第23話 恐怖

私は夢を見ていた。


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私はいつもの自分も部屋にいた。

本棚、勉強机、ベットいつもと変わらない。


高校に行かないといけない。

そう思っていつもの高校の制服を探すけれど見つからなかった。


「お母さん、私の制服どこにあるか知らない?」

「え?知らないわよ。何に使うの?」

「高校に行くのだけれど...」

「何を言ってるの優香、あなた高校は辞めたじゃない。」

「え?」


私は慌てて部屋に戻った。私が寝ていたベットの横には小さな赤ちゃんがすやすやと寝ている。


左手薬指には高木くんからもらった指輪。


「ごめんなさい、やっぱりそう簡単には振り切れないわよね。」

「え?」


音もなくお母さんが部屋に入って来ていた。


「高木くんには本当に申し訳ないことをしたわ。婚約指輪が形見かたみになるなんて。」


私はあわてて指輪をみる。綺麗だったダイヤモンドが割れている。


「どう言うこと、お母さん。」

「覚えてないの?あの日お父さんに殴られて高木くんは打ちどころが悪くて死んじゃったのよ。お父さんも今は刑務所。」


私はその場に崩れ落ちた。

ベットで赤ちゃんが泣いている。


「優香、優香...」


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「優香、優香。」

目が覚めると頭に包帯を巻いた高木くんがいた。

高木くんは患者様の衣服に身を包み、ベットに座っている。


「優香、ごめん。心配かけた。」


私は無言で高木くんに抱きついた。

もしかしたら高木くんが死んでしまうのかと思って怖かった。もう二度と会えないかと思った。


抱きつく私に高木くんは黙って私の腰と背中に手を回した。


「高木くん...」


もうすでに私の声は涙声になっている。最近泣きすぎて目が痛い。


私はひたすら高木くんに抱きついていると背中をポンポンと叩かれた。私はもう少し高木くんに抱きつきたかったけれどゆっくりと離れた。


高木くんは真剣な表情で真っ直ぐとどこかを見ている。その視線の先には、私のお父さんとお母さんが立っていた。


お父さんはゆっくりと高木くんのベットの横に立つと高木くんに向かって深々と頭を下げた。


「大変申し訳ないことをした。感情的になって殴ってしまった。まずはそれについて謝罪させてほしい。」


お父さんははっきりと病室に響く声でそう言った。


高木くんは怒って当然だと思う。


高木くんは私のために私の家に来た。それは私のお父さん達とこれからの事について話し合うため。高木くんは挨拶と言っていたけれど、多分その意味が強かったのだと思う。だから私の家に行った後、高木くんの実家がある広島に来てほしい言っていた。


高木くんは高木くんなりにちゃんと私との未来を考えて行動してくれた。だから私は高木くんを信じる事ができた。こんな高木くんだから私は一緒にいたいって思っている。


それなのに私のお父さんは高木くんの行動も意識も責任も全部ことごとく否定した。私が同意書に名前を書いて涙を流した時、あれほど怒った高木くんは見たことなかった。高木くんはやっぱり私の高木くんだった。


そんな高木くんだから私はお父さんの事を勘違いして欲しくない。お父さんは怒りっぽいけれど、私にとってはやっぱりお父さんで、私のことをちゃんと思ってくれている。嫌いな所も沢山有るけれど、私にとっては一番の“お父さん”だから。


「高木くん、ごめんなさい。」


だから私は高木くんに頭を下げた。


「優香。....俺はそんなに怒ってないよ。いや、怒ってはいるけれど、俺も優香のお父さんが怒るようなことをしてるから。


それに3発くらいは殴られるかもって言ってたしな。....多分後2発殴られてたら死んでたと思うけれど。」


高木くんは冗談を交えてそう言ってくれるけれど、多分そう簡単な話じゃない。

それは私も、私のお父さんにも分かっていた。


お父さんはそれでも謝り続けた。それくらいの事をしてしまった。お父さんはそう思っている。


「もういいです。わかりましたから。」

高木くんは私のお父さんにそう言った。高木くんはお父さんを許そうとした。


「良いわけないだろ。」

だけど、許さない人もいた。


病室に急に響いた声、病室の入り口に高木くんによく似た男の人が立っていた。


「兄さん...。」

高木くんはそう呟いた。

私は慌てて高木くんのお兄さんに軽くお辞儀をする。


「謝罪なんて不要なので、全員この病室から出ていってくれませんか?」

高木くんのお兄さんは静かな口調でそう言った。

口調は全く怒っていないのに、言葉の内容はこれ以上にない怒りがこもっていた。


「今回は誠にすいませんでした。」

お父さんは腰を深く折って高木くんのお兄さんに謝る。私も慌てて同じ様に頭を下げた。


「私の言葉の意味がわかりませんでしたか?私は謝罪は要らないと言いました。そして病室から出ていくように言いました。


私の弟は根っからの優男なので殴った相手さえも許しますが、私は弟を殺されかけて笑顔でいられる様な人ではないので。


びっくりしましたよ。頭蓋骨を骨折させた上に硬膜下出血。極めて初期だったのが幸運で、5分病院に来るのが遅かったら危なかったと言うお話でした。私も先程お医者さんから聞きましたが、これだけのことをして私が貴方達あなたたちのお話を聞くとでも?」


予想以上の話にお父さんは目を白黒させていた。


お父さんは高木くんと高木くんのお兄さんに深々と頭を下げて病室を出ていく。


私も慌ててお父さんに着いて行こうとした時高木くんに止められた。


「待って、優香。」


私は振り向いた。


「優香...行かないでほしい。」

「でも...」


私は高木くんのお兄さんを見た。高木くんのお兄さんは私をしばらく睨んでいたけれど、一息ため息をついた。


「良いですよ、もう。本人があなたを止めたのです。何も言いません。」

そう言って高木くんのお兄さんはベットの横のパイプ椅子を譲ってくれた。


高木くんの家族にまさか病院で会うとは思わず、私は緊張していた。

今回の高木くんの怪我は私のお父さんが原因だから更に話しにくい。


高木くんはそれが分かっているのか、私に向かって左手を伸ばす。私は高木くんの左手を両手で包み込んだ。


高木くんの左手は私の手よりも大きかった。そしてその大きな手に触ると何故か落ち着く。


もしかしたらあの夢の様に高木くんが死ぬかもしれなかったと思うと背筋が凍った。

本当に夢の様にならなくてよかったと私は心底思った。


「えーっと、2人はどんな関係で?」


高木くんのお兄さんは私と高木くんを見てそう尋ねてきた。私は慌てて名前を名乗った。そして高木くんがそれを補足する。


「兄さん、昨日言ってた俺の彼女。」


それを聞いて高木くんのお兄さんは納得した様に頷いた。


「お父さんが高木くんを殴ってしまい、すいませんでした。」

私は高木くんのお兄さんにもう一度謝った。


「いえいえ。確かに弟に暴力を振るった事は許せませんが、大体状況が分かりました。恐らくあなたの妊娠について何か揉め事があったのでしょう。」


いきなり私の妊娠について高木くんのお兄さんの口から出てきた事に私は驚いた。高木くんの方を見るけれど、高木くんは首を振った。高木くんはお兄さんに妊娠の事について話していないらしい。


「私も父の方から聞いただけで、弟からは聞いていませんよ。父は少々忙しい身だったので、取り急ぎ今回のことについてお話しをするために大阪に来ていました。


まさか、そのまま弟のお見舞いをするとは思いませんでしたが....。


でも取り敢えず、優香さん。あなたに会えて良かった。弟との関係について色々詳しくお話しをお聞きしたいと思っていました。」

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