第126話 密約

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 ラッキーが、城にエリクサーはあるかと訊いた俺の言葉に対し、ハッとした顔をした。


 俺は、過去にカルト寺院から、ヴェロニカの足を治せる可能性は、もはやエリクサーしかないと言われていた。


 じゃあ、少なくともカルト寺院が持っているのでは、と、ヴェロニカに訊いた覚えがあるが、あいつらが持ってるわけないじゃない、というのが、ヴェロニカの回答だった。


『一番、高く売れる商品だもの、持ってると、寺院の立場上、赤字覚悟で使わなければいけない状況になることがあるから、手に入れたら、さっさと誰かに売り抜けてるわよ』


 清々しいほどの守錢奴集団だ。


 もちろん、ヴェロニカが、足の治療のためにエリクサーを必要としている事実を、ラッキーは知っている。


「あるの?」


 ラッキーが、ゴンベッサに訊いた。


 ゴンベッサは、父親の顔を見た。


 ゴンベッサ本人は、有無を承知していないらしい。


 王家が所有する宝物の詳細までは、まだ新王には引き継がれていないのだろう。


 元王は、重々しく首を左右に振った。


「先王が今際いまわの際に飲んでしまった。エリクサーとて寿命は伸ばせないのにな」


 エリクサーあるあるだ。


 エリクサーは、あらゆる怪我、あらゆる状態異常、あらゆる病気を治療できると言われている万能薬だ。


 その効力の高さに期待して、エリクサーを所有している貴族や金持ちの老人が、自分に寿命による死期が迫った時、死の恐怖に耐えられずに使用してしまう事例が後を絶たなかった。


 もちろん、エリクサーに不老不死の効果など無い。


 加齢に伴う身体の不調は、癒せなかった。


 寿命は、病気でも状態異常でもない。


 単なる生理現象だ。


 要するに、王家が所有していたエリクサーは、無駄に使われて失われたようだ。

家に余命いくばくもない老人がいる大富豪たちの間では、飲まれないよう、さっさとエリクサーを売りに出すという、対処法が推奨されていた。


 隠し持っていたのでは、発見されて使われてしまう可能性があるからだ。

持っていなければ問題ない。


 ありがちな後日談として、エリクサーを飲まれてしまった遺族が、エリクサーの瓶に別の液体を入れて封をし、しれっと転売するという話がある。


 通常、エリクサーは購入されても、実際には使われずに宝物庫で置物扱いされている。


 瓶の中身が本物であっても偽物でも、宝物庫のエリクサーが使われるのは、寿命が迫った老人の暴走による場合が主なので、仮に偽物を老人が飲んだ結果、効き目がなかったとしても、中身が毒物ででもない限りは、金を返せとはならなかった。


 使われても、偽物だとバレる心配がない。


 鑑定の魔法でもあれば良いが、高度な鑑定能力者は、存在がエリクサー級の希少価値だ。


 鑑定料金として、鑑定品の価値と、ほぼ同額の支払いを求められるため、逆に鑑定の意味があまりなかった。


 したがって、真贋の判定は、昔からの目利き頼りだ。


 結果的に、本物のエリクサーも、偽物のエリクサーも、等しく投機商品として高値で取引される羽目になっていた。


 なので、エリクサーには、偽物の割合がやたら多い。


 使うつもりのない人たちが、現物資産として持ち合っているだけなのだから。


 仮に偽物であっても、売買する当事者たちが本物だと信じていれば、値段はつく。


 次の誰かに売る際は、お互いにやはり本物だと信じているので、問題ない。


 偽物であっても、高額な投機対象として成立していた。


 残念ながら、最もエリクサーを必要とする事態に直面する探索者が、命の危険時に自分たちで使うために、エリクサーを持っていることはまずなかった。


 自分の探索のためにエリクサーを持ち歩き失う危険を冒すくらいならば、入手して即、金に換えて、探索者を引退するほうが、賢明な判断だ。


 エリクサー一本で、パーティー全員分の優雅な一生すら賄える。


 もし、探索者が、運良くエリクサーを手に入れられたならば、普通は、そこで人生あがり・・・だ。


 だから、エリクサーは、ごく限られた金持ちの宝物庫の中にのみ存在し、投機商品として、金持ちたちの間を秘密裏に行き来しているため、ある瞬間の実際の所有者はわからなかった。宝物庫の肥しだ。


 先王にエリクサーを飲まれた、という元王の発言に、部屋にいて話を聞いていた者たちは、ドン引きしたようだ。


 しめて、おいくらの損失だろう?


 残念ながら、元王は、嘘をついていない。


 元王から、嘘をつく人間特有の発汗の匂いはしなかった。


 ダメ元で聞いてみただけだったが、王国にも、やはり、ないか。


「残念だ。他に持ち主の心当たりは?」


「確実にあるとしたら、帝国の宝物庫ぐらいだろう」


 それは最初から分かっている。


 だが、そこには、俺なんか足元にも及ばないような護衛がついているから近づけない。


 現役時代のヴェロニカと二人がかりならいけるだろうか?


