Epilogue

 モルガナさんを不本意ながらLAGOONに返却してから、一週間が過ぎた。


 俺は以前のように空っぽにはならなかったが、その代わり完全に自暴自棄になっていた。


 少しのことでイライラしてはいらぬトラブルを引き起こしたり――ある時など、この辺では名のしれたヤバいヤツに喧嘩を売ってしまい、尚人のフォローがなければ血を見る大惨事になっていたかもしれない。


「すべてクソだ!!この世界リアルも、仮想世界ラグナリアも!!」


 今の俺にはリアルだけでなく、ラグナリアですら色褪せて見えた。


 何もかもどうでもいい。


 気がついたら原付を飛ばして海に来ていた。砂浜に原付を乗り付け、適当なところに座る。


 そうしてしばらくぼーっと水の動いていく様を見ていた。


 頭が空っぽになっていく感覚をなんとなく好ましく思っていたその時。


「よっ!」


 一人の女が突然声をかけてきた。


 そいつが誰かなど考えるまでもないが、思い出すのも億劫である。


「最近荒れてるらしいね、だいじょぶ?」


 奏子のノーテンキな声が降ってくる。


「……ほっといてくれないか」


 投げやりな返事を返すと、


「もー、奏子サマがいないとダメですねえジョージ君は!!」


「はあ?」


 言外に滲ませた、何言ってるんだお前?という空気をものともせず、奏子は続ける。


「はいこれ、お届け物。後、伝言。『そろそろ目を覚ませ』ってさ」


 そう言うと俺の手に何かを握らせ、


「あたしも、いるよ?」


 そう言って去っていった。


 握らされた手を開くと、そこにはデータ保存用のマイクロチップが一つ。


 早速携帯端末でデータの再生を試みる。データの形式からしてどうやら3D動画ホログラムのようだ。


 再生ボタンをタップすると。


 ――「あー、あー、聞こえますか?」


 !!!!


 そこには、モルガナさん最愛の人が映っていた。


 ――「Georgeさん、私のわがままに付き合ってくれてありがとうございました」


 ――「海、とても壮大で、美しくて……言葉を失いました。現実世界には凄い景色があるのですね!!」


 ――「あなたが好きだと言っていた、海。どうしても二人で見に行きたかったんです」


 無意識に頬を伝うしずくを拭いもせず、静かに続きを聞く。


 ――「あなたと過ごしたラグナリアも、とても素敵なところだけれど。現実世界はもっと素晴らしかったです!」


 ――「……だから、忘れないで」


 ――「私はもうすぐあなたのことを忘れてしまうでしょう。だから、あなたも私のことは忘れてくれても構いません。だけど……」


 ――「一緒に見たラグナリアの夜空や、現実世界の海。その美しさを、覚えていてください!少しの間、それらが悲しみの色に染まってしまうかもしれないけれど……どれだけ世界が素晴らしいかを忘れないで」


 ――「あなたはきっとこれからもっとたくさん素敵な恋をして、誰かと結ばれて……そんな人生を歩んで行くのかもしれない。そしてもし幸せになったら、その時は……」


 ――「少しだけ、私のこと思い出して……微笑んでくれたら、嬉しいです」


 ――「だから、それまで。お別れです。大好きなGeorgeさんが落ち込んでたら、私も悲しいから。笑顔でいてね?」


 ――「たとえ私が作り物だとしても、人の真似事かもしれなくても……愛しています」


 ――ジジッ、プツッ。


 そこで動画は終わった。


 色んな感情でぐちゃぐちゃになりながら視線を上げると、どこまでも青い海の水面みなもが、傾きかけた陽の光を浴びて輝いている。


 それまで意味をなさなくなっていた色彩が、ゆっくりとその鮮やかさを取り戻していく、ような気がした。


 所詮作り物のラグナリアも、理不尽な現実世界もクソだ、が……。モルガナさんと共に過ごし、共に見ていた景色はやっぱり、捨てたもんじゃない、かもしれない。


 ほんの少し上向いた心に、モルガナさんのリセットという事実は容赦なく吹き付けるけれど。


 それでも、なんとか上を向いて、歯を食いしばって生きていけそうな気がした。


 ――忘れないよ!!


 何があっても。そう心に誓い、歩きだした。


 未来あすへと続く階段を、一段一段、踏みしめて――




 ☆★☆★☆★


 それから数年が経ち。


 大学を無事卒業した俺たちは、それぞれの道を進んでいた。


 尚人は俺とモルガナさんの件がよっぽど納得行かなかったらしく、LAGOONを退職した倉木と共に起業し、AIに人権を求める運動を始めた。


 俺はといえば、彼らが興した会社で人格を持つAIの研究をしている。


「よっ!」


 仕事の合間に外のベンチで休憩していると、聞き慣れた声が降ってくる。


「おう、どうした?」


「そろそろ好きになってきたんじゃない? あたしのこと?」


「ふふふ」


「ちょっとー、なんで笑うのよ!! こっちは真面目にいってんのー!!」


「あはは、わりい悪い」


「もー!! で、どうなの??」


 時々奏子がちょっかいをだしてくるのは変わらず、適当にはぐらかしているが、どんな結論であれ、そろそろちゃんと向き合うべきなのかもしれない。


 いずれにせよ、今の俺がこうして笑っていられるのは、間違いなくモルガナさんがこの世に存在してくれていたお陰だ。


 ――忘れたり、しないよ!!!


 そっと微笑むと、いつもの業務に戻るため、研究室へと足を向けた。


 俺の人生の一時の嵐と、心に吹きつづける心地よいそよ風モルガナの記憶――


              〜完〜

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In the sea of data~蒼きDEAIに焦がれて~ かなた @kanata-fanks

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