第2話 後悔だけはしたくなかった


 あのとき、俺はすぐにクラス召喚に遭ったことがわかった。


 マンガの中で見たことがあるような、偉そうな王侯貴族や兵士たち。

 足元には、いかにも召喚しましたって感じの魔法陣だ。

 ちょっと違うのは、その場にバカっぽい女神がいたことぐらいだった。


 それでやつらがその女神リーナを褒め称えているうちに、俺は自分のステータスを確認した。



 さくらが言う通り、俺は暗黒魔法士で2つの力があった。


 1つがマジックドレインで魔力を吸い取る力。

 もう1つが時間停止10秒だった。

 10秒あれば充分だった。


 アイツらがリーナにゴマすりして油断している間に、俺は時間停止10秒を使った。

 これで俺の魔力はすっからかんになった。



 次にやったのは、俺が魔力を使ったことを感じ取れそうな魔法使いの爺さんを始末することだった。

 殺すとややこしくなるので、魔力を全部吸い取ってやった。

 1回のドレインでは無理だった。


 だから時間切れになる前に吸引した魔力でもう何度か時間停止10秒を使い、爺さんをからっけつにした。

 その次はクラス召喚を喜んで受け入れそうな佐藤の魔力を吸い取った。

 だからアイツらは倒れたんだ。



 最初の意見って結構重要だ。


 その時肯定的な発言があれば、ちょっとやってみようかなって気持ちが芽生えないともかぎらない。

 佐藤は絶対ハーレムだのなんだのと、周りをあおるに違いなかった。


 後から反対しても、クラス召喚の未来は多数決で決まるからな。



 でもさ、よく考えてみてくれ。

 ハーレムなんて作る前に、厳しい訓練受けて奴隷みたいに戦わされるんだぞ?


 ちょっとウザいと思っていた親や学校と離れられるかもしれないが、今まで当たり前だった安全な暮らしや美味しい食べ物はなくなるんだ。

 逆らったら殺されるかもしれないし、寄ってくる女はアイツらの懐柔策でスパイの可能性も高い。


 その女たちは金や家族の命と引き換えに、足を開いてくるだけなんだ。

 そこに恋愛の要素なんて入るはずもない。

 むしろ憎まれていると思った方がいい。

 何かあれば薬や魔道具を仕込んで、人格を奪われることもあるかもしれない。



 だから遠慮なくリーナ以外の全員から魔力をドレインした。

 クラスメイトたちからもだ。

 もちろん倒れないように注意して、向こうのやつらに怪しまれない程度にだ。

 さすがに女神の力に触れるとおかしな変化があるかもしれないから、リーナはやめておいた。


 その間、時間停止が切れないように何度もかけなおしているうちにレベルアップした。

 時間停止が1分になり、他のスキルも身につけられるようになった。



 それで鑑定を身に着けて、全員のステータスを知った。

 流星は勇者、さくらは聖女、そしてユキは性奴隷だった。


 ショックだった。


 俺とユキは少し前に初エッチを済ませたばかりで、とても性的に支配してるとは言い難かった。

 しかもそのときの彼女の幸せそうな様子が、演技だったかもしれないなんて信じられなかった。

 でもある程度の要素がないと、ジョブにならない……。


 だからと言って、俺はユキを性奴隷なんかにする気はなかった。

 


 マンガの主人公みたいにいい目を見るヤツはいても一人だ。

 能力値から見て、佐藤でないのは間違いない。

 俺は出来たかもしれなかったが無理だった。


 流星とさくらは確実に囲い込まれ、引き離される。

 ユキはひどい目に遭って発狂するだろう。

 俺はその3人を見捨てられずに、嫌々戦わされるんだ。


 異世界で勇者になるなんて、百害あって一利なしだ。



 だから部屋の外に出て、他のヤツらの魔力をドレインしたんだ。

 俺はどんどんレベルアップして、隠蔽も偽装もアイテムボックスも、その他のスキルだって必要なものは全部手に入れた。

 とうとう魔力どころか、生命力ライフまでドレインできるようになったんだ。



 クラス召喚には本当に窮状にあって最後の手段としてんだ場合と、ただの戦力として誘拐されるケースがあるが、今回は後者の方だった。

 全然困っている様子がない、むしろ豊かな方だった。

 それでヤツらの宝物庫の武器や金目のものを奪ってやった。

 慰謝料だ。



 時間停止の能力もどんどん伸びて行った。

 ちゃんと計算してないけど、俺は向こうで数年以上時間を止めていたんだ。


 孤独で辛かったが、友達と恋人を失って後悔だけはしたくなかった。



 時間を止めている間、ダンジョンにも足を運んで魔獣討伐もした。

 ドラゴンだって、強そうな魔族だって倒した。

 時間停止中のライフドレインは最強なんだよ。

 それでさらにレベルアップした。


 ただ時間が止まっているから、ドロップは出なかったけどな。

 それは残念だった。



 そして俺は暗黒魔法士からどんどん転職し、とうとう魔王になった。

 リーナを倒せるぐらいの存在になったのだ。



 


