第127話 心残り

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 ヴェロニカに問い詰められた俺は、王都行脚の顛末を、すべて話し終えた。


 王家にもエリクサーはなかったこと。


 今後、エリクサーの情報提供をしてもらう約束をゴンベッサとしたことについては、ヴェロニカには伝えていない。


 俺は、ヴェロニカを、がっかりも、ぬか喜びもさせたくなかった。


 娘夫婦と孫娘を歓迎する、王家の晩餐会が開かれたという話をしただけだ。


 同席させられて懲りた、という話をした。


 晩餐会後は、ゴンベッサが、何はなくとも王国の兵の再編をすると言いだしたので、数日かけてラッキーとプラックが、まずラティメリア行きの三百人を見繕うのを待ってから、そいつらを連れて迷宮都市へ戻って来た。


 兵たち自身の意見は、強くなるためダンジョンへ行きたい派と、絶対行きたくない派に、二分されていたらしい。


 もちろん、行く気のある者たちの中から厳選した、とラッキーは言っていた。


 ラッキーは、ラティメリア守備隊三百人に、当面、工兵として街づくりをさせるらしい。


 そもそも、守備隊自身が寝泊まりできる場所が、まだ、確保されていなかった。


 しばらくは、仮設テント暮らしだ。


 壁外には、今でも毎日難民たちが流れてきているので、カルト寺院製の仮設住宅の設営とあわせて、まず、住居整備を行うことになるのだろう。


 ゴンベッサの考えでは、王国兵の一部をラティメリアに駐屯させ、複数の班に分けて順番にダンジョンに潜らせ、兵力の底上げをはかっていきたいという話だった。


 具体的な段取りは、ラッキーとプラック、アイアンも含めて協議が行われ、今後決定されるらしい。


 辺境伯なんかにさせられて、やらなければならないことが、いきなり増えたと、ラッキーがぼやいていた。


 壁外都市には、ラティメリアなどと大層な名前だけつけられたが、実際は、毛の生えた難民キャンプだ。


 今後、街として必要なあれやこれやを、一からつくっていく必要があるだろう。


 そもそも、ラッキーたちの住処すら、壁外にはなかった。


 プラックファミリーは、今でも壁内の宿に住んでいる。


「特段やらかしてなんかいないと思うんだが」


 やや探るような気持ちを込めて、俺は、ヴェロニカに護衛任務中のやらかしの有無について、判断を求めた。


 百パーセントの自信があるかと言われると、無意識の行動もあるので、自信はない。


「そうね。話を聞く限りじゃ、想定の範囲内よ。ラッキーも何も言ってなかったし」


 けれども、ヴェロニカは、完全に納得したわけではないらしい。


「何?」


「今日、元王妃様から、攻撃呪文の巻物の大量注文があったのよ。ついでに、あたしあてに手紙が届いた。あたし面識なんかないのに。なんでかわからないけれども、マルくんへの特段の配慮を求められたわ」


「なんだそりゃ?」


「マルくん、元王様に探索者の心構えを説いたんだって? 何て言ったの?」


「あー」


 そう言えば、晩餐会からはける際にそんな話をしたかも知れない。


「伝説的な探索者である百斬丸様から主人らにご指導いただくにあたって、なにぶん探索者としては素人の身ですので、あまり厳しくされすぎないよう、奥様からも旦那様に特段のご配慮をいただけるよう伝えていただければありがたく、うんぬんかんぬんって、くどくど書かれているんだけれども、どういうことだろう?」


 ヴェロニカが、手紙をひらひらさせながら、俺に迫った。


 ジト目だ。


「わざわざ、あたしに手紙を出してくるというのは相当な何かがあったと思うわけよ」


「いや? うちの割引券を渡して、今後ご贔屓に、という話と、王族だと知られると絡んでくる奴がいるだろうが、探索者は、舐められたら終わりの商売だから、絶対にやられたままにするな、とか、そんな話をしただけだ」


「そぉ」


 ヴェロニカは、ちょっと拍子抜けしたような表情だ。


 俺が、もっと、出鱈目やってると思ってたのだろう。


「全然、普通ね」


 なぜか、口調ががっかりしている。


「だろ」


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 晩餐会の晩、ミキは、ラッキーとプラックと一緒に、城の客間に宿泊する手はずになっていた。


