【短編】僕の舞台で踊る君

桜まえあし

僕の舞台で踊る君


放課後の教室。少し前まで充実した学生生活を過ごす為の学舎であったここが、今はただの地獄のようだと感じる。


面倒なことも多いけどそれなりに楽しい日々は、何の前触れもなく崩れ去った。

俺はいじめられているんだ。



「痛いね...。大丈夫...??」


偽善者ぶってるこの男が、いじめっ子どもを手引きしているのは知ってる。


いじめが始まったのは高校2年にあがって3ヶ月が経った頃。ようやく新しいクラスに馴染み始めた時のことだった。


朝、いつも通り教室のドアを開けたら、先程まで騒がしかった室内が一瞬にしてシンと静まり返った。すぐに様子がおかしいと気づいた。

挨拶をしても返ってくることはないし、みんな目も合わせてくれない。


最初は何かの冗談で、"ドッキリを仕掛けられている"程度にしか考えなかった。

でも自分の机を前にして、それが何の冗談でもないことに気がついた。


そこには置きっぱなしにしていた教科書が、ぐちゃぐちゃになって散乱していた。あまりにショッキングな出来事に身動きが取れなくなった。

そんな俺に声をかけてくれる同級生は誰一人いなかった。


そこから毎日嫌がらせは続いた。

物を隠されたり壊されたりするのは日常茶飯事で、複数人に囲まれてボロクソに貶されたり、暴力を振るわれることもあった。


誰かに助けを求めることはできた。先生とか他校に通う幼馴染とか親とか...、相談相手はいくらでもいた。

でもそれはしなかった。


何故なら、違和感を感じたからだ。


いじめに参加するメンツを見れば、みんな顔を見合わせてどう立ち回るか悩んでいるようだった。明らかに不自然なほど困惑していた。本当に楽しんでいるやつなど一人もいないように見えて、何か事情があるんだと察した。

だからその原因が分かるまで、誰かに言うのはやめた。


とは言え、原因が判明するのにそう長い時間はかからなかった。


いつも通り始まるリンチ。その中に明らかに他とは違う空気を纏ったやつが一人いた。

そいつは先生や同級生問わず、他人と一切関わろうとしない陰気な生徒。いつも教室の端の机で俯いてじっとしている。前髪がかかって顔もまともに見たことがない。


でも分かる。そいつが同級生たちを操っていると。まるで傀儡子(くぐつし)とそれに操られる人形みたいに...。


自分は集団の一番後ろで椅子に座って見ているだけ。一見ただの傍観者のようにも見えるけど、いじめをしている同級生たちは決まって後ろを気にしていた。ちょうどあいつが座る席の辺り。

