第十八話 姫
世界滅亡の日といわれたあの日。
災厄の魔女であるマナの魔力の暴走によって世界が消えると言われたあの日。
俺はロックと共に魔女の城へ向かった。
そして大精霊アイリスとアルトリアの姫の魔力を借りて魔法陣を組んだ。
世界一つ消せるほどの魔力を持った魔法陣。
それを使ってマナをこの世から完全に消し去るという作戦は、あっさりと成功を収めた。
ただ、それは表向きの作戦。
マナが消える前に俺は転生の術を彼女に施した。
そしてそれも成功した。
だからマナは消滅せず、異世界へと魂が飛ばされることとなり、その肉体だけが滅んだ。
で、俺は絶望した。
俺の住む世界から最愛の人が消えた悲しみは、勇者の心を絶望に落とした。
だから処刑されると決まった時、正直ホッとしたところもある。
アイリが止めに来なかったことも、ロックが武士道を貫いて王国に反旗を翻さなかったことも俺にとっては追い風だった。
で、そのまま命尽きて。
俺が転生できたのはただの偶然。
運命の悪戯に過ぎない。
あの時マナを消したのは俺だったと知れば彼女は俺のことをどう思うか。
ただ、正直に話すしかないだろう。
アイリは俺とマナがうまくいかないと言い切るが、果たしてそれもわからない。
わからないから聞くんだ。
マナの気持ちを。
「レイ、起きてるかしら」
ただ、朝から性懲りもなく部屋にアイリが訪ねてくる。
「なんですか。俺、先に学校行きますから」
「あら、それはいいけど。でも、その前にお客様よ」
「こんな朝から? 誰ですか一体」
「ふふっ、懐かしい顔に驚くわよ」
得意げなアイリの声に、不安になりながらも部屋の扉を開ける。
すると、
「レイ様!」
「……姫?」
そこに立っていたのは、かつて主君として仕えたアルトリア王の一人娘、エレーナ姫……に、そっくりな女の子。
なぜかうちの制服を着ているが、こんな子いたっけ?
「ああ、覚えてくれてたのですねレイ様。私、光栄です」
「ま、待って待って……エレーナ姫じゃ、ないですよね?」
「何をおっしゃいますか、私はエレーナですよ。私の顔をお忘れですか?」
「……なんで?」
もう、何が何だかである。
また、向こうの世界から知り合いがやってきた。
しかも一国の姫様が。
向こうは大丈夫なのか?
「私、レイ様が処刑された翌日に自殺しましたの」
「……え?」
「そして、奇跡的にこの世界に生まれ変わった後も、ずっとレイ様のことを想いながらこの純潔を守り通してきました。そして昨日、アイリス様のお告げが聞こえたのです。勇者レイがこの世界にいると。そして私は住んでいた海外から飛んで日本にやってきました。あ、もちろん通っていたハイスクールは退学して転校手続き取りましたから。今日からはずっと一緒ですねレイ様」
淡々と、しかし嬉しそうに語るエレーナ姫は昔のままだ。
強引というか、思い立ったらすぐにでも行動するその性格は変わっていない。
「ま、待ってください自殺って……」
「あんなくだらない世界に用はありませんわ。それに、運よく転生できたのもきっと、神様の思し召しでしょう。ああ、なんということでしょうか。今目の前にレイ様がいらっしゃる。それが嬉しい……」
目の前で、絶世の美女が泣きじゃくる。
その様子を見て俺はどうすることもできず。
そして横にいたアイリがつまらなさそうに言う。
「エレーナ、ここに呼んであげたからにはやることはわかってるわよね」
「ええ、アイリス様。忌々しい魔女めがこの世界でもレイ様をかどわかしているのでしょう。あの邪悪は私めが葬ります」
「その意気よ。じゃ、あとはよろしく」
アイリはさっさと下に降りて行った。
「ではレイ様、今日から一緒に学校へ行きましょう」
「ま、待ってください姫。俺はマナと」
「まだあの魔女のことがお好きなのですか? レイ様、いい加減目を覚ましてください。あのものは魔の者ですよ。生まれ変わってもその事実は変わりませぬ」
「今のマナはただの女子高生です。それに、昔だってマナは仕方なくああなっただけですから」
「……す」
「え?」
「殺す。あの魔女、殺す」
「え、エレーナ様?」
「レイ様、あの魔女はどこに拠点を構えているのですか? 早速、このエレーナが殺して差し上げますわ」
「ま、待ってくださいって。それに、そんなことしたら殺人でつかまりますよ」
「獄中から毎日お手紙を差し上げます。そして、出所したらエレーナをお迎えください」
「い、嫌ですよそんなの」
「嫌? エレーナをまた、拒絶するのですか?」
エレーナ姫は目つきを鋭くして、俺をにらみつける。
「ひ、姫?」
「いいですわ、私もせっかくレイ様と巡り合えておめおめと引き下がるわけにはいきませぬもの。あの魔女と会わせていただけませぬか」
「いや、殺すって言ってる人に会わせるのはちょっと」
「どうせ学校で探せばいるのでしょ? それなら、レイ様のいらっしゃるところでお話がしたいので」
「……何もしないと誓ってください。じゃないと、マナに会わせることはできません」
「随分と大切なのですねあの魔女が。ええ、私もかつて一国の王女として君臨した女です。約束は守りましょう」
だから早くしてください。
そんな催促を受けて俺は渋々マナに電話を掛けた。
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