第7話 二人の行く末は
今まで詰まっていた間隔が逆に開き、今度はイギリス軍が焦る。
移動しながら銃兵らが荷車から乗り降りして体力を繋ぎとめる。白い布を槍に縛り、それを掲げた。降伏したわけではない。
「私にはこれがしっくりくるわ」
ジャンヌが自らの軍旗としてそれを掲げた。妙にすっきりした表情になっている。
「イギリス軍が急速に近付きます!」
歩速を上げた、半ば走る形で距離を詰めてきた。一度追いつけば後は戦闘で足止めすることになる。
「ムスケテールズ、発砲準備! コンゴ軍、後衛につけ! 多段斜形!」
五列に荷車を並べ、二段目はスライドして前後の距離を保つ。コピー用紙を横にしたような形で進む。無理をして接近してきたイギリス軍前衛、それが後衛と接触寸前まで迫ってきた。
「伏せろ! 撃て!」
黒人が一斉にその場に伏せた。爆音を響かせ銃が発射される、バタバタと追撃者が倒れる。コンゴ兵がすぐさま起き上がり、無事なイギリス兵と交戦した。十秒程刃を交えると敵を全滅させ、走って本隊に追いつく。
――やはりあいつらは基礎体力が別格だ!
汗をかいている程度で息が荒い奴は殆ど居ない。殿に最高の適性を発揮している。
「このまま街の船着場まで行くぞ!」
タンカルヴィルの郊外まで距離を保ったまま一団は逃げ切る、だが船の姿はまだ無い。
「荷車を防壁にして半円陣を構築、ムスケテールズは乗車! 槍兵、荷車の間を縄で結び隙間を埋めろ。近くにあるもの何でも構わん、障害を周りに置くんだ! コンゴ兵、予備として本部で待機」
――防戦だ! ここまで来ればなんとしてでも守りきってみせる!
荷車の下に木の枝を置くなどして抜けられないようにもする。騎馬がやってきても飛び越えるのは困難だ。荷車は胸壁の役割もこなしている、道中色々考えた末に多数曳いてきたのが実る。
「軍旗を掲げろ! ドーロン卿が味方を連れて来るのを待つぞ!」
ただ押し込まれている訳ではないのを明かす、傭兵部隊だ、島が居る限り士気は保てる。生きていればきっちり手当てが受けられるのだ。
「敵軍が来ます!」
「落ち着いて迎撃しろ」
太陽はまだ空にあり、昼間が続く。到着したイギリス軍が攻め寄せる、一斉に発砲して敵の士気を下げた。それでも防壁に食いつく、槍兵が必死にそれを押し戻す。
「殺せ! 女でも子供でも首一つで金貨一枚だ!」
ボーナス支給でやる気を増しているようだ、目が血走っている。ジャンヌは金貨三万枚でも解放を拒否されていた、それを考えればいかに安い命と見られているか。
「故郷に残してきた者を思い出せ、ここで負けてやる義理などないぞ!」
耳栓をしていても耳が痛くなる、発砲しすぎて銃が熱を持ったようであちこちで冷やしながら代わりの棒を握っていた。十二分に有ったはずの火薬、それが残り少なくなってくる。
――そろそろか、いよいよ苦しくなるな。
第二防衛戦線に一時的にコンゴ兵を配備する、機を見て軍旗を交差させる。
「荷車に火を放て! ムスケテールズ後退!」
下に詰めていた枝に火をつけて、荷車ごと燃やすとそれを火炎の防壁にしてしまう。槍兵も様子をみて一気に撤退させる。縮小した半円陣、その最後方に銃兵を固める。槍兵を休ませている間、コンゴ兵が間を抜けてくるイギリス軍と戦った。徐々に数が増える敵、休息を終了させ槍兵に戦列を組ませるとコンゴ兵を撤収させる。
「槍壁を作れ!」
――きつい、だがドーロンは絶対に来る!
◇
夕暮れが最後の力で大地を照らし、ついに力尽きようとした。河の向こうに船団が見えてきた、それが味方のものであれと皆が祈る。
「イーリヤ公!」
舳先で旗を振っている男が大声を上げる、ドーロンが味方を率いて駆けつけてくれた。桟橋に船を寄せると板を渡す。
「ムスケテールズ乗船、射撃準備だ!」
温存しておいた火薬、離脱の間際に最大の効果を発揮してくれるはずだ。槍兵の半数も乗船させる、イギリス軍の圧力を引き受けるのは残りの兵だ。
「槍兵も乗船しろ! コンゴ軍、最後まで防戦だ!」
――こいつらなら出来るはずだ!