直感的にこの生徒が主犯格だと判った。


俺が人と人との間から見えるそいつを睨んだら、相手は何とも満足気な表情を浮かべた。

裏でみんなを操っていることを隠そうともしない。まるで"自分がこのいじめを主導している"と言わんばかりに。


その日から悪行が終わり同級生たちが解散した後、決まってやつは「助けてあげる」と俺に向けて手を差し出してくるようになった。


それを無視するのは今となれば毎度の恒例行事だけど、初めの頃はいじめが辛くて悲しくて、その手を握ってしまおうかと考えたこともあった。


だって昨日まで笑い合う仲だったやつらが、次の日登校したら人が変わったようにいじめてくるんだ。これ程までに辛いことはないと思う。

ただ差し出された手を握ればこの悪夢が終わるなら、終わらせたいって思うだろ普通。


でも俺はとてつもない天邪鬼なんだ。絶対に助けられてやらないと誓った。

そいつの手を目一杯叩いた日から、いじめは更に激化した。


そんなある日、元友人であり今はいじめっ子となった一人が、倒れた俺の手首を掴んで立たせようとした。俺は引っ張られるように立ち上がり、次の衝撃に備えようと身構えた。

その時、いつもならただ見ているだけのそいつが突然立ち上がって、その元友人を殴りつけた。それはもう凄まじい力で。


俺も周りのやつらも唖然とする中で、そいつは光のない目を血走らせて「足だけって言ったよね?」と言い放った。


全身の毛が逆立った。それは明らかに恐怖心からくるものだった。


最初はその言葉の意味が分からなかったけど、そう言えば蹴られることはあっても手で殴られたことはないと気づいた。



「汚い手で触んなよ。殺すよ?」


そいつは相変わらず冷め切った表情のまま、殴られた衝撃で意識を失った元友人に近づいていく。


「やめろ...。おい、やめろって!!」


嫌な予感がして咄嗟にそう叫んでいた。するとそいつは歩みを止め、顔だけこっちに向けた。


「ねぇ、名前。呼んでいい?」


なんの脈略もない突然の質問。こんな時に何言ってんだよ。

混乱してただ相手の目を見返すことしかできない。

そしたら俺の反応が面白かったのか、ニコッと緩やかに口角を上げた。


「ねぇ、そしたらやめてあげる」


そう言って振り上げられる脚。目の前には先程の一撃で動くことができない元友人。

また同じようなことをされたら本当に死んでしまうかもしれない...!!そう考えたら答えは一つしかなかった。


「分かった!いいから!だからやめろ!!!」


自然と体が動いて、2人の間に割って入っていた。

振り上げられた脚がすぐそこまで迫っていて、痛みに備え反射的に目をきつく閉じて体を力ませた。


でもそれが俺に当たることはなかった。


ゆっくりと目を開ければ、脚は俺のちょうど数センチ手前でピタリと止まっていて、そのまま地に置かれた。


「あぁ、嬉しい。さくや、朔也...、朔也...!!」


恍惚とした表情で何度も名前を呼ばれる。鳥肌が立った。


「さくや、朔也...。ねぇ、朔也。朔也はほんとお人好しだね」


喜びを示す表情から一転し呆れた口調でそう言うと、俺の目の前にしゃがんだ。

そいつの「これ邪魔だよ」の一声で、いじめっ子たちは気絶した元友人を引っ張り足速に立ち去っていった。


教室に2人きり。こんなにもこの場から立ち去りたいと思ったのは初めてだった。でもきっと、この空間を打ち壊してくれる人は現れない。

目の前にいるそいつの、深い黒をした瞳に意識が吸い込まれていく。


「朔也は優しすぎる」


まるで俺の様子を伺うように慎重に伸ばされた右手。頬に添えられたそれは、人肌にしてはやけに冷たく感じた。


「あんまり安売りしないで?僕、我慢できなくなっちゃう...」


親指でゆっくりと頬を撫でられた。言うのも躊躇われるけど、まるで大切なものを扱うような手つき。嫌悪感が湧いた。


そして、こわかった。


こわくて涙が出てきた。


自分でも分からない。なんで俺は自分をいじめる元友人をかばったのだろう。

それは俺の優しさなのか...?


いや、違う。


こいつは本当に、なんの躊躇もなく人を殺すと思ったからだ。


こわい。


「そっか、朔也にしても意味がなかったんだ...」


呼吸が荒くなる。


ドッドッドッドッドッ...!

鼓動がみるみる速くなっていく。


「同級生?よく話してたあの先輩?他校の幼馴染かな?弟2人に両親もいるもんね」


そいつは先ほど惨劇を繰り広げた時とは打って変わって、不気味なほど穏やかに微笑んだ。


ド ド ド ド ド ド ド ド ッ ッ...!!!




「朔也の大切なものって、なぁーんだ?」





その日俺は『助けてあげる』と言って差し出された手を、握った。


こわくて、悔しくて、涙が止まらなくて息がつまる。そんな俺をどう思ったのか、繋がれた手を指を絡めるように握り直し、抱きしめて、まるで子どもをあやすように背中をトントンと撫でてきた。


「ねぇ、朔也。僕のこと名前で呼んで?」


俺の頭に顔をうずめてそう言った。

こいつが何を考えているのか分からない。こわかったり優しかったり、傲慢かと思えば様子を伺う素振りを見せる。

一つ言えるのは、俺に固執しているということ。


「さ ょ...、小夜...」


嗚咽を抑えながら名前を呼べば、より一層強く抱きしめられた。


「うん、小夜だよ。僕が朔也を助けてあげるからね」


助ける?いじめも何もかも、はなからお前が仕掛けたことだろ。自作自演にも程がある。

でもここで刃向かってしまえば、俺の大切な人たちに危害が加わる。それが恐ろしかった。


俺をいじめていたやつらも俺と同じように...。


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「お、おはよう!」


翌日教室に入れば、いじめのメンバーである元友人にぎこちない挨拶をされた。


「...おはよ」


ごく普通の挨拶なのに、久しぶりすぎて吃ってしまった。

そんな俺に構うことなく、次々と挨拶をしてくる同級生たち。高校2年にあがりたての懐かしい光景を思い出す。

そうだ、以前はこうやって友人たちと挨拶を交わして一日をスタートさせていたんだった。


俺が席に着くと同時に周りに人が集まる。

「昨日のテレビで...」とか、「この前発売したゲームが...」とか。代わる代わる話題が振られる。


これはいじめられる前と変わらない日常だ。


でも、みんなの顔を見れば何かに怯えるように必死だった。

俺の方を向いて話しているはずなのに、意識は俺に向いていない。


これは本当に、"前と変わらない日常"なのか...?



みんなが意識する先にはそいつが座っていた。


あぁ、そうか、全然違う。何もかも変わってしまったんだ。


その時俺は気がついた。

俺はあいつが用意した舞台に囚われている。あいつが操る感情を押し殺した人形たちと、上部だけの関係を続けながら日常を"演じて"いるんだ。



教室の端の机で誰とも話さず座る陰気な生徒。

俯いた前髪で全ての表情は見えないけれど、その口元は満足気に笑っていた。




「僕の舞台で踊る君」 - 完 -

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