第124話 有利

               17


 ラッキーとプラックの帰還。


 ミキとの対面。


 ラッキーとプラックの婚姻の承認。


 ラッキーの辺境伯就任。


 王の退位。


 ゴンベッサの即位。


 王家とストーンヘッド家にとって、立て続けにビックイベントが発生した。


 国としての大規模な式典は、いずれ別にやるらしいが、新王の即位を発表した晩、両家の身内だけを集めて、王族としては、とてもささやかな晩餐会が城の大広間で開催された。


 先日城の凍結でお流れになった、ラッキーとプラックの帰還を祝う晩餐会の仕切り直しだ。


 ラッキーとプラック、それぞれの親兄弟と、その妻子が出席している。


 それと俺だ。


 俺としては、ティップとゲイル、例の侍女らと一緒に、護衛として、部屋の壁際に立っていたかったのだが、なぜか参加者の側であり、皆に囲まれる羽目になっていた。


 せっかく御馳走を用意されても、俺には味なんかわからないのに。


 俺にとって食事の基準は、満腹か空腹かだ。


 美味いか不味いかではない。


 肉体を動かすために、必要な栄養素が足りているかいないかが肝心だった。


 だから、御馳走を並べて、味の話をされても、ありがたみが感じられない。


 また、こういう宴席の場で、皆が毒物を盛り合うのも理解に苦しむ。


 なぜ酒だけは、毒物の中でも、特別扱いされるのかがよくわからない。


「そこへボッタクルが現れたのよ。神かと思ったわ」


 ラッキーが、地下九階で遭難した『幸運と勇気ラッキー・プラック』を、俺が助けた際のエピソードを、元王たちに語っていた。


 本日、三回目だ。


 聞く方も三回目のはずだが、まさか、前二回については、既に記憶から消えたのか?


 初めて聞く話であるかのように、元王たちは、喜んで話を聞いていた。


「旦那さんは、とても強いんです」


 補足するように、ミキも同じ話を、おじいちゃまたちに語っていた。


 母方のおじいちゃまだけではなく、父方のじいじにも語っている。


 プラックの父親、ストーンヘッド前公爵だ。


 現在のストーンヘッド公爵は、長男であるプラックの兄だった。


 ミキの呼び分けとして、元王と元王妃は、『おじいちゃま』と『おばあちゃま』。前ストーンヘッド侯爵と夫人は、『じいじ』と『ばあば』と呼ぶことに、緊急家族会議で決まったらしい。


 ミキは、『おじいちゃま』と『じいじ』の間を、行ったり来たりして、お酌をしていた。


 ラッキーとプラックの兄弟の子供たちは、皆、ミキよりも大きかった。


 少なくとも、十歳は全員超えている。


 だから、『おじいちゃま』と『じいじ』にとっては、ミキが、一番幼い孫だ。


 ミキのお酌のお陰で、年寄りたちの酒量は普段より増えているようだ。ペースも早い。


 元王は、領主初心者のラティマーの相談役兼探索者として、ラティメリアに移り住むと公言していた。


 ラッキーとプラックが、物凄く嫌そうな顔をしていた。


 対照的に、ゴンベッサは、あからさまに、ほっとした表情だ。


「あたしは嫌ですよ」と、元王妃。「行くなら、あなた一人で行ってください。まだ、何もないとこなんでしょ?」


「あたいらの家すらない」


 ラッキーだ。


「絶対、嫌」


 元王妃は、舌を出した。


「ついてこんでいい。私は、一探索者としてダンジョンに潜るのだ」


 元王は、断言した。


 それから、ストーンヘッド前公爵に問いかけた。


「ストーンヘッドはどうする? もう謹慎はといたのだろ?」


「その話はするな」


 ストーンヘッド前公爵が、元王をしかりつけた。プラックの父親だ。


 プラックとゴンベッサがそうであるように、この二人も、かつての御学友であるらしい。


「謹慎? 父上、何かされたのですか?」


 プラックが、父親に問いかけた。


「お前がな」


 プラックの兄である、現在のストーンヘッド公爵が、代わりに説明した。


「お前の出奔後、父上は俺に家督を譲ると、自主的に謹慎をすると宣言し、この十年間、一歩も家から出ようとしなかったのだ。今日は、十年ぶりの外出だ」


「馬鹿。やめんか」


 ストーンヘッド前公爵が、長男もしかりつける。


「私が、ストーンヘッド家に非はないといくら言っても、他家に示しがつかんからと、頑固者が譲らなかった。今回、お前らが戻らねば、死ぬまで家に閉じこもっていただろう」


 元王が補足した。


「それは」


 プラックが、絶句したまま、固まった。


 ラッキーも、驚いた顔をしていた。


 ストーンヘッド前公爵は、照れたような不貞腐れたような、微妙な表情だ。


「で、行くのか、行かんのか? 謹慎は終わったんだろ」


 面白がった様子で、元王が畳みかける。


「行く」


 ストーンヘッド前公爵は、元王の誘いに応じた。


「ダンジョンの実物を見てみたい」


 ストーンヘッド前公爵夫人が、悲鳴を上げた。


「ひきこもりが、いきなりそんなことしたら、死んじゃいますよ。それこそ、百斬丸さんに護衛でもしてもらわないと。ねぇ、どう思います?」


 ストーンヘッド前公爵夫人は、急に俺に話を振った。


 探索者に護衛をつけるなんて、あり得ない。探索者は、護衛につく側だ。


「探索者の生死は自己責任だ。自分の身は自分で守るしかない。俺が地下で護衛対象を見捨てない保証がどこにある? 見捨てるどころか俺が身ぐるみを剥ぐかも知れない。『幸運と勇気ラッキー・プラック』は、自力で生き延びていたから助かったんだ。俺が見つけるまで生き延びていたのは、二人の力だ。護衛の有無じゃない」


 ストーンヘッド前公爵夫人の顔が、真っ青になった。


『死んじゃいますよ』と口にしておきながら、自分の言葉が、いかに的を射たものか、ピンときていなかったのだろう。


 ラッキーが、俺の後に続いた。


「ダンジョンで一番出会いたくない魔物は他の探索者だ、ってのは、よく聞く話ね。場合によっては同じパーティーの仲間が一番怖い。あたいにとってプラックがいてくれたのが、ラッキーだった。もし一人なら初日で死んでた。地下に潜るってのは、そういうことよ」


 酔っ払いとは思えない、神妙な口調だ。


 元王は笑った。


「となると、少なくとも信頼できる仲間がいる私は、有利なスタートが切れるわけだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る