テレパシー・ブロッカー

日和崎よしな(令和の凡夫)

テレパシー・ブロッカー

 とある中学校にて、給食準備時間のこと。

 教室の窓際まどぎわに人だかりができていた。


「なになに、どうしたの?」


 早怜はやとき真実まみ興味津々きょうみしんしんで近くにいた女子に声をかけた。


相頭あいず兄弟がテレパシーでトランプのマークと数字を言い当てるらしいよ。もしそれを妨害できたら、賞品として今日の給食のデザートをくれるんだって」


 それを聞いては黙っていられない。今日のデザートは早怜はやとき真実まみの大好物、プリンである。

 早怜はやとき真実まみは気合を入れるように左右の三つ編みオサゲをにぎり、黒縁眼鏡くろぶちめがねをキラリと光らせた。


 ツーブロックヘアーにキメた、目力めぢからの強い兄の流意るい

 髪をツンツンに逆立てて、タレ目気味な弟の信五しんご

 それぞれに自己主張の強い相頭あいず兄弟は双子である。

 多少の差異さいはあるものの、顔の雰囲気ふんいきは非常に似ており、二人がテレパシーなどと言いだしても違和感はなかった。


 二つの机を向かい合わせにしている相頭あいず兄弟は、互いにうなずき合った。


「給食開始の時間まで五分。一人一回まで。早いもの勝ちだよ」


 兄の流意るいがそう呼びかけてから、相頭あいず兄弟はデモンストレーションを開始した。


 まずは弟の信五しんごがうつむいてからひたいに両手を当てて前方に壁を作った。

 兄の流意るいがトランプの山をシャッフルし、その中から一枚を引く。それを裏にしたまま机の中央に伏せ、残りを机のはしに置いた。


「この一枚のトランプを俺だけが見て、テレパシーで信五しんごにマークと数字を伝えるよ」


 兄の流意るいはトランプを机のはしまで引きずって取ると、その表面をジーッと見つめ、そして目を閉じた。


 そうして約五秒後。


「送った!」


「来た!」


 相頭あいず兄弟が連続でそう言うと、弟の信五しんごが顔を上げて「スペードの4」と言った。

 兄の流意るいが手に持っていた一枚のトランプを周囲に見せる。


「おぉーっ!」


 歓声かんせいが上がる。正解だった。トランプのマークはスペード、数字は4。

 感動して拍手する者もいた。


「はい! 俺やりたい!」


 さっそく名乗りを上げたのは男子の音賀おとが那糸ないと。兄の流意るいが彼にうなずいた。


「オーケー。じゃあ始めるよ」


 相頭あいず兄弟はアイコンタクトを取ると、トランプのシャッフルを開始する。

 弟の信五しんごがうつむいてひたいに両手を垂直に当てた。


「俺は音で合図しているんじゃないかと思うんだよね」


 音賀おとが那糸ないとはそう言うと、両手で机を叩き始めた。


 兄の流意るいはさっきと同じようにして、机に伏せた一枚のトランプを自分の目で見て「送った」と言った。

 それを受けて弟の信五しんごが「来た」と言う。


 その間、音賀おとが那糸ないとはずっと机を叩き続けていた。


「ダイヤの11」


 弟の信五しんごがそう言うと、兄の流意るいがトランプをみんなに見せる。


「おぉー、また合ってる」


 周囲で歓声かんせいが上がる一方で、音賀おとが那糸ないと意気消沈いきしょうちんし、人だかりの外側へと身を引いた。


 歓声かんせいはしだいに考察こうさつに変わっていく。相頭あいず兄弟の周囲では、あーでもない、こーでもない、と多種多様たしゅたような悩ましい声が聞こえてくる。


「あと三分だよー」


 弟の信五しんごかすと、黒居くろい壁太かべたという男子が名乗りを上げた。


「道具を使ってもいいよな? それと、そのトランプ見せてもらっていいか?」


「もちろん、どちらもオーケーだよ」


 兄の流意るいは余裕のみをたたえ、トランプ一式を黒居くろい壁太かべたに渡した。


 黒居くろい壁太かべたがトランプを扇状おうぎじょうに開いてマークや数字を確認する。

 しかしマークも数字もバラバラで、並びにも規則性はなかった。


「トランプ自体に細工はなさそうだな……」


「じゃあ始めるよ」


 兄の流意るい黒居くろい壁太かべたからトランプを受け取ると、弟の信五しんごにうなずきかける。


「待った。さっき言っていた道具だけど、これを使わせてもらうよ」