 帰りは治療済みのはず・・だからと、無茶を承知で、二人で帝国の宝物庫に忍び込むという手もあるが、飲んだエリクサーが偽物だった場合には、目も当てられない。


 だから、俺に、一人で宝物庫に出入りできる実力がつくまでは、帝国のエリクサーは狙えない。


 帝国の宝物庫だって、一箇所ではないので、やはり無茶はできなかった。


 確実な、現物の所在確認が、最優先だ。


「な! いくらの損失です!」


 元王の発言に驚いたのか、急に立ち上がり、やや前のめりになって、ゴンベッサが、声を上げた。


 新たに王国の経営を任された者として、負債の大きさが気になったのだろう。


 実際、過去に行われたオークションでのエリクサーの値段は、天井知らずだ。


 毎回、高値を更新していた。


「いや。空き瓶にポーション詰めて、帝国に転売したから損はしておらん」


 こういう奴がいるから、ますますエリクサーの偽物率が高まっていく。


 だが、これで少なくとも帝国の宝物庫には、偽物のエリクサーがあることは判明した。


 帝国が、トータルで何本のエリクサーを所有しているかは知らないが、少なくともすべてが本物ではないということだ。


 他にも偽物があるかもしれない。


 うまく盗みに侵入できても、偽物を掴んでは目も当てられなかった。


 どこかの成金が、本物を持っている事実が分かれば、すぐそこを襲いに行くのだが。


「ひとまず、それは良かった」


 ゴンベッサは、椅子に戻った。


 俺を見た。


「なぜ、エリクサーを?」


「ヴェロニカを治したい」


「なるほど」


 ゴンベッサは、椅子に深く沈みこんだ。


 目を瞑って少し考え、


「ストーンヘッド家にはあるのか?」


「いえ。うちにもありません」


 プラックの兄である、ストーンヘッド公爵が答えた。


 ゴンベッサは、再び、俺に目を向けた。


「個人でエリクサーを入手するのは難しいだろう。オークションの開催はいつ行われるかわからないし、王族や貴族の内々の取引が君たちに持ちかけられることはない。そこでだ」


 ゴンベッサは、言葉を区切った。


「生憎、今現在手元にエリクサーはないが、今後、誰かが購入を持ちかけてきた際には、情報を提供しよう。王家で購入して払い下げても良い」


 情報だけもらって購入せずに相手先に盗みに入るのは、俺の自由ということだ。


 だとしても、相手が所有するエリクサーが、本物であるとは限らないが。


「足元を見られて高くつくかもしれないが、オルニトレムス家がエリクサーを求めているという噂を、その筋に流してみるのもありだろう」


「俺からの見返りは? 現物もなく、パーティー参加と兵の訓練をしろ、じゃ割にあわん」


「私からの貸し、と思っておいてもらえるとありがたい」


 ゴンベッサは、答えた。


「これからオルニトレムス家は、情報提供はもちろん、エリクサーの入手に尽力しよう。念願叶い、ヴェロニカ殿が治った暁には、その時私が必要としている望みを何か一つ聞いてもらいたい。それが何なのかは、まだわからない」


 ゴンベッサは、思ったより策士だった。


 これ、俺を、心理的に王家の紐つきにしようとする奴だ。


 念のため、保険を掛けておく必要があるだろう。


「エリクサーでヴェロニカが治った際の成功報酬という理解でいいな?」


「ああ」


「さっき言っていた、王様と兵隊を、いっぱしの探索者にするより難しい望みなら聞かんぞ」


「ああ」


「難易度の判断は、ラッキーに任せる」


「あたいっ?」


 突然、話を振られたラッキーは、頓狂とんきょうな声を上げた。


 俺は、何も言わずに、『幸運と勇気ラッキー・プラック』の二人を見つめた。


 俺が判断に困った場合は、ラッキーに確認しろ、と言う程度には、ヴェロニカはラッキーを信頼している。もちろん俺としても、ゴンベッサよりは俺を騙さない、と信じていた。


 ラッキーとプラックは、お互いにアイコンタクトをして頷き合った。


「わかった」と、ラッキー。「その時は、公正に判断する」


「それでいいか?」


 俺は、ゴンベッサに確認した。


「構わない」


 少し悔しそうな顔をしたが、ゴンベッサは、俺の条件を承知した。


「交渉成立だ。この場で話を聞いていた人間、この件は、ヴェロニカには伏せといてくれ。ミキにも。二人に、ぬか喜びも、がっかりもさせたくない」


 護衛対象であるミキは、俺が座っている席の隣で、眠ってしまっていた。


 もう、子供には遅い時間だ。


 他の子供たちも、眠そうだ。大人たちの話なんか、聞いちゃいなかった。


 他の大人たちも、王の約束事に、下手な干渉はしないだろう。基本は関わらないはずだ。


「部屋に戻る。俺の護衛対象には、睡眠が必要だ」


 ラッキーとプラックに、そう告げた。

 

 俺は、ミキを、俺の背中側に、だらんと手が垂れさがるよう、肩に担ぐような態勢で、片手で抱っこした。

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