第24話 選択

高木くんのお兄さんは私に色々な質問をした。


なかなか答え難い質問もあったけれど、答えられるものは答えた。

流石に避妊しなかった理由を聞かれた時はどう答えていいかわからなかった。高木くんの名誉もあるし、私の考えの甘さも原因。

妊娠を黙っていた理由を聞かれた時は流石に高木くんの前では言いたくなかった。


高木くんのお兄さんはかなりデリカシーがない人だった。ただあまり感情的ではなく、学問や研究が好きなタイプかな。多分女性と一定以上の関係になったことが無い人だと思う。


だけど一番答えに迷ったのは、最後の質問だった。


「優香さんはお腹の子を産む気でいますか?堕ろす気でいますか?」

その言葉に一番反応したのは私ではなくて、高木くんだった。


正直に答えを言えばいい。だけど本当にその言葉を言っていいのか迷う。


私の正直な気持ちは多分高木くんの家に物凄く迷惑をかける。それはお金に換算できるものじゃない。

高木くんに許嫁がいるなら、その約束も高木くんの家は破る。私はあまり詳しいことは知らないけれど、多分それは高木くんの家にとって良くないことはわかる。


「私は....」


....もう諦めているので。


その言葉が出なかった。

何かを察する様にお腹の中の子が元気に動いている。それがとても辛かった。


「兄さん、俺が優香に産んでほしいって頼んだんだ。」

高木くんは嘘を言った。

「ちがう、私が産みたいって言ったの。私が高木にわがままを言ったの。でも、もう....無理なんです。」

「何故ですか?」


高木くんのお兄さんは私の言葉に質問を投げかけた。


「私の家族は産むことを受け入れてくれなかったので。それに父は高木くんに大怪我させたし、私はもう.....同意書にサインをしてしまったんです。」

私は結局は何もできない。きっと産んでも守りきれないから。


「そうですか、中絶するのですね。それなら話は簡単です。」

高木の兄は淡々とそう告げた。


「兄さん!!」

高木くんは叫ぶ。


「なんですか、大声を上げて。」

「なんで優香にそんなこと言うんだよ。」

「そんなの簡単です。優香さんが中絶に同意しているからです。なんの問題があるのですか?全部が元通り、何も考える必要もない。」


何度も何度も私が考えた事を高木くんのお兄さんは淡々を言った。その言葉に悲しみは全くない。ただ事実を言っていた。

これほど私の心をえぐった言葉はなかった。


本当に高木くんのお兄さんにとって、私は厄介者みたいだった。

その厄介者が自ら厄介事をなかったことにするって言った。


それは喜んで当然よね。


私は必死に感情を殺した。


「そうですね。高木くんのお兄さんにも迷惑をかけることになりますから。」


高木くんのお兄さんから帰ってきた言葉は意外な言葉だった。


「誰が迷惑と言いました?


私は話が簡単で楽とは言いましたが、迷惑なんて言葉は一度も使ってませんよ。中絶すると優香さんが言ったので、私は同意しただけです。

そもそも優香さんがその子を産めば、その子は私にとって姪か甥です。

弟に先を越されるのが少し嫌ですが、それ以外は私にとっては喜ばしいことですよ。


あなたが中絶するのは少し残念だと思いますが、それは女性が決めることです。もちろん相談には乗りますが、最終的に子供を産むのは女性なので、選択する権利は女性にあるべきです。男性はどんなに頑張っても、子供をお腹で育てることも、産むこともできませんから。」


私はどう反応すればいいのかわからなかった。ただ高木くんの兄の言葉に私は唖然としてしまった。


「ごめん優香、兄は昔からこう言う人なんだ。」


高木くんのお兄さんは変わった人みたい。


「それで優香さんはどうしたいのですか?

私は弟が良いと言っているので、私はどちらでも良いのです。ただ答えを知らないと私は何もできないので。」


淡々とした言葉、だけど高木くんのお兄さんの言葉には高木くんとは違う妙な怖さがあった。

たった一言言うだけで全部が叶ってしまう、そんな怖さ。


「ただ、アドバイスをするなら、自分の選択に後悔が無いようにする事です。雰囲気やお金なんてその場の事で、努力次第でどうにでもなります。ただ自分自身がどう思うかだけを大切にしなさい。」


高木くんのお兄さんの話を聞いて、私が自分の気持ちに整理がついた。でも本当の気持ちを言ってもいいのかわからない。私が躊躇ちゅうちょしていたら高木くんは手を握ってくれる。

それはまるで“大丈夫”と言っているような気がした。



「私はこの子を産みたいです。」



私は勇気を出して言った。

もしかしたら今まで助けてって言ったことはあったけど、産みたいって言った事はなかったかもしれない。私は不思議と何故か勝手に子供が大きくなって勝手に出てくるものと半分思っていた。それは私のお腹は私の意思とは関係なく勝手に膨らんで行くから。勿論色々大変なのも知っている。悪阻だってとても辛かった。だけどそれは体の現象で、生理と変わらない。


だけど“産みたい”と言う言葉を言った時、私は不思議と今度は自分の意思で育てているような気がした。私のお腹でちゃんと高木くんの子供を育てているような気がした。それが何と無く嬉しかった。


「そうですか、それがあなたの決断ですか。わかりました。」

私の勇気なんてどうでも良いように、高木くんのお兄さんはただ淡々とそう言った。


それはまるで未来が見えているような、そして私の全てを見透かしているような、高木くんのお兄さんはそんな目をしていた。


 ◇


私にはまだ解決しないといけない事が残っていた。

それは大事な事だけど、私はそれを伝えるのがとても怖がったのでそれからしばらく逃げてきた。

そしてそれは当然やってきて私を追い詰める。


「優香、中絶手術だが3学期が始まる前までに予約が取れなかった。だから最初の数日は学校を休め。」


それはお父さんの容赦ない一言だった。


私はお父さんに「いや」と一言だけ言って自分の部屋に引き篭もった。お父さんは部屋の外から手術の日程を言っただけでそれ以上は何もしてこなかった。


いつかちゃんともう一度私の気持ちをお父さん達に言わないといけないのは分かっていた。だけど私は怖くて何も伝えられていない。


お父さんは私を守りたい、私は私の子供を守りたい。


親の心子知らずって言葉があるけれど、私はどうなのかな。

だけど私はもう、これが正しいと信じるしかない。

いや、私は正しい事だと信じている。


世の中は絶対に私の方が間違ってるって言うけれど、それでも私はこれが一番後悔がない選択だと思ってる。


別に間違っても後悔が無い方がいい。

もう流れや雰囲気流されない。


私は再度決意した。これが今私にとって一番正しい選択で、後悔のない選択だから。

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16の私に突きつけられたのは妊娠という現実でした。 赤木 咲夜 @AKS

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