 そう言って黒居くろい壁太かべたが持ち出したのは、真っ黒な下敷したじきだった。それを弟の信五しんごの真正面に垂直にかざす。


流意るいが何か合図を送っていて、信五しんごは指の隙間すきまからそれを見ていると思うんだよなぁ」


「オーケー。じゃあ、始めるよ」


 兄の流意るいがトランプのシャッフルを始め、弟の信五しんごはまたうつむいて両手をひたいに当てた。


 先ほどと同じ手順でテレパシーの送信まで終わり、弟の信五しんごが宣言する。

 さっきは顔を上げて宣言したが、今回はうつむいたままだし、正面に黒い下敷したじきがある状態での宣言だった。


「ハートの2」


 そして兄の流意るいが周囲に見せたのは、ハートの2だった。


 歓声かんせいは回を重ねるごとに小さくなるものの、まだき起こっている。


「残り二分」


「はい次、あたし!」


 次に手を挙げたのは女子の角里かくざと二世ふたよ

 彼女はおもむろに制服のカーディガンを脱ぎだした。


「さっきの黒居くろい君の下敷したじきは正面だけを隠していたけれど、窓の反射を利用して合図しているとしたら、横も隠さないといけないよね」


 角里かくざと二世ふたよは自分のカーディガンを弟の信五しんごの頭にかけた。

 これで正面も横も見えない。


「じゃあ、やるよ」


「あ、待って! シャッフルと一枚選ぶのは私がやってもいい?」


 角里かくざと二世ふたよが追加で提示した条件を、兄の流意るいは了承した。


 角里かくざと二世ふたよはトランプを受け取ると、入念にシャッフルした。そして誰にも見えないように一枚を抜き取って机の上に伏せた。

 これなら兄の流意るいが意図的に特定の一枚を選び取ることはできない。


 角里かくざと二世ふたようたぐり深く、さらに兄の流意るいの背後に回った。弟の信五しんごがマークと数字を言った後に兄の流意るいがトランプをすり替える可能性を疑ったのだ。


 兄の流意るいが机の上のトランプに手を伸ばす。


「ストップ! その手を大きく開いて両面見せて」


 角里かくざと二世ふたよはとことん兄の流意るいを疑った。

 手にトランプを隠し持っていて机の上のトランプとすり替える可能性をつぶしたかったようだ。


 兄の流意るいは机の上で両手を開き、くるくると手首を返して表面も裏面も見せてくれた。

 その後、サービス精神なのか、右手の人差し指だけでトランプを机のはしまで引きずり、人差し指と親指でそれをつまみ上げた。


 いままでどおり、黙ったまま五秒間ほど目を閉じる。


「送った!」


「来た!」


 弟の信五しんごの頭には角里かくざと二世ふたよのカーディガンがかかったままだ。

 警察に連行される容疑者のような状態のまま、弟の信五しんごはマークと数字を口にする。


「クラブの10」


 そして兄の流意るいが開示したトランプはクラブの10だった。

 彼の後ろにいた角里かくざと二世ふたよ異議いぎを申し立てないということは、後からトランプをすり替えるような行為はなかったということだ。


「さっぱり分からないわ。流意るい君の両手はずっと見えていたから、ポケットの中でスマホを操作することもできなかったはずだし」


 角里かくざと二世ふたよは完全に降参した。


 弟の信五しんご角里かくざと二世ふたよにカーディガンを返す。彼の顔は少し赤くなっていた。

 角里かくざと二世ふたよはその様子に気がつくと、ハッとして顔を赤くした。

 カーディガンから自分の匂いがしないか確認しながら、人の輪の外へ出ていった。


 もう歓声かんせいは起こらないが、ガヤが止まらなくなる。

 その中から聞こえてくる声は、テレパシー・トリックの看破かんぱあきらめるというものや、相頭あいず兄弟のテレパシーが本物だと信じるというものばかりだった。


 相頭あいず兄弟はうなずき合い、ニヤリと笑った。勝利を確信している様子。


「残り一分。次で最後だね」


 兄の流意るいがそう宣言した。


 なかなか声を上げる者はいない。「最後」という言葉が重荷となっている。

 最後のチャンスを使う責任は重大だ。

 もちろん、相頭あいず兄弟のテレパシーをあばいたところで報酬ほうしゅうをもらえるのは看破かんぱした一人だけなのだが、もはや相頭あいず兄弟とクラス全員による対決の様相ようそうていしている。