数分後方で休ませた、それだけでスタミナが一気に回復する。槍兵が船に乗り込んでいる間に黒人が猛威を奮った、所狭しと暴れまわりイギリス兵を倒していく。
「全軍撤収! ムスケテールズ、撤退援護射撃だ!」
貴重な数秒を彼女等が稼ぐ、慣れた手つきで弾丸を装填し、再度発砲した。船が桟橋をゆっくりと離れていく。
「槍を投げつけてやれ!」
もはや無用の長物だろうと、弓兵がたまる前に各自が投げつけてやる。
反撃で矢が放たれた、身を隠せる場所は少ない、不運にも矢が刺さる者が居た。だがしかし河を滑るように船団は離脱していく、闇が訪れるともう追っては来なかった。
「イーリヤ公、遅くなり申し訳御座いませんでした」
出せる船が少なく交渉が難航していたそうだ。
「なに構わんよ、多くが助かった。良く船を集めてくれた、だがどうやって?」
「ジャンヌと市民兵が攻撃されているというのを必死に訴えかけました、それを解ってくれたんです」
船団の長が進み出る、コモドア、つまりは提督だ。がっしりとした胸板の男で、海賊と紹介されたほうがしっくりとくる。
「イーリヤ将軍だ、救援に感謝する」
「コンピエーヌ提督だ」
「ん、すると?」
「ああ、コンピエーニュ市の出身でね。市を守ってくれた英雄らの危機だ、応じんわけがない」
笑い声をあげてドーロンの肩を叩いてやる。
やけに考えさせられる名乗りを受け、島は複雑な笑みで返した。ポルトガルを左手にかすめ、民兵らを南フランスで下船させると一路コンゴへと向った。
◇
数日波に揺られてコンゴ王国へと戻って来る。ジャンヌとドーロンは不安を顔には出すまいと頑張っていた。
「新天地だ、期待半分不安半分だな」
「イーリヤ公、本当にありがとう御座います」
微笑で返し、コンゴ軍を引き連れ王宮に向う。途中で衛兵に止められそうになったが、コンゴ兵が一言添えると退いた。彼らは選抜されたエリートだったらしい。
二人を後ろに置いて貝殻が綺麗に並べられた段下に進む、真っ赤な衣装に金の装飾、レワニカ王が椅子に座って居る。
「陛下、キシワ将軍、ただ今帰着いたしました」
「ご苦労だ」
「お預かりしていた軍を返還致します」
ジャンヌらは全く理解できない言葉で表情も堅く王を見詰めていた。
「首尾はどうか」
「はっ、フランス王国、並びにイギリス王国、それに列なる国にコンゴ王国の精強さが知れ渡ったでしょう。軍兵の実力は確か、彼らは十倍する敵を相手にして一歩も怯むことなく戦い抜きました」
それは事実、生存率も九割を超え、数度の戦闘をこなしたとは思えない。何よりよく島の命令を遵守した、やはり力がモノを言う民族なのだ。
「ニミ、どうであったか」
「キシワ将軍は類稀なる戦士、その心は我等コンゴの民も認めるもの」
現地の言葉で早口、島も殆ど理解できなかったが、王が軽く頷いていたので聞き流すことにする。
「そこな二人は?」
「フランス王国の英雄ジャンヌと、その騎士ドーロン。世界が二人を見捨てました、ゆえに私がここへ誘いました」
――ここが勝負所だ!
「何故だ」
「ヨーロッパという世界は二人を否定しました、だからこそコンゴ王国という世界が認めることにより、レワニカ・ルケニ・ルア陛下の名声は両の世界に響き渡るでしょう」
亡命申請、ここまで連れて来てしまった島も責任がある、否と言われでもすると大事だ。真剣な眼差しで返答を待つ。王がニミ隊長に下問した。
「お前はどう考える」
「彼女は常に戦場の最前線に在り続けました、その彼女が死の淵にある時、彼は身をなげうち忠誠を示した。もしコンゴ王国がそのような戦士を認めぬようならば、多くの者が失望するでしょう」
もの言わぬ隊長、そんなイメージがあった島だが、随分と喋るものだと不思議な感覚に陥る。
王が島をじっと見詰める、島は視線を逸らさず胸を張ってそれを受け止めた。物凄い圧力が襲ってくる、王者の風格にも色々とあるらしい。
「レワニカ・ルケニ・ルアがその者らを認める」
「陛下、有り難き幸せ!」
島が膝を折って頭を垂れたので二人もそれに倣った。下がって宜しい、皆が御前を退く。
「イーリヤ公」
「ああ、二人を認めてくれたよ。不便もあるだろうが、ここで暮らしたら良い」
すっかりドーロンが主導権を握ったようで、ジャンヌは我儘を言わない。
「公はどちらに?」
「さてな、それは俺にもわからん。ニミ隊長もご苦労だった、最高の働きをしてくれた」
自分のことなのに解らないもないが、ドーロンも深くは追求しなかった。
「これも己の経験。父もあれで結構満足しているようだ」
「父だって?」
「ルケニ・ルア・ニミ、何人も兄弟がいるが一応の世継ぎということになっている」
ルケニ・ルア・ニミ、コンゴ王国の始祖として知られるその人だ。島はそんなことは知らないが。
――是非王になって欲しいものだ。勇敢な人物で信頼できる。
急に頭痛がしてきた、いつものように時間がやってきたのだろう。残された者たちにはどう映るのか、島は目の前が真っ白になり意識が遠のく。イーリヤ公と呼ばれているような気がした――
異説ジャンヌダルク 愛LOVEルピア☆ミ @miraukakka
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