最終話 俺と山崎



 次の週末、増山の誕生日パーティに招かれた。増山はひどく不満そうに「陽菜がお前も呼べって」と俺を誘ったからだ。

 本当は二人っきりが良かったけど、せっかくだから写真を撮ってもらって、三人でパーティしよう、と陽菜に言われたらしい。

 増山は本当に陽菜に弱い。


 駅に迎えに来てくれた二人に案内されて、初めて陽菜に会ったあの喫茶店のすぐそばに家があると知った。なんでもあの日は家に走って陽菜になって俺の元まで戻ってきて、また増山になってから戻ってきたらしい。大変だったろうなあ。


 家の人も陽菜のことを知っているのかと思ったが、陽菜の存在を知っているのは俺と増山だけらしい。今日は増山のお父さんは仕事だそうだ。


「お母さんは?」

「――小さい頃に、亡くなったんだって」

「ごめん」

「別にいいよ、って」


 ということは俺と、陽菜と、増山の三人だけか。陽菜がいて良かった。二人っきりだと緊張してしまう。


 ……でも、陽菜は今日、消えてしまうんだろうか。




「朝陽くんおめでとう」


「増山、おめでとう」



 ご馳走は陽菜が作ると聞いていたので、ケーキを買っていくことを約束していた。

 陽菜が作ったご馳走は、おそらく増山の好物ばかりなのだろう。からあげに、オムライスに、ローストビーフのサラダとコーンスープ。どれもとても美味しかった。


 俺が用意したのは小さなホールケーキ。二、三人で食べきれるかなという大きさのショートケーキだ。


 ご馳走と一緒に沢山陽菜の写真を撮ってやる。

 これが最後かもしれない。そう思ったから、いつもよりずっと。


「山崎くん、私コーラが飲みたいな」

「へ」

「お願い、買ってきてもらっていい?」


 そう言われて、気がつく。

 最後に、増山と二人になって、それから消えるつもりなのだろうか?


「……わかった」

「ありがとう」

「じゃあな、陽菜」

「ばいばい、山崎くん。よろしくね」


 これが陽菜と最後の会話だった。


 コーラを手に戻ってきた俺が見たものは、ワンピースを着たまま泣いている増山の姿だった。





  ※※※



 ――ね、わかって?


 ――私はずっと貴方の理想のままで消えたいの


 ――ずっと一緒にはいられないって、気づいてたでしょ?



 嫌だ、嫌だ、嫌だ。



 ――貴方は私。私は貴方。私は消えてもずっと貴方のそばにいるよ


 ――貴方は私。だからわかるよ。この恋は本当は歪なニセモノ


 ――それでも、私にとっては本物だった



 俺にとっても本物だったよ。



 ――でも、貴方はこれから本物の恋を知るの


 ――その相手は私じゃない


 ――わかってたよ。あの人に惹かれてるって。だってあんな目で見られちゃ、ね。最初に断れなくて私に会わせたときからずっと



 違う、違うんだ。


 俺には陽菜がいないと、駄目なんだ。



 ――さようなら、朝陽くん。大好きだったよ。幸せになってね



 陽菜は最後に微笑むと、俺の中から消えてしまった。

 俺は陽菜の姿をしているのに、もう、陽菜はいなかった。





「増山、陽菜ちゃんは……」

「消えた……もう、いない」

「そうか」


 山崎は俺の姿を見ただけでそこに陽菜がいないと気づいたらしい。


「陽菜は、この恋がニセモノだって言うんだ」


 涙が後から後からこぼれ落ちる。

 山崎はただ黙って聞いて、俺の頭を撫でてくれていた。


「本物の恋をしなさいって……言うんだ」


 俺は陽菜のことを忘れられるだろうか。嫌だ、忘れてしまいたくなんてない。ずっとずっと陽菜だけを好きで居続けたい。


「ニセモノとか本物とか、どうでもいいよ。お前は陽菜ちゃんのことを忘れなくていい。俺もずっと覚えてる」


 どうしてだろう。

 山崎が陽菜のことを覚えてくれているなら大丈夫な気がした。



「俺は、増山のことを諦めない。だから増山も陽菜ちゃんのことを諦めなくていい」


 山崎が真っ直ぐこちらを見てくる。俺の苦手な目だ。




「だから、また陽菜ちゃんに会えるまで、俺と一緒にいてくれないか?」





 ――たぶん私がいたって朝陽くんは落ちちゃうと思うなあ



 聞こえないはずの陽菜の声が聞こえた気がした。




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鏡の中の彼女にサヨナラ 多崎リクト @r_tazaki

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