第6話漬物城
大樽で運ばれるのは、最悪だった。
レンガのデコボコが、直接に樽底に響くので、中にいる勇一は転がされた。
頭がどっちを向いているのかわからなくなるほど、振り回されたあげく、ようやく停止したかと思うと、勇一は乱暴に外に放りだされた。
グルグル目が回っていた勇一は、しばらく動けなかったが、荒い息を整えてから、ようやく体を起こすことができた。
勇一がいたのは、和風の、城のような、巨大な建物の前で、門前には厳めしい甲冑をつけた門番が立っていた。
「あの……」
勇一は近づいて、恐る恐る門番に声をかけた。
「ようこそ、漬物城へ!」
鼻の下に両側へ跳ね上がるような、細いヒゲをたくわえた門番が、明るい声で答えた。
「え?」
「ようこそ、漬物城へ!」
「すみません、質問を」
「ようこそ、漬物城へ!」
「…………」
NPCかよ? 勇一は肩を落とした。
しかたなく、聞くのをあきらめて、勝手に城の中へ入ってみることにした。
入口を入ったところは、飾り気のない石畳の空間で、四方に大きな扉が見えていた。
どっちへ向かえばいいのか、ここに何があるのか、わからないので、勇一は戸惑いながらゆっくりと歩いた。
彼が部屋の真ん中あたりまで進んだ時、足もとに突然、輝く魔方陣が浮き上がり、体が吸い込まれた。
「うわあ なんだこれ!」
飛ばされた先には、キンキラまぶしく輝く、大きな部屋があって、金屏風の前の
重たそうな兜を被っていて、顔が見えないが、武士にしては、だいぶ、ふくよかな体型だった。
両側には目にも鮮やかな打ち掛け姿の女性が、二十人ほど並んでいて華やかだった。ただ彼女らの顔は、ベッタリとまっ白なおしろいで塗りつぶされていて、赤く描かれている、おちょぼ口だけが異様に目立っていた。
「ここの城主か?」
勇一は飛ばされてへたり込んだまま、甲冑の男を見上げた。
「おお 勇者よ 死んでしまうとは情けない」
男は手に持った扇を開きながら、大げさな口調で言った。
「へ?」
「おお 勇者よ 死んでしまうとは情けない」
「いやいや、死んでないし」
勇一はぼやいてみるが、男が彼の声を聞いているようには見えなかった。
「おお 勇者よ 死んでしまうとは情けない」
「おお 勇者よ 死んでしまうとは情けない」
「おお 勇者よ 死んでしまうとは情けない」
「…… もう、帰りたい」
勇一は
「ウッ!」
そこに立っていたのは、何度も勇一に漬物を売りつけた、あの老婆だった。
相変わらず、怪しい笑みを浮かべながら、
「イヒヒ よう来たな。漬物勇者よ。
「嫌だ、断る」
勇一は叫んだ。
これまでも散々奇妙な目にあってきたのだ、これ以上かき回されたくなかった。
「そう言わず。
「嘘だ! オレは関係ない」
勇一は主張するが、老婆は聞いているようすもない。
「我が国の沢庵漬け地区に、黒カビが大発生した。黒カビを退治して欲しいのだ」
「そんなもの、カビをすくい取って、新しい
勇一が叫ぶが、老婆は首を振った。
「そんなこと、とっくにやってるわ。元凶の黒カビ王を倒さねば、なくならないのだ」
「そんな馬鹿な」
「それじゃ、頼む。黒カビ王は、この城のどこかに潜んでいるはずじゃ」
老婆が笑った。
「いやいや。嫌だって、帰るよ、もう」
勇一は、老婆の視線から逃れるように背を向けた。
「おぬし、手元を見よ」
老婆が後から声をかけた。
勇一がずっと手にもっていたビニール袋である。
手元に視線を移すと、袋から黒いぶよぶよしたものが、わき出していた。
「うわわ 何だこれ」
慌てて袋を放り投げると、ビチャッと黒い汁が跳ねて、グズグズに崩れた沢庵の残骸が飛び散った。
「哀れな。黒カビ王の手下どもの仕業じゃな」
老婆は言って、手を合わせた。沢庵漬けを弔ったのだろうか、黒いブヨブヨは消えて、床が微かにぬれているだけになった。
「それじゃ、頼む。黒カビ王を倒すまで、城から出られぬから、そのつもりで」
老婆はニヤリと笑うと、ピカッとまぶしく光り、目の前から消えてしまった。
勇一は、この奇妙な漬物城から、無事に出られるのか、もとの平和な生活にもどることができるのか…… 彼の冒険は、まだはじまったばかりである。
(終)
凶暴なお漬物 仲津麻子 @kukiha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます