第123話 王冠
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三日後。
凍結から解放された城の中庭に面したバルコニーに、王、ゴンベッサ、ラッキー、プラックが、煌びやかな衣装に身を包んで立っていた。
ラッキーもプラックも、いつもの探索者姿ではない。
然るべき王族然、貴族然とした格好だ。
中庭には、大勢の王都の市民たちが集まり、バルコニーを見あげている。
王から市民へ、重大な発表が成されるという、触れ込みだった。
俺は、ミキと一緒に、バルコニーの内側の室内から、ラッキーたちの様子をうかがっていた。
ミキも、煌びやかな衣装だ。
俺だけが、いつもの探索者の身なりだった。
「諸君」と、王が居並ぶ市民たちに声を掛けた。
「皆に、我が娘であるラティマー・セロ・オルニトレムス、ブロック・ストーンヘッド両名の帰還を報告できる日がきたことを喜ばしく思う」
王は、良く通る声で、市民たちに語り掛けた。
「十年前、私はラティマーに、我が国にとって内側の辺境たる迷宮都市の探索を命じ、ブロックと共に王都から送り出した。このたび、ラティマーから、迷宮都市に流入する難民たちの食料問題を解決し、壁外に新たな街を築くに至ったという報告を受けた。戦を行わずして、領土を得たに等しい功績だ」
王は、聴衆を見回した。
「そこで、私は、ラティマーの功績をたたえ、壁外都市に『ラティメリア』の名を冠し、ラティマー・セロ・ラティメリア辺境伯に任ずるものである」
市民たちが、一斉に沸いた。
うおお、という雄叫びのような声が、中庭から上がった。
先日の、ストーンヘッド通りでの騒ぎは、まだ市民の記憶に新しい。
口々に、「ラティマー」や「ブロック」という、二人の名を呼ぶ声が、連呼された。
王の脇に控えていたゴンベッサが、旗竿に巻き付けた状態の旗を、王に渡した。
戦の際、馬上で翻すための旗だった。
王は、丸まったままの旗を両手で持つと、ラッキーに差しだした。
ラッキーは、両手で恭しく旗を受け取った。
ラッキーが、バルコニーの前面に立って、旗竿をバルコニーから突き出させた。
プラックが進み出て傍らに立つ。
ラッキーとプラックで、旗竿を握った。
ヴェロニカがいれば、「二人の初めての共同作業ね」ぐらい言いそうだ。
ラッキーも言いそうな気がする。
最近、ラッキーの振る舞いが、どんどんヴェロニカに似てきたと、プラックが、ぼやいていた。
どこにぼやく必要があるのか、俺にはわからない。
ラッキーとプラックは、旗竿に巻き付けられた旗を
巻かれていた旗が解けて、旗竿から、だらんと垂れた。
ラッキーとプラックで、旗を振る。
四枚の葉が剣になったデザインの、四葉のクローバー。
四葉のクローバーは、幸運。剣は、勇気の象徴だった。
『
ラティメリアの旗印だ。
慌ててデザインして、職人に徹夜で作らせたのだ、と、ラッキーが言っていた。
中庭から再び歓声が沸き上がった。
「ラティマー」、「ブロック」と連呼された。
「ミキ」の名も上がる。
自分の名を呼ばれてミキが、驚いたような顔をした。
「ミキ」、「ミキ」、「ミキ」と、「ミキ」を呼び出そうとするかのように、連呼は続いた。
中庭にいる人々は、誰が城を凍り付かせたのか、全員、知っていた。
ラッキーとプラックが、顔を見合わせて、にやりと笑った。
「ミキ」と、ラッキーが、ミキを呼んだ。
二人は、もともとそのつもりで、ミキにも煌びやかな衣装を着せていた。
俺は、ミキの背を軽く押して、バルコニーに送り出した。
ラッキーとプラックの間に入って、二人と一緒に、ミキも竿を握った。
ラッキーが、ミキの耳元に何事か囁いた。
こくん、と頷くミキ。
「氷縛」
ミキが握る手の先から、竿先が白いもこもことした氷で覆われ、旗が一枚の板であるように凍結した。
凍結は、そこで止まった。
だらんと垂れさがらなくなったので、振らなくても、旗のデザインが、よく見える。
ミキとラッキーとプラックで、中庭に向けて旗を掲げた。
旗はたなびかぬが、中庭に雄姿を見せつけていた。
ラティメリアの旗。
『
「ラティマー万歳」
「ブロック万歳」
「ミキ万歳」
「ラティメリア万歳」の声が、何度も上がった。
ラッキーたちは、ひとしきり中庭に手を振ってから、後ろに下がった。
ラッキー、プラック、ミキの三人は、そのまま、俺のいる場所まで戻って来た。
バルコニーには、王とゴンベッサしか残っていない。
王が、バルコニーの前面に出た。
いつのまにか、王は、王冠を頭に載せていた。
王都っ子であっても、普段、あまり見る機会のない王の姿に、市民たちは沈黙した。
王は、静かに口を開いた。
「今日は、年寄りが治世を終えるには、またとない良い機会だ」
ゴンベッサが、王の前に進み出て片膝をついた。
「この機に、ゴンベッサに王位を譲る」
王は、自分の頭から王冠を外すと、向きを変え、ゴンベッサの頭に載せた。
「オルニトレムスを頼む」
「誠心誠意」
元王が、新王に立つように促した。
元王と新王が並んで、バルコニーから、市民に手を振った。
突然のことに、市民たちは、虚を突かれたようだった。
一瞬の後、爆発的に声が上がった。
「オルニトレムス万歳」
「ゴンベッサ王万歳」
繰り返される歓声の中、元王とゴンベッサが、俺たちのいる場所まで戻って来た。
「ご苦労様」
ラッキーが、ゴンベッサを軽く小突いた。
ふう、と、ゴンベッサが息を吐き、王冠を頭から降ろすと、抱き抱えた。
この日、王都の市民たちは入れ代わり立ち代わり中庭に入り、警備の兵たちもそれを咎めなかったため、連呼は、バルコニーに誰もいなくなってからも、ずっと続いていた。
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