第125話 所在

               18


「父上、本気でダンジョンに潜る気なのですか?」


 ゴンベッサ王子が、心配半分呆れ半分の口調で、元王に訊いた。


「無論だ。夫婦石も持とう」


 ゴンベッサが、ラッキーを見た。


 ラッキーは、ぶんぶんと激しく首を振っていた。


「大丈夫だろうか?」


「絶対無理」といったところだろう。


 ゴンベッサは、今度は神妙な顔で俺を見た。


「護衛について、私からも頼めないだろうか。報酬は払う。父上たちと、しばらくパーティーを組んでもらえるとありがたい」


「俺より『幸運と勇気ラッキー・プラック』が適任だろう」


「あたいたち、また地下に潜れるのかしら?」


 ラッキーが、プラックと顔を見合わせた。


「難しいんじゃないか」とプラック。


 確かに辺境伯という肩書きができた二人に、ダンジョンに入る余裕と暇はないだろう。


 だからといって、『白い輝きホワイトシャイン』以外のパーティーに参加するつもりは、俺には、まったくない。


 百雲斎様おししょうさまからは、あくまで、俺が復帰するまでのつなぎとして、俺の後任を務めるだけだと釘を刺されている。


白い輝きホワイトシャイン』以外での俺の探索者復帰は、あり得ない話だ。


 しかも、ヴェロニカと同時でなければ、さらに、あり得ない。


 もともと、俺は、エリクサーの購入資金を稼ぐべく、ヴェロニカの店を手伝うために引退したのだ。


 ラッキーたちは、俺の引退理由を知っている。


 俺は、ラッキーに、元王の道楽につきあうつもりはないと、目で訴えた。


「軍の再編と訓練もしなければならない。できれば、そちらの手伝いもしてもらいたい」


 ゴンベッサが、さらに要求を積み重ねた。


 いくら出すつもりか知らないが、元王の探索に同行する程度で、『白い輝きホワイトシャイン』と地下二十階あたりを探索する際の実入りより、多く稼げるとは思えない。


 それとて、ボタニカル商店の一日の売上げと比較すると、小遣いだ。


 今回だって、『幸運と勇気ラッキー・プラック』からの頼みで、護衛対象がミキでなかったら、依頼を引き受けてはいない。


 まあ、今回については、ゴンベッサから十分な額の報酬を貰っているが。


 とはいえ、元王の護衛に妥当な報酬が見込めない以上、元王には、探索者として地道に成長してもらうほかないだろう。


 どれだけの期間がかかるかもわからない元王の成長に、ずっとつきあう余裕はない。


 本来業務第一だ。


 幸い、最近は、スラム上がりや難民上がりの初心者探索者が多いので、ライバルにはことかかないだろう。切磋琢磨による成長を期待したい。


 ラッキーには、俺のアイコンタクトが通じたようだ。


「ゴン兄。無理言わないで」


 ラッキーが、俺と王子の間に入ってくれた。


「だがな」


 ゴンベッサは、さらに言いつのろうと反論しかけた。


 待てよ。


 俺は、思いついた。


「ここにエリクサーはあるか?」


 俺は、商売の最終目的を口にした。


 本業第一だが、十分以上の見返りが見込めるのであれば、副業もやぶさかではない。


 そもそも、その本業は、エリクサー入手のためである。


「くれとは言わん。売ってくれればいい。城の宝物庫にあるだろう?」


 俺は、かまをかけた。


 俺とヴェロニカの、エリクサー入手に向けた考えはいくつかある。


 第一に、オークションで競り落とす。


 第二に、オークション会場から奪う。


 第三に、オークション落札者から奪う、の三手法だ。


 オークションしか想定がないのは、他に確実なエリクサーの在りかを知らないためだ。


 もし、所有者と在りかを知っていたならば、この三年の間に奪いに行っていただろう。


 けれども、オークション会場であれば、確実に現物が持ち込まれる。


 問題は、いつどこでオークションが開催されるか、日付も場所も決まっていないこと。


 少なくとも俺の知る限り、この三年間でエリクサーのオークションは開催されていなかった。この先、何十年も開催されない可能性もある。


 実際のエリクサーの流通は、所有者と次の所有者の間で、秘密裏に相対で交渉が行われて、取引されているらしかった。


 その所有者がわからないのだから、奪いに行くも何もない。


 どうせ奪うという選択肢があるならば、購入費用を稼がなくても良さそうな気がするが、そもそもオークションに参加するにあたって、落札時の支払い能力を担保するため、莫大な供託金が必要となるのだ。


 オークション参加者にならなければ、オークション会場に入れないのだから、奪うも何もない。


 オークションには、それ相応の護衛がついているので、まったくの外から侵入して奪うというのは、俺でも無理だ。


 会場の内側からでも難しいだろうことは、間違いない。


 現役時代のヴェロニカクラスの護衛がついているとなると、ちょっと無理だ。


 唯一、俺が知るエリクサーの確実な所有者は帝国だが、帝国の護衛集団を俺が一人で相手どるのは不可能だった。


 それに帝国のどこの宝物庫に現物があるかまではわからない。


 だが、この城の宝物庫にエリクサーがあるならば、万が一、買い取るには金が足りなくても奪い取れる。


 何としてでも、俺は、ヴェロニカを治してみせる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る