幸せの選択
Sonata
幸せの選択
20歳の大村千遥は都会に住む一人暮らしの大学生。中学校からの同級生である水野達樹と仲良く学校生活を送っていたが,高校の時に達樹は父親が亡くなってしまったため,父親の会社の社長に就任。達樹は高校を中退し,今は東の方の外国に住んでいる。
(本編)千遥side
『千遥― カフェで勉強しない?』
勉強している最中にピコン,と音がしたスマホ。
大学の友達の香苗からだった。
片手で返信を素早く打つ。
『行こうかな』という返信と『グッ!』というスタンプ。
見て分かる通り,私はどこにでもいる普通の大学生だ。
友達と勉強するなら…とタンスから菜の花色のワンピースを取り出す。
家を出ていく前にはしっかり玄関の郵便受けを確認する。
今日は中に一枚ベージュ色の封筒が入っていた。
表には千遥へ,と綺麗な文字が書かれていた。
誰からだろう,と裏返すと。
「…達樹からだ」
私は封筒を開けた。
そして,綺麗な文字で書かれた文字の列を読む。
「…えっ」
私の目に映る鮮やかな色の封筒や手や靴が一瞬でモノクロに変わった。
『会社の都合で戦争をしている国の援護にその国へ行くことになった。他の誰にも言うなよ 達樹』
手紙に書いてあるのはそれだけだった。
玄関の段のところにへたり込むと体温が一気に下がっていっているような感覚に陥った。
私はベッドの上に倒れこんだ。
とりあえず香苗には『用事できて行けなくなった』と送った。
達樹が戦争している国に行くという事は達樹に命の危険があるという事だ。
もう達樹に会えないかもしれない。そう思うと悲しかった。
達樹とは中学一年生の時に知り合った。
その日は委員会があって完全下校時刻ギリギリになっていた。
しかも,その日は午後から雨で。
土砂降りの雨が降る中で,達樹は
「あ,大村さん。」
ってにこやかに話しかけてきた。
「僕,傘持ってないんだよね。」
初めて話すのに普通に接してくる。
「ごめん。私も持ってない。」
と,少し引きながらも小さく笑って見せた。
「なら,一緒に走って帰ろう!」
達樹は走っていった。
正門に向かって走りながらくるっとこっちを見た時の達樹の笑顔は今でも私の心の奥に残っている。
ふと目を開けた時にはもう夜。
送られてきた手紙の封筒を天井に右手で高く上げた。
「達樹に手紙書こうかな。」
達樹につくかどうかは分からないけど,達樹に私からのお返しを伝えられる可能性が少しでもあるのなら,後悔しないように書こう。
『達樹へ。お元気ですか?手紙,届いていますか?私は大学生活を楽しく過ごしています。でも,達樹がいなくて寂しいなって思う事もある。達樹が私に連絡をくれて本当に嬉しかった。大変な任務になるかもしれないけど,私としては達樹がその時一番幸せになれる選択をするべきだと思う。戦地に行くことは変えられないのかもしれないけど,例えば,仕事を始めてからとかね。日本から,一番応援しています 千遥』
ポストへ手紙を出した時,空にはたくさんの星がきらきらと輝いていた。達樹もどこかで同じ空を見ているのかな…なんて思いながらその綺麗な星たちを意味もなく眺めた。
あれから何の音沙汰もなく6か月が過ぎた。
大学に行って,友達とご飯を食べて,勉強して,寝る。皆と同じような生活を送っていた。
けど,達樹の事を考えない日はなかった。
今日は,朝ごはんにトーストとサラダを食べながら,テレビのニュースを片耳に挟んで数学の問題を復習していると。
________戦争が今日で終戦となりました。この戦争によって亡くなった日本人は15名となりました。中には10代もいた,という情報が入ってきております。細かい情報が入ってき次第,お伝えします。次のニュースです______
今まで耳に入ってこなかった情報が一気に入ってくる。
達樹の行った戦争が終戦を迎えたのか…。
日本人が15人も亡くなったんだ。
10代の子もいるんだ。
私の頭に最悪の予想が頭をよぎった。
でも,きっと大丈夫。
もし,その予想が当たっていたとしても,それは達樹の選択。
私の手紙を読んでいたとしても読んでいなくても,達樹は自分の判断で,自分が一番幸せになれる行動をしたと思う。
そう自分に言い聞かせているが,不安が収まることはなかった。
そして,そのニュースを知った数日後。
達樹が亡くなった事がニュースの情報により,明らかとなった。
いくら心構えをしていたとはいえ,やはり自分の友達が亡くなるのは心が痛かった。ニュースを知った時,自分でもわからないくらい,生まれたばかりの赤ちゃんのように泣いた。
気づいたときにはベッドで長い時間寝ていた。
私を起こしたのは一本の電話だった。
「もしもし。」
「あ,千遥?今日学校来てないけど,大丈夫?」
香苗からの電話だった。
「大丈夫だよ。ちょっと最近疲れがたまって休んでるだけ。来週からは行けると思う。うん。じゃあね」