 客間の一画には、従者用の控え室があるので、俺は、そこだ。


 控室からでも、客間内の異常は察知できる。客間は、俺の索敵の範囲内だった。


 ミキを、片手で抱っこした状態の俺は、晩餐会の会場を出る前に、元王とストーンヘッド前公爵に声をかけた。


 大人たちに、まだ解散の気配はない。子供には遅いが、大人には、まだ早い時間だった。


「うちの店の割引券だ。本気で探索者になるようなら贔屓にしてくれ。パーティーには入れんが、そういう力にならなれる」


 俺は、空いている手で懐から割引券を取り出し、二人に渡した。


 営業は、いつだって大切だ。


 元王と前公爵は、何か珍しい物でも見るように、割引券を表にしたり裏にしたり、しげしげと見つめながら、券の文面を読んでいた。


 実際に珍しいのだろう。そもそも自分で支払いをする機会など、ほぼなかったはずの二人だ。


「何だこれは?」と元王。


「不安だな。探索者は買い物も自分でするんだぞ。うちの店で買い物する時にその券をだしてもらえば代金を割り引くよ。詳しくは、ミキに聞いてくれ。で、いいんだよな?」


 俺は、ラッキーに問いかけた。


「まだ、ミキには、うちで働いてもらえるんだろう?」


「探索者になるまで辞めさせる気はないよ。おまえの店にいれば、事前に成長し放題だ」


「ミキも探索者になりたがっているのかね?」


 ストーンヘッド前公爵が、プラックに訊いた。


「『白い輝きホワイトシャイン』入りを予約しているそうです」


 マジか。


 俺も、初耳だ。


 だが、問題はないだろう。


 ヴェロニカ、ラン、スー、魔法使いとして指導者に恵まれすぎている。


 方向性が正しいかどうかは知らないが。


「こりゃ、先輩探索者として、私らは、うかうかしてられんな」


 元王だ。


「あんたは、まだ、探索者ですらないだろう」


 反射的に、俺は突っ込んだ。


「お。探索者らしいやりとりだ」


 元王は、何だか嬉しそうだった。


「では、これから新人探索者になる者に、何か適切な助言をくれ」


「死ぬな」


 俺は、簡潔に応えた。


 新人に限らず、誰に対しても行っている定番の助言だ。


「もっと具体的な内容はないのか?」


 元王は、不満そうだ。


 俺は、少しだけ深い助言をすることにした。


「探索者は、舐められたら終わりだ。


 誰かに舐めた真似をされたら、必ず、やり返せ。


 穏便に乗り切ろうとは思うな。


 誰かに、くみやすし、と思われたら、誰もが食い物にしようと寄ってくる。


 元王の肩書など無駄だ。


 あんたらみたいな金持ちが道楽で地下に潜ろうとすれば、面白く思わない奴らが、ギルドで絡んでくるだろう。


 その時は、絶対に退くな。


 せめて、絡むと面倒くさい奴だと、相手に思わせろ」


 俺は、探索者の心構えの一つを口にした。


『やられたら、やり返せ』だ。


「ああ。定番の新人いじめだな」


「儂らの若い頃も、兵団で似たようなことはあった」


 元王とストーンヘッド前公爵は合点した。


 俺は、言葉を付け加えた。


「そして、トラブった相手とは、絶対に地下でうな」


 本来、探索者同士の私闘は厳禁だが、誰も見ていなければ真実はわからない。


 闇から闇だ。


「ギルドの中で絡まれるだけなら先輩探索者から新人への洗礼だが、もし、同じ階に、いるはずのない相手が現れたら、向こうはその気だ。出遭ったら、られる前に殺れ」


 おばあちゃまたちが、青ざめた。


「ラティマー、今の話は、本当ですか?」


 元王妃が、ラッキーに確認した。


「概ね、間違ってはいないかな。あたいたちの頃は、もっとシビアだったよ」


 ラッキーは、プラックと顔を見合わせた。


 プラックが肩をすくめた。


 過去を思い出したのだろう。


「二人だから生きてこられた」


 元王は笑った。


「面白いではないか。忖度なし、肩書きなしの人付き合いこそ、望むところだ」


「だが、今の私たちでは、力が足りていないのだろう。それでも、地下で待ち伏せされていた場合はどうすればいい?」


 ストーンヘッド前公爵が慎重論を口にした。


「あんたらの強みは、金だろう。


 腕では勝てなくても、アイテムを持っていけばいい。


 出会った瞬間、攻撃呪文の巻物で、ズドンだ。


 幸い、うちの店では、各種魔法の巻物も扱っている。


 割引券を有効に使ってくれ」


 俺は、営業用のスマイルで笑った。


 その時、長い立ち話に、俺に抱っこされたまま眠っている、ミキが、むずがった。


 流石に、引き上げ時だ。


 実は、ここまで我慢をしていたが、俺には、王都で心残りが一つあった。


 心残りというか、やり残しというか、忘れ物というか、探索者としての鉄則のし忘れだ。


 これからは新米探索者と元探索者の間柄になる。


 探索者同士ということで、我慢は、もういいだろう。


 俺は、テーブルの上に置かれた、酒の入った元王のグラスを手に取ると、元王に握らせた。


「探索者には、根に持つ奴が多いからな。変な恨みは買わないように気を付けたほうがいい」


「ああ」


 元王は、グラスに口をつけた。


 俺は、皆に背を向けた。


 ティップとゲイル、例の侍女が、扉近くの壁際に控えている。


 部屋を出る前に、俺は、侍女に声を掛けた。


「こないだの毒の解毒薬は持っているか?」


「はい?」


 突然、何を言い出すのか、といった顔をしながらも、侍女は頷いた。


「元王が、ご入用いりようだ」


 俺は、ティップが開けてくれた扉を抜けて、会場を出た。


 扉が閉まる際、背後で大きな悲鳴が上がった。元王妃の声だ。


 元王が、ひきつけながら、口から泡を吹いたのだった。


 そう慌てなくても、心配はない。


 ローパーの麻痺毒だ。


 時間がたてば治るし、解毒薬が、すぐに届く。


 探索者は、やられっぱなしでは、終わらない。


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 そのような話を、俺は、ヴェロニカにした。


「それよ」


 ヴェロニカが、ぽんと手を打った。


 解せん。


 殺さなければ、何をしても良かったはずだ。





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『ボッタクル商店ダンジョン内営業所配達記録』エピソード7を読んでいただきありがとうございました。


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                                  仁渓拝

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ボッタクル商店ダンジョン内営業所配達記録 仁渓 @jin_kei

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