第3話 俺と陽菜と山崎


「増山」


 あれから、山崎に学校でもちょくちょく話しかけられるようになった。陽菜が無理に諦めなくてもいいなんて言ったからだろうか。

 あれ以来好きなんて言われたりはしないが、少し身構えてしまう。

 それでも、山崎と話すのは、わりと楽しかった。

 山崎が俺を好きとか、そんなことなくて、普通の友人になれたらきっと楽しいんだろうな。


「増山、何してるの?」

「陽菜のプレゼント考えてて。このワンピースとかどうかな」

「ああ、確かに似合いそうだな」


 でも少し高いしバイトとかした方がいいのかなあと考える。でもそうすると会える時間が減ってしまう。でもプレゼントはそろそろ自分の稼いだ金で用意したい気持ちもある。


「増山って彼女といつから付き合ってるの?」

「中二」

「告白はどっちから?」

「俺」

「俺さ、彼女の写真撮ってあげようか。ツーショットは無理だけど、やっぱ自撮りだけじゃなくて第三者が撮った写真も欲しくない?」

「……欲しい」


 あれ、もしかしてバレてる?






「うん、だって俺増山のこと好きなわけだし。いくらメイクしてても同じ顔だってわかるよ」

「だったら教えてくれても良かったじゃない。朝陽くん凹んでるよ」

「ごめんごめん」


 先日の俺と陽菜の苦労は何だったのか。

 だがそれよりも不思議なのは山崎の話し方だ。俺と陽菜を別人として扱ってくれているのだ。


「こういうのも一種の二重人格なのかな? 俺、陽菜ちゃんのことは可愛いと思うけど恋愛対象じゃないなあ」

「山崎くんって結構失礼だよね」

「だって俺増山のことが好きだし。同じ入れ物でも陽菜ちゃんは別人でしょ」

「まあ、わかってもらえて嬉しいけど。あ、朝陽くんが写真撮ってって」

「わかった」


 俺は陽菜がいる時は声を出さないことにしているので、陽菜の方から山崎に伝えてもらった。だって陽菜の写真が撮れるチャンスなのに山崎は全然写真を撮らないのだ。このままでは陽菜の可愛い写真を撮り逃してしまう。


「俺は増山の写真も欲しいなあ」

「あ、私もほしー」

「だよねー」

「朝陽くんはやだって」

「ちぇー」


 こうして三人で話すのも悪くないかもしれない。陽菜は他に友達もいないし、俺も意外と楽しいし。

 でも、山崎はそれでいいんだろうか。


「こうして増山のデートにまぜてもらえて、楽しいよ。でもそんなに気にするなら増山のことも撮っていい?」

「だから駄目、だってー」

「駄目かー」




  ※※※



 俺、山崎颯真には好きな人がいる。

 中三の時に好きになった人、増山朝陽。

 あまり話したことはない、クラスメイト。でも中三の俺は、彼の幸せそうに笑った顔に、恋に落ちた。


 ――うん、大好きなんだ


 そう言って、幸せそうに自分の彼女のことを語る増山に。



 恋に落ちたのと失恋と、どっちが先なんだかわかりゃしない。

 そもそも好きになんてならなければ良かったのに、恋ってものは不思議なもので、どうしても諦められなかった。

 それから一年が過ぎて。偶然同じ高校で、また同じクラスになって。目はいつも増山を追っていた。


 諦めたくて、諦められなくて、諦めたくなくて。


 増山の彼女に会えば諦められるんじゃないかって思ってた。増山があんなに大好きな人。それを前にした増山を見たら、いくらなんでも俺には叶わない恋だと諦められるんじゃないかって。


 それなのに、今は、奇妙な三角関係が出来上がってしまった。

 三角関係っていうか、カップルの片方を俺が好きなだけなんだけど。


「そういえば身体測定あったんでしょ。朝陽くん、背、伸びた?」


 陽菜が問いかける。目の前にいるのは俺だけだが、問いかける相手は俺ではない。増山だ。

 陽菜は、増山の彼女で、だけど増山だ。何を言っているかわからないと思うが、それが事実なのだから仕方がない。

 彼女は増山のもう一つの姿。黒いサラサラのロングヘアー。今日は紺色のワンピースに白いレースのカーディガンがよく似合っていて可愛い。たまにワンピース以外のものも着るが、ワンピースがお気に入りだそうだ。


 増山は、この姿にならないと彼女と話せないそうだ。こういうのも一種の二重人格なんだろうか。それか増山のかけた暗示?

 でも。俺は陽菜という人は存在していると思う。何せ俺の手強いライバルである。


「あれ、教えてくれないんだ。じゃあ山崎くん知ってる?」


 本当は増山と陽菜の世界は二人だけで完結している。だから、声に出さなくても、頭の中だけで会話ができる。それなのにこうして言葉にしてくれるのはここに俺がいるからだろう。

 陽菜がいる時は決して増山は話さないから。


「たしか二センチ伸びてたよな」

「そうなんだ。よかったね!」


 もし俺たちの会話を聞く人間がいたら首を傾げるだろう。一人ぶんの声が足りないのだから。

 まあそんなことは気にならないけど。


「あれ、朝陽くん拗ねちゃった。なんで教えるんだって、山崎くんに言ってる」


 二センチしか伸びなかったから悔しかったのだろうか。しかもそれを彼女にバラされて。

 

「悪かった」

「……朝陽くん、拗ねて引っ込んじゃった」


 おや、結構怒ってる。どうやって機嫌を直せばいいか。


「ねえ、山崎くんに話したいことがあるの」

「何だ」

「山崎くんはまだ、朝陽くんのこと好き? あ、朝陽くんは聞いてないから何を言ってもいいよ」


 陽菜は俺が増山を諦めたとでも思っているのだろうか。


「好きだよ。たぶん、ずっと諦められない。陽菜ちゃんには敵わないってわかってるけど」

「ありがとう、朝陽くんのこと好きでいてくれて――山崎くんに、お願いがあるの」


 陽菜は真っ直ぐに俺を見てきた。睨み付けるみたいに、真っ直ぐ、強い力で。


「私たちもう、高校生でしょ。朝陽くんも背が伸びた。私には隠したかったみたいだけど、わかるよ。同じ体だもん。まだこうしていても不自然じゃないけど、たぶんそのうち無理が出てくる。どうしたって朝陽くんの理想の私にはなれなくなる。だからね、私はそうなる前に消えようと思うの」


「……陽菜ちゃん?」


「私は朝陽くんの理想の女の子。いつまでも白いワンピースが似合う可愛い女の子じゃないといけない。中途半端な姿を大好きな彼に見せるわけにはいかない」


 気がつかなかった。だって陽菜はいつも可愛い女の子で。増山は増山で。増山の成長が陽菜に影響してしまうなんて。二人は同じ体を共有しているのに、気がつかなかった。


「でもまだお別れしたくない……もう少しだけ一緒にいたい。来週の朝陽くんの誕生日は一緒に過ごしたいの。でも、そこで消えようと思う。それでね、私が消えたら――山崎くんに、朝陽くんのことお願いしたい」


 陽菜が俺に諦めなくてもいい、変わらなくてもいいと言ってくれた理由がわかった。

 増山が、陽菜の写真を欲しがる理由も。


「私、山崎くんになら、朝陽くんを任せてもいいって思ってるんだから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る