初恋の味

蝶 季那琥

初恋の味

「お兄様!」

 やっと五歳になった妹のイザベルが私に気づいて、嬉しそうに駆け寄ってくる。

 十二も年が離れた彼女は、天真爛漫で本当に可愛い。我が家の天使だ。

「質問しても良い…?」

 わからない事は、何でも聞いてくれるは、身内だからとの贔屓目なしに聡い子だ。

「初恋の味ってどんなお味がするの?」

 聡いからこその、斜め上の内容に時間が止まった。

「え、えーと…」

 初めての口付けはレモン味、などというのは比喩だが、初恋とは味がするものなのだろうか?ベルの意図が掴めない。

「クリスお姉様はね、赤ワインのお味って仰ってたの!」

「クリスはまだお酒を飲んではダメな年齢だけど…」

 クリスこと、クリスティーナは一歳下のもう一人の妹で、幼なじみで二歳年上の婚約者がいる。仲睦まじいのは知っていたが、なんと言うか知りたくなかった事実だ。

「お父様は毎日お母様に恋心を抱くからブランデーらしいの」

「大人の余裕…なのかな?」

 苦笑しつつも相槌を打つ。

「お母様はね…」

 ここに来て言葉を切られると、少し不安が過ぎる。

「熟したバナナ!」

「バ、ナナ?バナナ…うーん、デロデロに甘いのかな…?」

 バナナが苦手な私は、味すらも想像したくなくて、顔を引き攣らせつつ話を進めようとした。

「口に入った時の熱量?と苦味?が」

「うん、分かったから母様の話は終わりにしようね?!」

 予期せぬ方向に、五歳児が口にするのはそぐわない内容だと悟り、強制終了させる。

「ねぇ、お兄様の初恋の味は?を欲しいままにしてるお兄様なら知らないはずないでしょう?」

 過去の失恋の栄光キズを可愛らしい笑顔で抉られる展開を誰が想像しただろう。

「私は…チョコレート、かな」

 質問内容が分からないながらも、なんとか答えを絞り出す。

「まぁ!お父様達より分かりやすいわ!」

 チョコレートの味を想像したのか、幸せそうに頬を緩める。

「私は初恋をしたことが無いから、どんなお味がするのか気になったの」

 少し照れながらの言葉に、可愛らしい妹に、

「ベルの初恋は大好きなストロベリーだといいね」

 好物を言えば大きく頷く。

「ストロベリーは甘酸っぱくて美味しいから、ストロベリーにするわ!」

 恋も知らない妹に、無難な答えに誘導して安堵する。

「ベル、私達の初恋の味はキミだけの秘密だよ」

 聞いた人によって、何を意味するか分かってしまう為釘を刺せば、

「はぁい、お兄様」

 可愛く返事をするベル。

「初恋の味は人には言えないものだよ」

 人差し指を口元に当て、ウインクをする父様。

「人には言えないもの…何だかワクワクするわ」

 意味を理解してるのかいないのか分かり兼ねる反応に、

「人には言えない、秘めた恋もいいかもしれないね」

 私の肩に手を置いて、クスリと笑う。

「…私は至って普通の恋しかしておりません」

「チョコレートは甘くも苦くも出来るだろう?」

 最初から聞いていたらしく、こうなる事を予想出来た為に釘を刺したが時すでに遅し、とはこのことか。

「いつも甘みのない、ビターにすらならない、ゴリッゴリのブラックです。苦味が強すぎてブラックが苦手になりそうです」

 不満を隠さずに答えれば、父様は笑う。

「素敵な恋が出来るはずだよ。スタークは私の自慢の息子だからね」

 優しく頭を撫でられくすぐったくて、それに気付かれたくなくて、わざと肩を竦める。

「…頑張ります」

 父様達のように、相思相愛の夫婦に憧れがある私としては、初恋の味や初めての口付けの味よりも、切実に、素敵な恋がしたい。

 そう遠くない未来に、私も素敵な恋をするはず。そう思わずには居られない。

「人の不幸は蜜の味って言うけど、蜂蜜のことかしら?」

「人によって感じ方は違うから、何とも言えないかな」

 私が思いに耽っている間に、会話がおかしな方向に進む。

 このまま放っておけば、流れ弾に被弾しかねない。私はどうやって話題を逸らすか考えを巡らせ口を開くのだった。



 おわり

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