第15話 旅立ち

(また会えるのに。わかってるのに)


 なんだろう、これは。どうにも処理しきれない感情だった。


「光国。大丈夫ですか」

 友人の声に、現実が戻ってきた。彼の方を見ると、

「大丈夫だよ。だって、これはお別れじゃないんだから。また会おうって約束したんだ」

「はい。そうですよね」

 それが叶うと思っていないような口調だった。少なくともそんな風に聞こえた。


「この先どうなるのか私にもわかりません。でも、光国。気持ちを伝えられて良かったですね。本当に良かったと思ってます」

 美しい微笑。


「そうだよな。だけどさ、どうしてオレは自分の気持ちをあんなに言っちゃったんだろう。ある意味、すごいな、オレ」

「そうですね。すごいと思いますよ」


「オレ、待つんだ。あの小学生が大人女子になるまで。オレね、あの子だってわかったんだ。何をわかったんだって言われると説明に困るけど。でも、わかった。だから、あの子を待つんだ。で、いつかは迎えに行く。オレ、おかしいってわかってる。でも、しょうがない。これはどうにも出来ないや」


「今の光国、すごくかっこいいですよ。ステージに立ってる光国よりかっこいいです」

「えー。それ、褒めてないよな。ツヨシくんがそういうこと言うかな」

「言います」

 そう言って、ツヨシが笑った。笑ってくれて良かった。少し救われた気分だ。


「あ、そういえば」

 ふいに思い出した。

「オレ、ミコにタルトの感想を聞いてない。忘れてた。オレ、あのタルトが大好きなのに。いい思い出があるから、余計に好きで。なのに、おいしかったかどうか、訊くの忘れた。あーあ」

 溜息をついたが、すぐに、まあいいか、と思った。一生ここに来られないわけではない。また一緒に食べればいい。その時に食べてくれるなら、きっとおいしいと思ったということだ。


 その日はいつだろう。次にミコに会えるのは。何もわからない。東京でどうなるか、考えたら不安にもなる。が、今は前を見て歩こうと思った。振り返ってばかりいたら、何もつかめない。


「ツヨシ。一緒に頑張ろう。東京に行って、有名なバンドになろう」

「もちろんです」

 ツヨシの言葉が光国の心を強くしてくれた。


「オレ、決めた。成功するまで、もうイチゴのタルトは食べない」

 光国の言葉に目を見開いたツヨシが、微笑んだ。

「オレが食べようとしたら、注意してくれ。これは、願掛けみたいなものだから。オレは誓ったぞ」

「はい。わかりました」


 その時、新たな客がやってきて、ツヨシはそちらの対応に行ってしまった。それを汐に、光国は帰ることにした。会計をしてもらう時、美代子は鼻をすすっていた。目も少し赤いようだ。


「光国。また来てよ。私はずっとここであなたたちを応援し続けるから。ここに帰って来てよ」

「ああ。わかってるさ。ミッコ、ありがとう。マスターも」

 マスターが頷いた。彼は、いつだって笑顔だ。

「勝っても負けても構わない。いつか絶対にここに来るんだぞ。もちろん、四人で」

「はい。四人で」

「よし。じゃあ、行ってこい」

 肩を軽く叩いた。マスターに頷くと光国は手を振ってドアを開けた。もう一度二人を振り返って見てから、外に出た。


 『飯田さん』との思い出の場所。バンドを始めてからは、しょっちゅう通った場所。いろんなことがあっても、今はいいことしか思い出せない。店に向かって一礼してから、その場を離れた。


 数日後、この町を去った。四人で始める旅。不安よりも、今はわくわくする気持ちが勝っている。

 きっとつらい思いもするだろう。でも、負けない。あの可愛い恋人を迎えに行く為に。イチゴのタルトを食べる為に。


 光国は今、輝ける未来を目指して出発したのだった。          (完)

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イチゴのタルト ヤン @382wt7434

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