似た者同士のシンパシー

 七


 住宅が並ぶ団地まで帰ってくる頃には、時刻は既に午後八時を回っていた。この先の街灯が照らす交差点でいつも遠野さんと別れている。

 こうべを垂れ、いつもどおり遠野さんに別れを告げる。自宅まで数分の距離だけれど、このまま歩いて帰るのもおかしな話なので自転車にまたがる。どうやら足に疲労が溜まっていたようだ。思わず深い息が漏れる。

越渡こえど君、すまない」

 不意に謝罪され、俺は肩越しに振り向いた。遠野さんは申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 遠野さんが謝ってきた理由について、どれだけ情報を整理しても導けそうにない。遠野さんに合わせて徒歩で帰ってきたことは俺が選んだことだし、遠野さんが気に病むことではない。第一、俺から言い出したことで気に病む遠野さんではない。

 俺が目をしばたたかせると、遠野さんはばつが悪そうに首筋をさすって、

「連休中、予定を取り付けちまったことだよ」

 と言った。

「実際のところ、清掃ボランティアならぶっつけ本番でも何とかなると思っていた。部の活動日誌に目を通したしな」

 俺もそう思う。けれど、遠野さんなら練習が必要だと考えてもおかしくないと思ったのもまた事実だ。

 遠野さんはうかがうように俺を見つめる。

「怒ったかい?」

「いえ、呆れました」

 遠野さんは大笑いした。思ったとおりの反応だったのだろうか。

だました形になってすまなかった。どうしてと訊かれると困っちまうが、そうだな」

「暇だったんでしょう」

 俺が何気なく言葉を引き継ぐと、今度は遠野さんが目をしばたたかせた。似た者同士だな、と思わず俺は吹き出す。

「俺はそんな暇人に見えるのかい?」

 いえ、と頭を振り、俺は表情を弛緩しかんさせたまま答える。

「中学の頃、遠野さんは土日を返上して水泳に打ち込んでいましたから。受験期も過ぎて、土日に暇を持て余していてもおかしくないと思っただけです」

「ずさんな推理だね」

 自分でもそう思う。妥当そうな理由を後付けしただけで、遠野さんが暇だろうと踏んだ理由は別にある。

「答えを知っていましたから」

 その言葉の意味を理解したのだろうか。遠野さんはあごに手を添え、首を傾げたけれど、やがてふるふると頭を振った。

「理由は何であれ正解は正解だ。次からは正直に言うよ。だが、遊びに誘っても、越渡君は応じてくれないだろう?」

 人付き合いは広く、浅く、ほどほどに。まるで俺の信条を見透かしたような発言だ。けれど、俺にだって例外はある。

「誘いなら断りませんよ」

 清掃ボランティアの本番は次の日曜日だ。遠野さんの気遣いで連休中の実施を避けたけれど、俺はそれでも構わなかった。その言葉を聞いたからこそ、遠野さんは俺を練習に誘ったのだろう。

 暇な人物による突拍子のない行動に付き合っていれば、相手は『用事に付き合ってくれた』と考え、より良い信頼関係を築くことができる。けれど、今回に関して言えば、そんな打算は不要だ。遠野さんとは既に十分な関係性を築くことができている。むしろ、これ以上の関わりこそ不要というものだ。それでも、俺はボランティアの練習を必要とした。暇を隠すなら暇の中。

「俺も暇人ですから」



『鍵を隠すなら』 了

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鍵を隠すなら 万倉シュウ @wood_and_makura

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