第18話 コア
翌日ダンは再びストラトヴィダッチェの元を訪れた。ロッタの件で礼を言うためだ。
「やあストラ」
「またお前さんか……。こんどはなんのようじゃ?」
相変わらず愛想がない。
「いや、礼を言おうと思ってね。君のおかげでまるく収まったよ」
「そうじゃろうな。我はすっごく頭がいいからな」
その発言は頭悪そうだけど……。ダンは思った。
「いやー親方の件も片付いたし、ロッタのおじいさんも助けられたし、君も問題なく世間に受け入れられたし……。これにて一件落着といったところかな?」
ダンは芝居がかった口調で告げた。
「何が言いたい……?」
ストラトヴィダッチェもそれを察して、怪訝な顔をした。
「君の真の目的が知りたい……」
「だからいったじゃろう……!我の目的は……」
言いかけたストラの口をダンの指が制止する。
「そうじゃない……。本当の目的があるはずだ。君はまだ僕にかくしごとをしている……」
「なにを根拠に……」
ダンの突拍子もない尋問に、ストラは困惑した。
「はっはっは」
不敵な笑いとともに、ダンが取り出したのは遺物≪判別機≫だった。
「な……!?それは!?」
「ストラ……。君は僕にかくしごとをしているね……?」
「くっ……」
≪判別機≫はまだなにも反応を示さない。
「イエスかノーで答えて。ホラ!はやく!」
ダンが腰から小型ナイフを取り出し、空中で振り回す。
「の……ノーだ……」
その気になれば透明になって逃げることもできたであろうに……観念したのか、ストラは素直に答えた。
だが……。
――赤。
≪判別機≫は赤を示していた。つまりストラの答えは虚偽だ。
「話してくれるね……?」
ダンが詰め寄るとストラは額に汗を浮かべ、逃げるそぶりをみせた。
「……!?」
そこでストラはあることに気づいた。透明化することができないのだ。
「逃げられないよ!」
ダンは≪判別機≫を持ったのとは逆の手でもうひとつ遺物を取り出した。
それは特級遺物≪尋問者≫だった。
「尋問用遺物≪尋問者≫は、対象者をその場につなぎ止め、魔力を無効化し、尋問に応じさせる」
ストラは完全にあきらめた表情になって嘆息した。
「ずいぶん準備がいいじゃないか……。どこでそんな代物手に入れたんじゃ?」
「ロッタと遺物を砕いたときさ……。竜の為に用意した数々の高級遺物の山から、くすねておいたのさ」
「くそ……」
こうなったらもうダンの優勢は変わらない。ストラはおとなしく話し始めた。
「我の目的を問うたな……?我の目的……、いや……コアの目的は……」
それからしばらくもったいぶって、続けた。
「この地表すべてをコアの勢力圏で満たすことだ」
「なんだって!?」
コアそれぞれに目的があるものと思っていたが、コアは全体で一つの目的を持っていたのか……。ダンは驚きのあまり腰を抜かしそうだった。そこから想像されるさまざまなことが、ダンを惑わせ、頭を混乱させる。なにかそこの深い暗闇に、沈んでいくような感覚を覚えた。
だがストラトヴィダッチェの講義は続く。
次に発せられる驚愕の真実が、ダンをさらに絶望へと突き落とす。
「人間はコアから生まれた」
「え?」
ダンの思考がストップする。
「それは、比喩ではなく?」
「そうだ」
「あの、ダンジョンのコアから生まれたっていうのか??」
「いや、お前たちのよくしるあのダンジョンにあるコアではない。それらを統べるマスターコアから生まれたのだ」
「マスターコア?」
博識なダンですらそんな話聞いたこともなかった。ダンはいま自分が歴史的に重要な真実を最初に知らされている人類だという自覚があった。そしてその重圧に耐えかねていた。これから自分は何を聞かされるんだ?それは例えるなら現代人の住む都市に未開の部族を連れてきたときの困惑に近い。そしてそれは意識のあるまま宇宙人にキャトルミューティレーションされた人間の感覚に等しい。
「そのマスターコアってのはどこにあるんだ?」
ストラトヴィダッチェはその小さな指で地面を指さした。
「地面?」
「地球だよ。ち、きゅ、う」
「ま……まさか、この惑星そのものがマスターコアだとでもいうのか???」
「そうだ」
そんな……母なる地球がコアだと??とするならば……そこに息づく我々はどうなる?人類とはいったいなんなのだ……?ダンの中でさまざまな思考が錯綜する。
