第34話

 夏休みが中盤に差し掛かり、夏の暑さが一番厳しくなってきたある日。


「すみません、お待たせしてしまいましたか?」

「いえいえ、自分も今来たところです!」


 侑人と結愛は、柚希の誕生日プレゼント買うために待ち合わせたあの時と同じ、駅前の広場で落ち合っていた。

 あの時と同様に人馴れした鳩は健在だが、暑さと平日であることもあって人もあまりいない。

 そのせいか、鳩たちも日陰で涼んでいる様子が見られる。


「こちらこそ、こんな暑い時間に待ち合わせることになってしまって申し訳ないです」

「いえいえ、今日はお誘いありがとうございます」


 今日は、八月十一日。

 結愛の誕生日であり、一ヵ月も前からこうして会うことを二人で決めていた日である。


 今日に至るまで、彼女へ渡すプレゼントの他に今日一日をどう過ごしていくかということを色々と考えてきた。

 その結果、自分で考えついた中で一番良いと思ったプランに沿って行くとなると、集まるのが昼少し前ということになった。


 夏なので暑いのは致し方ないとはいえ、もう少しいい案があったのではないかと思いながら今日を迎えてしまっている。


 そのため、いつもの柔らかい笑顔を見て、侑人としてはかなり落ち着くことが出来た。


「最初に会った時も、こんな会話から始まりましたよね」

「そうですね、お互いに『いえいえ』とか言ってたような気がします」

「やっぱりそうですよね! こういうところは、数カ月経ってもお互いに変わらないものなんですね」


 結愛が指摘する通り、初めて学校以外の時間と場所で会う時になったあの日も、最初はお互いの気を遣う言葉の掛け合いから始まったような気がする。

 しかし、形はそうでもこうして話すときの気持ちの持ちようは随分と変わった。


 あの時は、『どうしていいか分からない』というものに近い重苦しい緊張感があった。

 今日は特別な日ではあるし、緊張感が無いわけではないが、あの頃の気持ちの持ちようとは随分と変わっている。


 それを結愛も感じているのか、言葉では『変わらない』と言いつつも、とても楽しそうに笑ってくれている。


「じゃあ早速、最初の目的地へと向かうとしましょうか」

「はい! ちなみに、どこへ向かうのですか?」


 侑人の考えた『今日一日のプラン』としては、この後昼食を一緒に取り、水族館に向かうことにしている。

 あまりにもベタなプランではあるものの、一番落ち着いて二人で楽しむことが出来るであろうと考えていた。


 ただ、結愛には昼食を食べて水族館に行くということしか伝えてはいないため、侑人がどのお店で食事をしようとしているのかなどは一切伝えてはいない状態である。


「そのことなんですけど、奇遇にもさっきの話に戻っちゃうんですよね」

「ということは、つまり……」

「はい。あの時に、真島さんが案内してくれたところに行こうかと思います」


 結愛にはまだ伝えていなかったが、侑人は彼女と昼食を食べる場所を既に決めていた。

 その場所は柚希の誕生日プレゼントを買い終えた後、「せっかくなので食事をして行きましょう」という流れになって、結愛が侑人に案内してくれたカフェ。


 二人が初めて出かけた時を思い起こさせる場所であった。


 本当は、個人的にいいお店を見つけてそこで食事、という流れを作りたかったというのが、侑人の本音だったりもする。

 しかし、まだ結愛の食事の好みがそこまで分かっていないことや、オシャレな場所での外食経験が皆無なこともあって、良いところが全く思いつかなかった。

 結果として無難ではあるものの、お互いに楽しめる場所となると自然とこの選択肢になった。


「色々と考えたんですけど、一緒に二人で安心して楽しくて、おいしく食事出来るってちゃんと分かるところ、あそこしかなかったので……」


 スマートな男はもっとこういうところできっちり決められるのだろうなぁ、と思いながら彼女に申し訳なさを感じながら伝えた。


「色々考えていただいてありがとうございます。そこまで考えて場所を選んでいただけているなんて……感激です」


 その一方で、結愛はとても嬉しそうな顔で侑人からの提案を喜んでくれた。

 いつも笑顔で楽しそうにしてくれているが、いつも以上に声を弾ませて嬉しそうに喜んでくれる彼女に、思わずドキッとしてしまう。


 そのドキッとした甘くて強い衝撃が、先ほどまでの「スマートな対応が出来ていない」と不安と自責により生じた心の揺れを搔き消した。

 そしてその強くて柔らかい衝撃は、自分の考えたことが「結愛に喜んでもらう上で間違っていなかった」という小さな自信を心に生んだ。


「では、行きましょうか」

「はい! 今日一日、よろしくお願いします」


 彼女の喜ぶ姿から得た小さな自信から、彼女と過ごす大事な一日が始まった。



 平日の街は、スーツや会社の服装に身を包んだ人たちが慌ただしく早足で過ぎ去っていく。

 その中で、侑人と結愛はお互いに目を合わせつつ、歩調をお互いに合わせようとするゆっくりとした時間が流れている。


「あ! お誕生日おめでとうございます! すみません、会って最初に言うつもりだったんですけど……」


 本当は会って最初に言うつもりであったのに、今日一日のプランの事で頭がいっぱいになってしまっていて、すっかり抜け落ちてしまっていた。


「ありがとうございます。毎年思いますが、こうしてお祝いして頂けるということは、とても嬉しいことですね」

「ご両親からは既にお祝いして頂きましたか?」

「いえ、今日の夜にお祝いをしてもらえるみたいです。なので、今年最初に祝っていただけたのは小野寺君、ということになりました」

「そ、そうでしたか……」


 柚希達とは部活の兼ね合いもあって、お祝いは後日行うということを聞いている。

 家族とは夜にお祝いするとなると、今お祝いの言葉を述べた侑人が一番最初に結愛の誕生日を祝福したことになる。


(冷静に考えればそういうことにはなるんだけど……)


 気持ち悪いので絶対に口には出さないが、そんなに口元を緩めやや顔を赤らめながら「最初」だと言われたら、男としては心が大きく揺れる。


 先ほどの嬉しそうな様子、そして今のちょっとだけ控えめに見せた愛らしい表情。


 今日一日、彼女に何度心を揺らされることになるのだろう。

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