第23話「月と女子高生」

月はもの思いなどするはずもなかろうに、なぜいつでも人の別れるときにはまどかな姿となるのだろう。それはたしかに人の心持ちを察して、それを美しく反映してくれるからだとしか思えない。別れてしまえば二度と会うこともないと知れば、なおさらのことであろう。だからそのたびに私は月に向かって語りかけるのだ。月が私の心に答えるときだけ、別れてしまった人の声を聞くことが出来るからである。

月を見るのが好きだった。夜遅くまで友達の家で遊んで、帰る道すがら見る月や星はとてもきれいだった。特に冬場の星空が気に入っていた。

「流れ星が流れても、絶対に願い事をしてはいけないよ」

そんなことを親に言われた記憶があるけれど、私にはよくわからなかった。あれは小学二年生くらいの頃だろうか。いつものように遊びに行った友人宅で、窓から外を見た瞬間に流れ星が流れたことがあった。ちょうどそのとき私は眠くて仕方なかったので、そのままベッドに入って寝てしまうつもりだったのだが、ふいに目が覚めてしまい、そして流れ星のことを思い出したのである。それで慌てて窓際に駆け寄って、目を凝らしたのだけれど……結局、何も見えなかった。

「お願い事できなかったね」

そう言って私が振り返ると、そこには誰もいなかった。家に帰ったのかと思って玄関を見に行くと、そこにあったはずの友人の靴がなかった。何だかとても嫌な予感がしたので、急いで庭に出てみた。すると案の定というべきか、やはりそこにあったはずの友人の自転車もなくなっていた。

今にして思うと、きっとあの時の友人は何か事故にあってしまったのだろうと思う。それとも事件に巻き込まれてしまったのか。ただどちらにせよ、彼がもうこの世にいないことは間違いない。だって彼の両親は、息子の死を受け入れられずにいるらしいのだから。

でも私は知っている。彼の両親はまだ生きているということ。そして彼が死んだことを知らないということを。なぜこんなことを知っているかというと、実は彼と一緒にいるところを目撃されてしまったからだ。私達はその時に初めて会ったばかりだというのに、彼は私のために死んでくれた。だからせめてもの恩返しとして、彼の両親が死ぬまでは一緒にいてあげようと思っている。

それにしてもどうして私のことがバレたんだろう? 確かに私は彼と二人きりのとき以外はずっと仮面を被っていたんだけど……。うーん、謎だ。まあ別にどうでもいいけどさ。とにかく私は彼の両親の前では、彼に付き合っているふりをしてあげることにしたんだ。

「ねえ、お父さんお母さん!あたしたち結婚するの!」

そんな風に言ってあげたら、彼らの顔ったらなかったわ。信じられないものを見るような目つきで私を見て、それから泣き出してしまったの。まったく失礼しちゃうよね。まるで私が悪者みたいじゃない。……まあいいわ。今は大人しくしておいてあげる。

でももし次にまた邪魔するようなことをしたら……今度は本当に殺すからね? 私は自分のことを強い人間だと思う。だって今まで一度も負けたことがないのだから。喧嘩では無敗だし、勉強やスポーツでも誰にも負けることはなかった。もちろん恋においてもそうだ。告白された回数は数え切れないほどあるし、その度に相手の男の子を振ってきた。

でも最近になってちょっと不安になることがある。それは私に恋人がいるという噂が流れていることだ。相手はもちろん例の恋人である。しかしそれが誰なのかということはわからないらしく、皆好き勝手なことを話していた。曰く、学校の先生だとか、塾の講師だとか、あるいは警察官だとか。どれもこれも信憑性のない噂ばかりだったけれど、中には少しだけ真実に近いものもあった。たとえば私が年上の男と同棲しているとか、そういう類のものだ。……ああ、うん。ごめんなさい。全部嘘です。私には恋人なんていないし、ましてやその相手が年上なんてこともありえない。私は至って普通の女子高生なのだから。

じゃあ一体誰があんなことを言い出したのか。それはおそらく……私と同じクラスの女の子だろう。彼女はよく教室で一人本を読んでいる。誰かと話しているところを見たことはないし、話かけられてもあまり会話が続かないタイプだ。たぶんクラスの中で浮いている存在なのだと思う。だからといっていじめられているわけではない。むしろ他の子からは慕われている方ではないだろうか。

だけど彼女についての噂はほとんど聞いたことがなかった。たまに聞こえてくる彼女の評判といえば、いつも一人でいることに関するものが多いように思う。授業中に当てられたりすると、ちゃんと答えられないこともあるらしい。あとこれは直接見たわけじゃないけれど、休み時間に彼女が机に向かって何かをしている姿をよく見かける。たぶん読書や書き物でもしているんじゃないかな。だからきっと彼女は内気な性格なんだと思う。でもそれだけならまだよかった。

ある日のこと、いつものように登校して席に着くと、隣の女子生徒に挨拶をされた。おはよう、と言われたので私も同じように返したのだけれど、その子の顔を見るとなぜか見覚えがあった。どこで見かけたかを思い出して、すぐに思い出すことができた。そういえば以前、彼女とすれ違ったことがあったはずだ。その時はあまり気にしなかったけれど、こうして近くで見るとやっぱりどこかで会った気がしてくる。……うーん、なんだっけ? 私はしばらく考えてみたけれど、結局思い出せなかった。まあそのうち思い出すでしょう。それより今はこの子のことよ。せっかく話しかけてくれたんだから、こっちからも質問してみようかな。

「ねえ、あなたってうちの学校の子?」

「えっと……はい」

「ふぅん。何年生なの?」

「一年です……」

「そっか。よろしくね」

そう言って笑顔を浮かべると、彼女は戸惑ったような顔をした。……うーむ。どうも私の笑顔は怖いらしい。初対面の人にはだいたいこんな感じの反応をされるのだ。どうしてだろう。私としては普通にしているつもりなのに。

まあいいか。とりあえず話を戻さないと。

「それで、あなたのことなんだけど……」

「あの、わたしのことはいいので……お話ししてください」

「私とお話がしたいの?でも、私は特に何も話すことないけど……」

「いえ、あの、そのことではなくて……。今朝のことなのですが、大丈夫だったんですか?」

今朝というと、たぶんあれのことだろう。隣の女子生徒が私のことを心配してくれていたというのは意外だったが、別に悪い気はしない。

「ああ、うん。平気だよ。私は全然怒ってないし、それに彼も反省していたからね。だからもう二度とこんな真似はしないと思うわ。安心して」

「……はい。わかりました。ありがとうございます。……あ、それともう一つだけ聞いてもいいですか?」

「どうぞ。何でも答えちゃうわよ」

「どうして彼はあなたにあんなことをしたのでしょうか……。その理由を教えてくれませんか?」

「うーん、理由ねぇ……。それについては私にもわからないのよね。だって私達はまだ付き合い始めたばかりだし……。でも一つだけ確かなことがあるわ。それは彼が私のために命を投げ出す覚悟があるということよ。だから私は彼のことが好きなの。……わかった?これで満足かしら」

「はい。よくわかりました。本当にありがとうございました。失礼します……」

隣にいた女子生徒はぺこりと頭を下げると、そのまま自分の席へと戻っていった。

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【一話完結】恋愛・ラブコメ短編集 シカンタザ(AI使用) @shikantaza

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