とだけ言って,香苗との電話を早く切った。
まずは一人になりたかった。
でも,このままずっと悲しんでも,無駄に時間が過ぎていくだけ。
悲しむだけじゃなくて,立ち直れる何かを見つけないと。
でも,それは少しずつ,時間が解消してくれた。
そして,大学にも復帰して,大学生活を楽しく送るようになった或る日のこと。
家のチャイムが鳴った。
ドアを開けると,私の家の前に3人の若い男の人と一人のおじさんがスーツ姿で立っていた。
中には外国人の方もいる。
「大村千遥様ですか?」
日本人の若い男の人が問いかけてきた。
「はい。…あの,上がってください。」
話が長くなりそうだと感じた私は4人の人を家へ入れた。
「あの,何かありましたか?」
「すみません。申し遅れました。私,『MIZUNO』の社員の雨宮と申します。」
達樹関係のお話だと察した。
「達樹の会社の方ですね。他の方はどういう?」
質問すると,もう一人の日本人らしき男の人が口を開いた。
「私は,『MIZUNO』と同じように戦地へ行った大月グループの海崎です。」
大月グループという会社が日本に存在しているのは有名な話だった。
「こちらにいるのは敵軍だった兵士です。そして,こちらが敵国の少佐,です。」「そうですか…。」
わざわざ私の家まで…。
「どうして,私の家が分かったんですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「達樹の持っていたポシェットから手紙が見つかったんです。それに,達樹はいつも私に『俺が死んだらポシェットの中に入ってる手紙の住所を見て,そいつにポシェットごと渡してほしい』と言っていたんです。」
そういって,雨宮さんはポシェットを手渡す。
「手紙はこれです。達樹,熱心に書いたんでしょうね。」
そういう雨宮さんの顔は寂しそうだった。
「千遥さん,達樹は最後,私達を守って銃で撃たれて亡くなったんです。達樹だけは誰が何といおうと国の和解を死ぬ間際まで求めていました。」
達樹はなんて勇敢なんだろう。
「私と達樹は年が2個しか変わらなかったため,仲良く過ごしていました。達樹は社長という立場ではありましたが,どちらかと言えば,友達や弟みたいな雰囲気で,初めて会った時,達樹で呼び捨てって言われました。」
達樹らしい。フレンドリーなのは全然変わってない。
「戦場でも,誰に対しても明るく振舞い,皆の太陽みたいな存在でした。」
こくり,と海崎さんはうなずいた。
「そして,兵士の方にに来てもらったのはお礼がしたい,という事で。怪我をして倒れている時に達樹に助けられたみたいです。」
「タツキ,チハルのハナシシテマシタ。タイセツなヒトカラテガミをモラッタッテイッテマシタ。スゴクヨロコンデマシタ。」
片言の日本語だったけど,私には痛いほど伝わってきた。
「本当にありがとうございます。」
あの手紙は達樹のもとに届いていたんだ。目頭が熱くなった。
「そして,少佐は誤って達樹を撃ってしまったんです。少佐には達樹が前に飛び込んできたのに気づけなかったんです。それくらい一瞬の事でした。達樹はどちらの軍も差別することなく,助けました。時にはマジックなどをして沢山の人を喜ばせました。達樹は両軍のどちらにも気に入られていました。この少佐も達樹の事を気に入っていました。」
海崎さんが兵士さんと雨宮さんの言葉の後を紡ぐ。
少佐さんは海崎さんに現地の言葉で何かを伝えた。
「申し訳なかった,達樹を撃ってしまった事実は変えられないが,心からご冥福を祈っている,と言っています。それから,終戦を迎えられたのは達樹のおかげである,とも。」
4人の人たちが帰っていった後,達樹からの手紙を広げた。
『千遥へ。手紙,ありがとう。まさか,手紙が帰ってくるなんて思ってなくて,もらった時,色んな人に言ったんだ。『俺の大切な人から貰った!この人,俺の中の太陽だ!』って。初めて会った時から,明るくて,いいなって。俺,千遥の手紙読んで,悔いのないように,自分が一番幸せになれる選択って何か考えた。その答えが人に喜んでもらえて,終戦に一歩でも近づけるっていう事だった。最悪は自分を犠牲にしてでもいいと思う。千遥に会えないのは寂しいけどね。本当なら,これ全部口で伝えるつもりだったんだけど。最後に言いたいのは千遥が一番幸せになれる選択をして欲しいって事。そのまま返してごめん!でも,これって大切なことだと思う。千遥なら,きっと大丈夫だね。自信を持って頑張れっ‼一番,応援してる!』
達樹からの手紙を笑顔で見つめる。私が一番幸せになれるのは,達樹の応援に答えた時だ。窓から遠くの空に向かって,「ありがとう」と小さな声で唱えた。空にはたくさんの星が輝いていた。
幸せの選択 Sonata @Nocturne92
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