第122話 ぼっちゃま

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「あれっ、ちっちゃい王子様やお姫様たちって、どなたか、魔法がお使えに?」


 店主が、疑問を口にした。


 ゴンベッサ王子とその兄弟は、『おっきい王子様』、彼らの子供たちは、『ちっちゃい王子様』や『ちっちゃいお姫様』と、市民から呼ばれているらしかった。


「ラティマーの子よ」


 王妃は、饒舌だ。


「任務で、ずっと探索者やってたんだけれど、今日、戻って来たの」


「探索者?」


 店主は、ラッキーを見た。


 この場に、女探索者の出で立ちをした者は、一人しかいない。


「もしかして、ラティマー様ですか?」


 ラッキーは、にこりとした。


「と、ブロック・ストーンヘッドよ」


 ストーンヘッド夫人が、プラックを押し出した。


「ちょっと母上」


「おお!」


 店主は、呻き声を上げた。


「ということは、そちらのお嬢様が、お城を凍らせたお孫様?」


 店主は、ミキを見た。


「「ミキよ!」」


 おばあちゃまたちが、ミキも押し出す。


「ミキです。ラティマーとブロックの娘です」


 ミキが、店主に丁寧にお辞儀をした。


「これは、ご丁寧に」


 店主も、ミキにお辞儀を返す。


 話しながらも、肉を焼く手を止めないあたりは、さすが、プロだった。


「あ、そのいいんですか? こんなもの、王族の皆様が食べたりして」


 店主が、ラッキーに串焼きを手渡しながら言った。


 次いで、ミキ、王妃、ストーンヘッド夫人、プラックへも渡していく。


「何で? 毒なんか入ってないでしょ? こんないい匂いさせといて、食べるなって、どんな拷問よ」


 ラティマーは、ちらりと俺を見た。


 俺は、ラティマーに頷いた。


 毒なんか入ってない。


 ラティマーは、豪快に串焼きに齧りついた。


「うん。うまい。腹減ってたのよね」


 既に、ミキも串焼きに口をつけている。


「おかあさまも冷めないうちに」


 ラティマーが、串焼きの串を持ち、どうしたものか、と思案顔の王妃に、食べるよう促した。


 王妃が、意を決した様子で、串焼きを頬張った。


「あら、おいしい」


「そりゃあ」と、店主は、鼻高々だ。


 プラックが、自分も食べつつ、母親にも串焼きを食べさせていた。


 皆、口の周りが、たれ・・で、べとべとだ。


 俺たち、お付きの者へも串焼きを渡そうとする店主に対して、侍女が、包んでください、とお願いした。


 ティップとゲイルが、群衆の押し返しで手が離せないため、お金も侍女が払おうとする。


「いいわよ、おごるわよ」


 ラッキーが、串焼きを口にくわえて、懐から財布を取り出した。


 まったく、お姫様らしくない振る舞いに、店主も侍女も、ぎょっとしていた。


「とんでもない。お代なんかいただけませんよ」


 店主は、お付きの者の分だけでなく、屋台で焼いていた残りの串焼きをすべて集めると、手早く油紙で包んだ。十本以上ある。


「ラティマー様は、これまで探索者を?」


「そ。迷宮都市でね」


 食べている串焼きと財布を、左右の手で持ちながら、ラッキーが答えた。


 店主は、串焼きの包みを、恭しく、ラッキーに差しだした。


「こんなものでなんですが、これはラティマー様たちが無事にご帰還されたお祝いです」


「ありがとう。遠慮なくいただくわ」


 ラッキーは、財布を小脇に挟んで、包みを受け取った。


 その包みを、ミキに渡そうとする。


「『はいたつくん』にしまってちょうだい。もう一人のおじいちゃまへのお土産よ」


 プラックの父親のことだ。


 ラッキーは、ミキの串焼きを預かり、包みを渡した。


 ミキは、「ありがとうございます」と、店主にお礼を言った。


 ミキは、慣れた様子で、『はいたつくん13号』のカバーを開け、中の仕切りの一つに包みをしまった。


 店主は、珍しい物を見る目で、『はいたつくん13号』を見つめている。


「それは?」


「運搬用ゴーレム」


「ほお」と、店主は感心しながら、ミキが、包みをしまい終わり、ラッキーから串焼きを受け取るまで、様子を見届けた。


 しまい終わるや、


「では、僭越ながら」


 と、なぜか、店主は、屋台の前に出てきた。


 ティップとゲイルに押し返されている、群衆たちのほうに背を向け、ラッキーとブロックに向き合った。


 店主が、大声を張り上げた


「ラティマー・セロ・オルニトレムス様、ブロック・ストーンヘッド様のご帰還を祝して、万歳!」


 店主は、両手を振り上げた。


 近場にいた群衆たちには、一連の会話が耳に入っていたようだ。


「万歳」、と、群衆たちが、一斉に同じく両手を上げた。


「万歳」、「万歳」と、何度か、「万歳」を繰り返す。


 一瞬、驚いた顔をしたが、ラッキーとプラックは、慣れた様子で手を振って群衆の「万歳」に応えた。


 その頃には、群衆の後ろのほうまで、どういう「万歳」であるかの意味が伝わったらしく、群衆は、口々に、ラティマーやブロック、ストーンヘッドなどと連呼していた。


 さすがに、人数が多すぎる。


 悪意は感じないが、悪意なく、突っ込んできてしまいそうだ。


 俺は、『はいたつくん13号』に指示を出した。


「『はいたつくん13号』、群衆を近寄らせるな。ただし、殺すなよ」


 確か、殺さなければ、何をしてもいいはずだ。


『はいたつくん13号』は、荷車体型から体を起こし、人型に変形した。


 自ら前に進んで、ティップとゲイルの脇に立つ。


 鋭く尖った、かぎ爪を振り上げた。


 先頭付近の人たちの輪が下がる。


「危ないぞ。もっと下がれ」


 ティップが、声を上げた。


 さらに、人々が、少し下がった。


 一息つけた。


 俺が、威圧をしても良かったが、それだと失神したり、下手をしたら心臓を止めてしまう者が出る。


 それじゃ駄目だ。『はいたつくん13号』で脅すぐらいが、ちょうどいいだろう。


「道を開けろ」


 ティップが、列の先頭に立った。


 その後ろに、『はいたつくん13号』。俺たちは、さらに後に続いた。


 俺たちの進行に合わせて、割れていく人混みの中を、俺たちは進んだ。


 ストーンヘッド邸に到着するまでには、他にも沢山の屋台がある。


 ラッキーは、一つ一つ屋台を律儀に覗き込み、声をかけた。


 屋台のほうでも、騒ぎの理由がわかっているらしい。


 どこも、自分の商品を包んだ物を、ラッキーに差しだし、「ご帰還、おめでとうございます」などと、声をかけていた。


「やめてよぉ、あたいが、催促して回ってるみたいじゃん」


 もう一人のおじいちゃまへのお土産が、どんどん増えていく。


 ラッキーは、店主らと笑い合った。


 王妃とストーンヘッド夫人、ミキも話の輪に加わっていた。楽しそうだ。


 プラックは、かしましい女たちの輪の中で、よく耐えていた。


 俺は、プラックを尊敬した。


 ラティマーやブロック、ストーンヘッドなどと連呼し、ぞろぞろと後に続く、群衆の声と列は、ますます大きくなっている。


 すっかり、凱旋パレードと化していた。


 俺たちは、ラティマーとブロックの名が連呼される中、ストーンヘッド邸の門に至った。


 先に連絡が行っていたため、大きく開け放たれた門の先には、門から屋敷までの道の左右に、ストーンヘッド邸の使用人たちが列を作って並んでいた。


 もちろん、プラックの帰還待ちだ。


 ティップと、『はいたつくん13号』が、脇に避けた。


 俺からは、特に指示は出していない。


 ゴーレムなのに、時々、空気を呼んだ動きをする奴だった。


 プラックが、ミキを肩車した。


 ラッキーが、プラックの左に並んだ。


 三人は、ストーンヘッド邸の門を潜った。


「只今戻った」と、プラック。


 最前列にいた年老いた執事と思しき男が、頭を下げた。


「おかえりなさいませ、ブロックぼっちゃま」


 使用人たちが、拍手をした。


 俺たちの背後の群衆たちからも、一斉に割れんばかりの拍手が上がった。


 プラックの後に続いたストーンヘッド夫人は、息子の凱旋に感極まって泣いていた。


 王妃が、ハンカチを渡している。


 この日以降、城からストーンヘッド邸までの道は、『ストーンヘッド通り』と呼ばれるようになったそうだ。


 通りに並ぶ屋台の数も、倍に増えたという話だった。


 後日、最初の串焼き屋は、『ラティマー様が、帰還後、最初に寄った屋台』として、王都の観光名所になったらしい。


 本来は、毎月、くじ引きで場所を決めるところ、お城から一番近い場所が、固定で定位置になったそうだ。


 会議中の王と王子たちが、パレードの騒ぎを聞きつけ、絶大なラティマー人気に頭を抱えたとかそうでないとか。

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