第24話 お嬢様と和食

「お買い上げ、ありがとうございましたー」


 時刻はもう11時半。 

 無事に服を買い終えた俺達は、昼食を食べようと、ショッピングモールの中を歩いていた。


「やっぱ人多いですね……」

「俺も、流石にこんな人が居るとは思わなかったな……」


 周りを見渡してみると、人、人、人。

 人の波ができていた。

 やはりこの昼時の時間帯は。他の時間帯に比べ、人の数が多い印象を受ける。

 そんな時間帯に、昼食できるお店を探すのは、本当に難しい。


「ごめん、予約取ってきたら良かったね」

「いえいえ、わたしこそ、こうなると分かっていたはずなのに……」


 何か良さそうなお店は無いだろうか。


「あっ」


 目にスッと入ってきたのは、和食屋さん。

 幸い、まだ人が集まっていないようで、5分程度並べば入れるだろう。


「夏凪さん、昼食、和食でも大丈夫?」

「はい、大丈夫ですよ」


 こうして、昼食は和食屋で食べることになった。


「ご注文はお決まりになりましたでしょうか?」


 案内された席に座り、メニューを見てみる。

 流石は和食と言ったところか、想像以上のレパートリーがある。


「夏凪さん、どれにする?」

「そうですねー、ここは無難に天ぷらにします」

「じゃあ……俺は、とんかつにしようかな」

「承りました。ご用意させて頂きますね」


 注文を受けた店員は、そそくさと店の奥へ入っていった。

 それにしても、夏凪さんが天ぷらを選ぶだなんて思わなかった。

 さばの味噌煮などの魚系にすると、勝手に思っていたが、そんなことはなかった。


(天ぷら、作れるかなぁ……)


 天ぷらを手作りした時、一体夏凪さんはどんな表情をするのだろうか。

 夏凪さんに喜んでもらえるだろうか?

 天ぷらはまだ一度も作ったこと無いけど、完璧に作れるように練習しよう。


(こんなこと夏凪さんに言ったら、そんなこと覚えるより勉強してください。なんて言われそうだなぁ……)


 なんて馬鹿なことを考えていると、


「雪下くん? 大丈夫ですか?」


 夏凪さんに心配されてしまった。


「あ、ごめん、少し考えごとしてた」

「それならいいですけど……」


 今は夏凪さんと買い物中だ。

 まずは目の前のことに集中しないと。


「そういえば、この後はどこに行くんだ?」

「そうですね……少し文房具を見ようかなと」


 確かに、こんなに広いショッピングモールの中になら、夏凪さんに合うような文房具は見つかるだろう。

 自分も、今後のために使いやすい文房具を探しておきたい。


「そろそろ食べ終わったことだし、文房具探しに行こうか」

「そうですね」


 会計を済ませ、店を後にする。

 少し昼食の時間帯を終えたからか、先程と比べ、人が少なくなった印象を受ける。


「タイミングが良かったですね」

「そうだな。ちょっと店に入るタイミングが遅かったらどうなってたことか……」


 もし、店に入るタイミングが遅れていたら、人の波に流され、昼食も食べれず最悪の時間を過ごすことになっていただろう。

 もしそうなってしまったら、満足に買い物だってできない。

 本当に良かった。


「今日は付き合わせてすみませんね」

「ううん、俺も色々と買い物したかったから気にしないで」


 なんて会話をしながら、お店を見て回る。

 夏凪さんとお店を見て回るのは本当に楽しい。

 自分の知らない世界を、夏凪さんが教えてくれたおかげか、ちょっと高校生活を楽しめている自分がいる。


(自分も変わったよな……)


 高校に入ってから、学校生活に対する考え方が変わったのを身にしみている。

 今思い返してみれば、初めての友達に、尊敬できる人までできた。


「ほら、雪下くん、行きますよ」


 こうやって、友達と買い物に行くことだって出来てる。

 これが平凡なのかどうかはわからないけど、この時間がずっと続けばいいな。って心から思えた───。


 ◆


 歩き始めて数十分。

 俺と夏凪さんは、学校であったことや、趣味の話で盛り上がりながらお店を見て回っていたところ、面白そうなお店を発見することができた。


「このシャーペン、凄いですね……」


 夏凪さんの目線を見てみると、自動で芯が出てくる設計のシャーペンだった。

 試しにそのシャーペンを持ってみたが、非常に使いやすそうだ。


「これ、どうしようかな……」


 服を一気に10着も買うくせに、シャーペンは買うか買わないか悩むのか。なんて考えていると、


「……このシャーペン、雪下くんにあげたら喜びますかね?」

「何か言った?」

「……いえ、なんでもないですよ?」


 夏凪さんが何か小言で言っていたっぽいが気づかなかった。

 何言ってたか気になるが、無理に聞くことも無いだろう。


「わたし、このシャーペン買ってくるので、雪下くんはここで待っててくださいね」

「わかった」


 レジに向かう夏凪さんを見ながら、ふぅ……と深呼吸。

 久しぶりに出歩いたが、まさかこんなに疲れるとは。


(ちょうどいいところにベンチが……)


 夏凪さんが来るまで少し休もう。

 ちょっとずつ、意識が遠ざかっていく……。

 これは、ちょっとマズイ。

 …………………

 …………

 ……


 ◆


 満天に広がる青空。

 心地良い風。

 どうやら俺は、夏凪さんを待っている間に寝てしまったらしい。


「おはようございます、雪下くん」


 どこからか夏凪さんの声が聞こえる。

 一体どこから聞こえてくるのだろうか。


「あ、まだ立ったら危ないですよ」


 俺を、上から眺めるように見てくるのは夏凪さん。

 なんで上から?

 まさか……。


「なんで俺、夏凪さんに膝枕されてるの?」


 人生で二度目の膝枕。

 ここはショッピングモール。

 公共の場だ。

 そんなところで夏凪さんに膝枕してもらっているという羞恥と、嬉々的な気持ちが混ざって、今にでも頭がパンクしてしまいそうだ。


「……男子はこれで喜ぶって聞きましたから。

 今日は付き合ってもらったので、そのお詫びってことで」


 お詫び、ねぇ。

 ちょっとやりすぎな気がしてならないが、夏凪さん本人が良いと言ってるのであれば、このまま膝枕を満喫してもいいのだろうか。


(まぁ、考えるのは後で良いか)


 これも、夏凪さんに信用されている証拠として受け取っておこう。

 時間が止まればいいのに。俺は初めてそう思った。

 

 

 

 

 

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一人暮らしを始めたお嬢様は、どうやら俺がいないとろくに生活できないらしい。 白深やよい @yayoi_san

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