第7話貴族戦争の幕開け
奇襲を受けた際の最も有効な手立てはその場に留まるということである。その場に留まり守りに徹しておけば奇襲の効力は徐々に失せていく。奇襲の効力を殺ぐことが重要である。
「賊が出たのか?今年の領内都護の役回りの家はどこよ!」
兄上はそう吠えた。
「第七十二不止家と第六不止家ですが、不止家も今大いに荒れていますからね、そんな役回りに力と時間を割く余裕のある家なんてどこを探してもありませんな。」
第八不止家内でも父子同士の間柄が修復不可能なものになっているように同じ不止家同士でも修復不可能なほどに冷め切った関係の分家は多く、「家同士の私闘の禁止」という家法さえなければ即衝突というような程である。
「まあいい!さっさ行くぞ!」
そう言うがはやいか兄上は声のした方へ走り出した。自分、写師浮史守敬政(うつらしのうきしのかみあきまさ)も続けて走り出した。
「ええ!女だったんですか?」
「ああ、仁妻(にいづま)の奴が変に気を張ってたときに姿を現したせいで仁妻が反射的に叫んでしまったらしい。」
鹿目親かめちかさまが笑いながらそうおっしゃられたがなにか様子がおかしい。自分たちと話している間にも時折視線を賊と間違えられた女の方に何度も視線を移された。事実、鹿目親は少し女に興味を持っていた。「この女を用いてみたい」ということである。
「おい、お主の姓と名を聞きたい。」
鹿目親さまがあごに手をつけながら女に聞かれた。鹿目親さまのサバサバした性格的に解放して終わりかと思っていたが意外にも鹿目親さまが女に関心を向けられたので少し驚いた。
「行里ゆり。」
鹿目親さまの問いに女は小さいながらもきっぱりとした声でそう答えた。
「下級民か・・。」
無節操な兄上は口にポロリと出したが姓を持たず、名だけ持つ人間は下級民と呼ばれる社会の中でも最下層の人々だけなのですぐに分かった。
「そうか・・。」
そこから鹿目親さまが何か言おうとした次の瞬間、ピュウーン、という音とともに矢が屋敷の外から飛んできて鹿目親さまの足元に刺さった。この誰が放ったとも分からないような矢が貴族戦争の火蓋を切ったものだとはこの時自分を含めて誰も思わなかったであろう。
長きに渡る貴族戦争の幕開けである。
不止家盛統記~ある地方貴族と守り役の御話~ @yamada0310
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