第21話 狙う理由
「あら、魔女がこんな平和な世にいるなんて、汚らわしいわね」
「……誰、この人」
朝、マナのマンションの前で姫とマナが対峙する。
ただ、マナはあまりエレーナ姫と面識がない。
だから首をかしげて困り果てていた。
「あら、アルトリアの奇跡と呼ばれたこのエレーナを知らないなんて、魔女は無知でもあるのかしら」
「ああ、お姫様か。で、朝から私を呼び出して何の用事かしら」
「決まってるわ。あなた、レイ様から手を引きなさい」
エレーナ姫は、いうまでもないが昔から俺のことが好きである。
何度も求婚され、俺は何度もそれを断った。
それが処刑された本当の原因だとすら思っているのだけど、しかし後追い自殺をするほど俺を愛してくれている彼女にはどうも自分と似たところを感じて憎めないというか。
しかし手を引けとは直球だな。
「何の話? 私、こいつに手を出してなんかないんだけど」
「こ、こいつですって? レイ様をこいつ呼ばわりなんて、ああ汚らわしい」
「ちょっとー、なんなのよこいつ。あんた、どうにかしなさいよ」
「すまんマナ……でも、どうしても会わせろって聞かなくて」
なんか修羅場に巻き込まれた間男みたいだった。
「魔女、あなたレイ様に馴れ馴れしいわよ」
「あーもううるさいお姫様ね。で、なんなの? 私がこいつから手を引いたらいいって、そういう話?」
「さっきからそう言ってるでしょう。お前は魔の者、そしてレイ様を苦しめる元凶なのです。手を引かないというのなら、武力行使してでも私はお前を始末します」
「物騒ねえ……ちょっと、あんたは先に学校行ってなさい」
「え、俺? いや、でも」
「いいから。女同士の話し合いに男がいると邪魔なのよ」
マナは俺を払いのけるようにして、姫を連れて離れていく。
で、俺は何をすることもできず。
一人寂しく学校へ向かうこととなった。
♥
「で、さっきの件だけど」
「あら、レイ様から身を引いてくれるつもりになった?」
「……いやよ」
私は、ようやくレイに素直になろうと決めたんだ。
だからこんな急に現れた姫だかなんだか知らないうざい女の為に下がってやる気持ちなんて、毛頭なかった。
「へえ、それじゃやっぱり好きなんだ。レイ様のこと」
「ええ、そうだったら何? 私、一応彼とは幼馴染だから」
「恋愛は年数じゃないのよ。あと、こっちには大精霊アイリス様という味方がいることもお忘れなく」
「……何が大精霊よ。自分に惚れた男どもを駒みたいに使ってやりたい放題のあんな女なんて、怖くないわよ」
「アイリス様は国の象徴よ。侮辱は許さないわ」
「はいはい。で、お姫様はレイとどうなりたいの? 言っておくけど、あいつは色仕掛けとか無駄だと思うけど」
「私はレイ様と末永く一緒に暮らしたいだけです。この世界に生まれて十五年余。あの人の顔を忘れたことなどありませぬ」
得意げにそう言ってから、「レイ様」とつぶやいてうっとりする姫を見て、私はイライラが止まらなくなる。
「私だって、一度も忘れたこと、ないわよ」
「ふん、醜悪な魔女ね。でも、負ける気はしないわ」
「なんでそんなに自信あるのよ」
「だって、私の方があなたより美しいもの。レイ様だって、きっとそう思ってるに違いないわ」
「……バカね、あんたって」
「な、なんですって?」
「ていうか、あいつのことそんなに好きなくせに、全然わかってないじゃん。あのね、あのバカは確かにかわいい子が好きだろうけど、そういうことで誰かを好きになったりはしないのよ」
「……なによそれ、レイ様が好きなのは自分以外ありえないって、そう自慢したいの?」
「まあ、そんな自慢して何の意味になるのかって話だけど。でも、レイは私の中身を見てくれてた。かわいいとか、綺麗だとか、そんなことも言ってくれてたけど見ていたのはそこじゃない。私がどういう人物か、知ろうとして、知ってくれて、そして好きになってくれたの。だから私は彼が愛おしい。幸せになってもらいたいから、突き放してた。でも、今は遠慮なんかいらないってわかったし。あなたやあのクソ精霊に寝取られてあいつが幸せになんかなるはずないってわかってるから、だからあなたたちには譲らない。私、あなたになんか負ける気がしない」
随分熱くなってると自覚はあったけど、もう気持ちが昂って止まらない。
レイに対する気持ちが、止まらない。
「……そ。なんだ、もうすっかり両想いなんだ。大精霊様ったら、ほんと嘘つきなんだから」
「あの精霊を信仰するあなたたちの気持ちはわかるけど、あれこそ諸悪の根源よ。知ってるでしょ、アイリス教徒の傍若無人さを」
「まあ、宗教なんてこじれたらどこもそんなものよ。それに、彼女が消えた向こうの世界はきっと、父アルトリア王を抑制する精霊という上位の存在を失って、圧政に苦しんでいることでしょう。あの独裁者の父の抑止力になっていたのもまた、アイリス様だったことをお忘れなく」
「なんか変な話ね。精霊と人間が敵対するなんて」
「そんなものよ。ま、どっちにせよあなたは私たちの敵だから。レイ様をみすみす渡すわけにはいかないの」
「……なんかあなたたちがレイに拘っている理由って、本当に好きだからなの?」
「……え、そ、それは」
「おかしいのよね。好きなら自分に振り向いてほしいの一択でしょ? なのに恋敵になりそうなあんたを呼んだり、レイが仲のいい女の子を洗脳してみたり。私とくっつけたくないにしても、なあんかやりすぎっていうかさ」
もともと、違和感はずっとあった。
あんなに私との仲を妨害すれば、レイの気持ちは離れていく一方だというのに。
アイリスは執拗なまでに妨害した。
そして姫を召喚したり、ゆゆちゃんをかどわかしたり。
どう考えてもレイに振り向いてほしいなら逆効果な行動ばかり。
「え、えと……それは、あ、あなたとくっつくのが嫌だからよ」
「でも、やるだけ絶対嫌われるでしょ。どうせ、レイを取り込めばあなたたちにメリットがあるから、私に渡したくないっていう、そんな理由でしょ」
「ぎくっ」
「……わかりやすいわね。はあー、なんだそんな理由か。私の決意表明返してよね。あと、レイをどうしたいのかは知らないけど、あいつに下手な小細工は無駄よ」
「……失礼するわ」
エレーナは、怒りに顔を歪めながらどこかへと消えていく。
多分、彼女たちがやりたいことはわかってる。
レイを使って、こっちの世界でも覇権を取りたいのだろう。
レイはこっちの世界でも、本気出せば一瞬で億万長者になれるだけの才能を持っている。
ただ、しない。
勇者はずるしない、だっけ。
……ほんと、早く一緒になった方があいつのためかな。
「さてと、あのバカ追いかけるか」
前世で100回フラれた魔女に転生先で奇跡の再会を果たしたので、元勇者の俺は彼女に101回目の告白をします 天江龍 @daikibarbara1988
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