不本意な魔法使い

魔法使いは、呟いた。


「こ、こんな、はずじゃ、なかった」


右手には杖、杖からは赤い液体が滴り落ちている。

魔法使いの目の前には、つい先程まで言い合いをしていた人間が、床に倒れている。

全身から血が吹き出しており、ピクリとも動かないその様子は、絶命しているに違いなかった。


「な、な、ど、うして」


魔法使いは呆然とした。信じられなかった。

自分が、まさか、人間を殺してしまうなんて。

身体中が震え始めた。歯が噛み合わずにガチガチと鳴る。

少しの喧嘩だった。少しの言い合いだった。

だけれど、魔法使いの逆鱗に、人間が触れてしまったのだ。

その瞬間からの魔法使いの記憶はない。

ただただ激情に流されるまま、持っていた杖を振りかざしたのだった。


「は、ぁ、ち、ちがう、ごめんなさい、ごめんなさい、」


魔法使いは恐ろしく思った。うわ言のように謝るしかなかった。

自分が、我を忘れて殺人を犯してしまったことに。

ずっと気をつけていたはずだった。

だが、目の前の惨状はどうだ。

魔法使いが、目の前の人間を無惨に殺したという“事実”があるのみだった。


「し、しねばいいのかな?そ、そうだよね、しぬしかない、こんな、こんな、ことを、してしまった。もう、生きていけない、そう、だよね?」


魔法使いは、右手に持つ杖を両手で持ち直し、自分に向けた。

ごめんなさい、と最後に一言言って、辺りが真っ白に染まった。

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気まぐれ短編集 星博 渚 @stella_kaku

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