彼女と仲良くなったことで少し侑人自身が知ることの出来た要素だったりもする。


 ちょうど空いていた窓際の席に二人そろって座ると、店員が水とお手拭きを持ってこちらに近づいてきた。


「いっらしゃいませ。また来てくださったのですね!?」

「え? そ、そうですね」


 最初は、ここに定期的に来ている結愛に向けて言っているのかと思っていた。

 しかし、店員は明らかに侑人の方に向いて、再度来たことに対して感激と言わんばかりに声をかけてきていた。


 そのことに対してびっくりしてしまい、歯切れの悪い返事をしてしまった侑人を見て、結愛は面白そうに笑っている。


「自分、覚えられてたんですかね?」

「みたいですね!」

「だ、男性客の割合が少ないから覚えやすい、とかですかね?」

「確かに女性多めですけど、お休みの人かは男性の方も居ますよ。ご家族でとか、その……恋人同士とか」


 話し始めた途中で恥ずかしくなったのか、彼女は顔を赤らめながら言葉尻が小さな声になった。

 あまりにも破壊力のある可愛さだし、そんなに恥ずかしがられると見てるこちらも顔が熱くなってしまう。


「な、何か印象に残ることでもあった、ということでしょうね!」


 そう言いつつも、こういうことが何も分かっていない自分でもなぜ一度来ただけでこんなにも覚えられているのか分かったような気がする。


 男女がこんな空気感で自分たちの店に来れば、当然記憶に焼き付くに違いない。


 しかも、これで前回よりもまだ空気が柔らかくなっているはず。

 だとすれば、前回は店員目線から見れば「あの二人はなんぞ!?」とざわつくレベルで異質な空気だった可能性がある。


 そうだと考えれば、その時のことが強く印象に残って「また来た!」となるに違いない。

 しかも、こういう男女連れで女性である結愛の方に「また来てくれた」とはちょっと言いずらそうな気もする。


(まだ学校で二人で居ることがバレたら、とんでもないことになるんだろうな……)


 結愛がどんなに美人とはいえ、どこにでも居そうな年頃の男女二人組を知らない人がこれだけ記憶している。


 侑人と結愛の関係性を把握しているのは、未だに最初から事の成り行きを知っている柚希のみ。


 これが、美人と結愛の名があれだけ広がっている校内で一人にでも知られた時、どうなることやら。


 普通に男子たちの会話でも、未だにフリーである結愛とどうにかして仲良くなりたいと話しているのも耳にしている。

 この関係性がバレたら、邪魔を入れてきたりする者が現れそうな気もする。


(これからも変わらずに、静かに二人で少しずつ仲良くなっていきたいんだけどな……)


 これまで何一つ恋愛をしてこなかった以上、どうアプローチすればいいのかも何も分からない侑人にとっては、結愛とこうして一緒に居る時間を重ねて色々なことを知ってもらうことしか出来ないと考えていた。


 その上で、彼女にいいなと思ってくれた時にはもう一段上がった関係性になれれば、と思う。

 それなのに、その過程の途中で邪魔が入って積み重ねたものが一瞬にして壊されることは、あまりにも辛い。


「小野寺君、どうかしましたか?」

「いや、こうして一緒に居るようになって三カ月ですか。特に校内で二人いるのが他の人にバレずに来たなってふと思いまして」

「確かに、人目に付きにくいところを選んで会っているとはいえ、あれだけ生徒が居るのですから、見られてもおかしくないですよね」

「あまりこういうことは言うべきではないのかもしれませんが、真島さんはやはり男子陣からかなり注目されています。今後も一緒に居られたらと思うのですが、誰かに見られたら一瞬で噂が広がって、今の関係を邪魔されそうだなってふと思ってしまいました」

「……」


 話し終えた後、すぐに侑人はこんな話をしてしまったことを後悔した。

 信頼性を築く上では、何でも隠さずに結愛に対して話すべきではあるが、こうして彼女の誕生日に話すようなことではない。


 話をしてしまったこともダメだが、彼女に負の感情を一瞬抱いていたことを見抜かれてしまう自分の幼稚さにもうんざりしてしまう。


(もう吹っ切れたと思ったけど、まだ無意識に引きずってんだな……)


 中学の頃の苦い記憶。

 善意で丁寧に接していただけなのに、変な噂を拡げられて色恋沙汰に敏感な周りを最大限利用して自分を追い込んできたあの時。

 周りが横やりを入れてくることで、当事者同士で解決できる問題でなくなった。

 燃えるものが全て燃えて、燃え尽きた頃には灰以外の全てが何もなくなるように、収まるころには自分が激しく疲弊し、色んなものが壊れて無くなった。


 その時の厄介さに、まだ自分の心の中はおびえている。


「……大丈夫ですよ」

「え……」

「あの柚希があれだけ信頼して私に紹介してくれたこと。そして何より、この三か月間で小野寺君が本当に優しくて、頼りがいがあって、かっこいいところがたくさんあることが分かってます。ここまで積み重ねたものは、そんな周りの言葉に簡単に壊せるものじゃないですよ」

「真島さん……」

「それに私って相当頑固なので、本当の真実は本人と関わって知るまで納得しないってのもありますけどね?」


 笑顔を浮かべながらそう明るく言ってのける彼女の言葉に、心がグッと軽くなった。


「それに、バレることに抵抗があるのであれば、これからは校内に限らなくてもいいと思います。放課後は、お店でも図書館でも……どこでも行く場所はあります。せっかくですし、私としては小野寺君と色んな所へ行けたら、それもいいなって思います」

「そ、そうですよね!」


 過去のことにとらわれ過ぎて、閉鎖的な考え方になっていたかもしれない。

 彼女の言う通り、今の過ごし方に不安があるならいっしょに考えて違う方法を取れば済むだけ。


(こういう時って、本当は逆の立場なはずなんだけどなぁ……)


 こういう時、男性が女性の悩みにスマートに答えそうなものなのだが、逆に結愛から励ましと現実的な案までしてもらうこととなった。


「大丈夫です。小野寺君の事、どこまでも信頼してます。これからもいろんなところで一緒に……」

「すみませーん……。お料理お持ちしたんですけど、大丈夫ですか……?」

「「だ、大丈夫です……」」


 申し訳なさそうな顔をして料理を持ってきた店員に、二人そろって顔を赤くすることになってしまった。

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