 俺は全ての隠蔽工作を済ませた後、時間停止を解いた。

 最初に賢者のじじいが倒れて、佐藤が倒れた。


 それからは知っての通りだ。



 ただちゃんと元の体に戻しておいたはずなのに、これまでの経験から来る変化が大人っぽさとしてにじみ出てしまった。

 ユキがすぐに気が付いてヤバいと思ったが、寝不足程度で納得してくれた。



 時間停止を解除してから、ユキの性奴隷の件はリーナのせいだったとわかったときは怒りを抑えるのに苦労した。


 お前とユキは全くに似ていない!

 キャラかぶりって童顔と巨乳だけだろーが‼


 やっぱりリーナは殺しておくべきだった。

 俺がNTRに遭ったのかもしれないと、悩んだ時間を返してほしい!



 だが俺はアイツに手は出さなかった。

 神は魔王と違うことわりで生きている。

 神として存在するためには信仰心が不可欠で、それが力の源になる。

 だから信者が減ることを一番に恐れる


 もし俺たちが全員雑魚だったら、リーナの信徒から信仰心が消えてしまうと踏んだ。

 そのときに彼女が女神としてどうするかによって決めようと思ったのだ。



 彼女は賢明にも俺たちを元の世界に戻して、別の召喚を行うことにしたのだ。

 アイツがやらなければ俺がみんなを連れて戻るつもりだったが、手間が省けた。


 他の世界のヤツらがどうなろうとかまわない。

 人でなしと言うなら言え!


 俺はもうすでに人ではなく、魔王なのだから。



 ただアイツを殺さない代わりに徐々に信仰心が薄れるように、あの国の人間らに暗示をかけて細工した。

 あそこで王たちがリーナを責めだしたのも俺の細工のおかげなのだ。



 そしてユキのジョブだけは、ヤツらの寿命を使ってしっかりと調理師に書き換えておいた。

 俺たちを勝手に喚び出した王も王女も、1年たたずに死ぬのだ。

 宝物庫にあるはずの金も金目のものもないから、どうすることもできないだろう。


 俺の大事な人にそんな汚らわしいジョブをつけたことは、ヤツらのせいでなくても許せなかったし、誘拐犯は報いを受けるべきだ。



 ただ流星はまだ勇者だし、さくらは聖女だ。

 他のやつらもそのままだ。

 さすがに全員の書き換えはしなかった。


 ヤツらの命を代償に使うだけならいいが、俺の魂が少しずつ穢れてしまうのだ。

 穢れが多くなると自分でコントロールできなくなる。

 でも1度くらいなら問題はない。



 クラスメイトたちの魔力は俺が紐づけしているから、ずっとドレインしている。

 だからスキルが大きく目覚めることはない。


 多少流星の剣の腕が向上したり、医師を目指しているさくらの治療で助かったりする人が増える程度だろう。

 他のやつらも、その微チートに助けられて生きて行ける。


 そのくらいなら、みんなへの慰謝料ってことでいいはずだ。

 もしその力を悪用して人間で抑えられなくなったら、俺が始末する。



 俺はこれからも流星とさくらと仲良くして、ユキと穏やかな家庭を持てればそれでいい。

 

 あの異世界での過酷で孤独な時間を救ってくれていたのは、この3人との思い出だけだった。

 時間停止が30分に伸びるまでは、何日も眠ることができなかったんだ。

 それだってスマホのアラームを掛けたのに時間前に起きるぐらい緊張してたしな。


 それでも頑張れたのは、リーナの仕業で悩んだけど俺が流星とさくらをを信じているから、ユキを愛しているからなんだ。




 今後のことは自己管理を徹底して魂を穢さないようにしつつ、たまーに魔力をぶっぱなしに異世界に転移するぐらいだ。


 そのうち信者を失って、弱り腐ったリーナを始末しよう。

 それで俺を追跡できる神もいなくなる。



 それが俺の幸せ、みんなの幸せなのだから。


------------------------------------------------------------------------------------------------

透の時間停止は、透自身と身に着けているもの以外のすべての時間が止まるものです。

スマホの充電はドレインで吸った魔力で変換しました。

制服は傷まないように早い段階でアイテムボックスに収納していました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

10秒あれば充分だった さよ吉(詩森さよ) @sayokichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