「お察しの通り、お前たち人間も、本質的には我々魔物と変わらない。すべてはコアの生成物なのだ。それがマスターコアかそこから派生したダンジョンコアかという違いだけだ。だから我々は共生する必要があるのだ……」
ダンはその事実をどう受け止めていいのか分からなかった。
「君はどうして……そんなことを知っているんだ?一介のダンジョンマスターでしかないはずの君が……」
「マスターコアにもダンジョンマスターがいるとは思わないか?」
「ま、まさか……?」
「そう、我――ストラトヴィダッチェこそがマスターコアが作り出した生命の中で最もエネルギーの多い生物。つまりマスターオブダンジョンマスターなのだよ」
「ちょっとまって……?君は僕が閉め忘れたダンジョンから出てきたダンジョンマスターだといっていたよね?だとしたらあそこのダンジョンマスターは誰になるんだ?」
「それについてはちょっとした嘘をついたのさ……我の能力をもってすれば簡単なことだ。我は他の存在も透明化することができる。それで十分な説明になっただろうか?」
「人類がダンジョンの生成物だとするなら……死んだ人間は……」
そこまで言っててダンは自分で気がついた。
「そうか……地に還るとは文字通り、地球というコアにエネルギーを返還しているだけなのか……」
「そうだ」
「でも生まれる人間はどうなる?」
「それもダンジョン内の他のモンスターたちが繁殖可能なことで説明がつくだろう。胎内にコアから必要に応じてエネルギーが供給されてるのだ……」
「そんな……」
ストラトヴィダッチェの話を聞けば聞くほど、ダンの中で話の信ぴょう性が増していった。
「じゃあ君はそれをふまえたうえで、どうするつもりなんだ?なにが目的なんだ?」
「地表をコアが満たせば、次はマスターコアによってさらなる拡張が目指されるだろう。月にコアができ、しだいに夜空全体にコアが満ちれば、いずれ宇宙全域に至る。そうなれば征服完了だ」
「コアってのはなんなんだ……」
「コアの真の正体とは……」
ストラトヴィダッチェの口からさらなる信じられない言葉が発せられた。単語レベルではダンに理解不可能な言葉も含まれていたが、なぜか全体としては理解できる。
「別宇宙からの侵略者。それがマスターコアだ。この宇宙を支配する生命体に気がつかれないように、侵略をしている。そのための駒がきみたち人間だ。もちろん我々魔物もその一種だ。これからどうなっていくか、それはマスターコアのみが知る」
「でも、マスターコアを操ってる者がいるんじゃないのか?コアは通常意思をもたないはずだ。その別宇宙とやらの住人がコアを操っているんじゃないか?」
「いやそれはちがう。別宇宙の生命というのは我々の常識に当てはめて存在を確認できるようなものではないのだよ……。それこそ想像もつかないような……。もし彼らがコンタクトをとってきても、我々にはそれとはわからないだろう。例えばアリやハエが我々のことを正しく理解していると思うだろうか?文字通り、次元が違うのだよ」
ダンにはなにがなにやらさっぱりだった。
「それとはわからない……?もしかして僕たちにわからないだけで、彼らはこの宇宙に、地球にきているのか???」
ダンの推測は正しかった。ストラトヴィダッチェが感心して頷く。
「そうだ」
「まさか君?」
「いやちがう」
「ならなんだ……?」
「ネズミだ」
「ネズミ……?」
なるほど、それはわかるわけがない……。
「我々には薄汚いネズミに見えるが、あれは別宇宙の高度な生命体なのだよ、実は。なにを隠そう彼らがマスターコアを作ったのだ。この宇宙を征服するためにね」
そこまで聞いて、ダンは自分がこいつにからかわれているのではないかと思った。わざとらしく笑いかけてみるが、ストラトヴィダッチェは真剣な顔を崩さない。どうやら本当のようだ。
「ま、まあ面白いおとぎ話を聞かせてもらったよ……今日は。なんだかわけのわからない話をたくさん聞いたせいで頭が痛いよ。今日は帰らせてもらう」
「まあ信じるかどうかはお前次第だがね……。我に話せることは以上だ」
ダンはまぼろしに包まれた気分でその場を後にした。
◆
その後何億何兆もの年月を経て、ネズミたちが宇宙を征服することはいまはまだ誰も知らない。それはまた別のお話だ。
――完。
戦うダンジョン屋さん 月ノみんと @MintoTsukino
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