わけもわからず

 五


「俺のせいか」


 遠野さんの溜め息は沈黙よりも重かった。

 勧誘カードを剥がす時、基先生はどんな気持ちだっただろうか。廃棄寸前の勧誘カードを引き取ったのは、俺にも責任の一端があると感じたからだ。先生自身の手で思い出を捨てさせるわけにはいかない。


「遠野さんがはじめ先生に相談しなければ、剥がされることもありませんでした」


 遠野さんは天を仰いだ。そして、


「よし、社会奉仕部に入るか」

 

 と宣言した。


かれましたか」

「社会奉仕部を隠れみのにして、学校同好会を創設する」


 想像以上にゲスいことを考えている。他人ひとの思い出に土足で上がり込むどころか、きょを構えるつもりらしい。

 学校同好会?


「今年部員が入れば、社会奉仕部は廃部をまぬがれる。しかも、一人でもいいという好条件。入らない手はないだろう?」


 同意を求められても。確かに月に一度のボランティア活動にさえ従事すればいいのだから、遠野さんにとっては願ってもない部活だろう。


「朝からずっと考えていたんだ。俺がやりたいこと、その目的について」


 俺の言葉を真剣に受け止めていたとは驚きだ。遠野さんは神妙な面持ちで言う。


「俺は学校が好きなんだ。学生という限られた期間に、この場所でしかできないことをやりたい。だから、新しい部活を立ち上げて、今この瞬間を満喫したいんだ」

「それが学校同好会ですか」


 遠野さんは頷く。


「知らないことに触れて、知らない人と関わりたい。今ある部活じゃ不十分なんだ」

「遠野さんは、周りの人と笑い合うのが好きなんですね」


 遠野さんは目を丸くすると、


「そうだな」


 と笑った。


 六


 翌朝、教室の自席に着くと、眼前に遠野さんが立ちはだかった。『入部届』なる申請書を手にしている。


越渡こえど君、おはよう」

「おはようございます。早速ですか」

「思い立ったが吉日きちじつ、と言うだろう? ところがどっこい、はじめ先生から、一人だけでは部活として認められないって突っぱねられちまった。中途半端な活動はできないっていう先生の意向らしくな。参った参った」


 言葉とは裏腹に全く参っている様子はない。その理由は、俺に話しかけてきた理由につながるのだろう。


「越渡君、一時的でいいから社会奉仕部に入ってもらえないかい? 名前だけでもいい」


 人数合わせか。にらむつもりはなかったけれど、俺が顔を上げると、遠野さんはわずかに身じろぎした。


「そんな中途半端なことをするんですか。第一、俺は部活動に入るつもりなんてありませんよ」


 遠野さんは、がしがしと髪の毛をく。


「そうだな。頼み方が間違っていた」


 遠野さんはその場にしゃがみ込み、俺と視線を合わせた。


「俺はここに学校同好会を新設する。越渡君をその仲間として迎えたい。部活じゃないならOKだろう?」


 屁理屈だ。しかも、非公認の同好会に入るも何もあったものではない。


「俺は社会奉仕部と学校同好会を両立させる。越渡君は学校同好会のメンバーとして、俺と共に未知の世界に飛び込もうじゃないか」


 遠野さんは自信満々に笑う。どうしてそんな表情ができるのだろうか。


「それこそ中途半端でしょう」


 俺は遠野さんの手から入部届を拝借すると、氏名欄に手早く署名し、返却した。遠野さんが目をしばたたかせる。


「俺にも責任の一端はありますから」


 俺が了承すると、遠野さんは年相応の笑顔を見せた。

 学校同好会をつくりたいだけなら、勝手に立ち上げて、仲の良い友人を引き入れればいい。それらしい理由をつけて、空き教室の利用申請を出せば、部活動に似た活動を行えるだろう。

 結局のところ、遠野さんは基先生に後ろ暗い気持ちを抱いたのだろう。あるいは、社会奉仕部の活動にかれたのかもしれない。俺を引き入れたのは、きっと成り行きだろう。道連れとも言うだろうか。

 人付き合いは、広く、浅く、ほどほどに。ここで断れば、遠野さんだけでなく、周囲からの信用が落ちる。それだけ、遠野さんの影響力は絶大なのだ。ここは大人しく従っておこう。

 いや、仮に断ったところで、遠野さんは俺を悪く言わないだろう。これは被害妄想。いや、ただの言い訳だ。

 俺もまた、社会奉仕部にかれていたのだろう。



『社会奉仕部の存続』 了

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社会奉仕部の存続 万倉シュウ @wood_and_makura

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