「あ、あの……。私、いいですか?」


 そんな空気におされながら、つつましやかに手を挙げる者が一人いた。


 早怜はやとき真実まみ。プリンに目がない女子。


「もちろん。早怜はやときさんも何か条件を付ける?」


 兄の流意るいが問いかけると、早怜はやとき真実まみは誰かを探すように後ろを振り返った。


「あ、はい。あの、黒居くろい君、その下敷したじきを借りてもいいですか?」


「お、おう」


 早怜はやとき真実まみ黒居くろい壁太かべたから黒い下敷したじきを手に入れると、それをどうするわけでもなく、手に持ったまま相頭あいず兄弟に「どうぞ」と言った。


 兄の流意るいは少し驚いた様子だったが、すぐに弟の信五しんごにうなずいて見せた。

 弟の信五しんごもうなずき返す。


「じゃあ、始めるよ」


 兄の流意るいがそう言うと、弟の信五しんごがうつむいて、正面に壁を作るようにひたいに両手を当てた。

 兄の流意るいがトランプをシャッフルし、その中から一枚を引いて裏にしたまま机の中央に伏せ、残ったトランプは机のはしに置く。


 兄の流意るいが中央に伏せたトランプへ手を伸ばしたとき、早怜はやとき真実まみ黒縁眼鏡くろぶちめがねが光った。彼女が動いたのだ。

 彼女は黒い下敷したじきを弟の信五しんご顎下あごしたに水平にえた。


 一瞬、兄の流意るいの手が止まった。早怜はやとき真実まみがいきなり動いたのでおどろいたのだろう。

 彼がいままでどおりトランプを机のはしまで引きずって手に取り、その表面をジーッと見つめ、そして目を閉じた。


 そうして約五秒後。


「送った」


「来た」


 相頭あいず兄弟が連続でそう言うと、弟の信五しんごが顔を上げ、おごそかに口を開く。


「スペードの3」


 兄の流意るいの後ろにいた者たちから歓声かんせいが上がる。


 兄の流意るい神妙しんみょう面持おももちで周囲にトランプの表面おもてめんを見せる。


 そこにあったのは――。


「ハートのエース‼」


 ハートの1であった。弟の信五しんごが言ったものとはマークも数字も違う。


「すごーい! どういうトリック? なんで分かったの⁉」


 近くの女子が早怜はやとき真実まみくと、相頭あいず兄弟を含めた全員が彼女に注目した。


 早怜はやとき真実まみは照れてうつむきながらも、黒い下敷したじきを黒居くろい壁太かべたに返却してから説明を始めた。


「人が何かを知覚できるのは視覚、聴覚ちょうかく触覚しょっかく嗅覚きゅうかく、味覚の五感によってのみです。今回のスートと数字の伝達手段として、まず嗅覚きゅうかくと味覚は除外していいと思います」


「スート?」


 誰かがいたので、早怜はやとき真実まみあわてて補足してから説明を続ける。


「あ、スートっていうのはマークのことです。あと、一枚のトランプはカードって言います。で、触覚しょっかくで伝えられるとしたら足だと思いましたが、足はいっさい動かしていないし、二人の足は触れていませんでした。だから触覚しょっかくでもありません」


「なるほど。で、聴覚ちょうかくの線は俺がつぶしたから残るは視覚のみってことだな?」


 音賀おとが那糸ないとが口をはさんだ。きっと自分も多少の貢献こうけんはしているとアピールしたいのだろう。


「そうです。音賀おとが君のおかげで聴覚ちょうかくでもないと分かりました。問題は視覚による伝達方法の可能性の幅が広いことです。でも、それも角里かくざとさんのおかげで方法をしぼることができました。カーディガンをかぶっていたとき、信五しんご君は下しか見えませんでした。それ以外のときも信五しんご君はずっと下を向いていました。だから、下を見ることでカードの情報を受け取っていたんです」


「でも、どうやって?」


 また誰かがいた。

 もちろん、早怜はやとき真実まみはそれについても説明する。


かがみです。流意るい君と信五しんご君、二人とも小さいかがみを四十五度にかたむけて太ももにはさんでいるんじゃないですか? 周りから見えないよう、できるだけ深い所で。太ももの下の方にはさんでいれば、真上から見なければかがみの存在は気づかれないはずです。それと、流意るい君が机のはしまで引きずってカードを取っていたのは、カードを水平な向きのままかがみに映すためです」


 相頭あいず兄弟はうなずき合った。

 観念かんねんしたように、二人とも太ももの間に手を差し込んで、そこからかがみを取り出した。長方形の小さなかがみだ。


「おおーっ!」


 歓声かんせいと拍手が巻き起こった。


 こうして、早怜はやとき真実まみはめでたくデザートのプリンをゲットした。相頭あいず兄弟の分なので、ゲットしたプリンは二つである。


「あなたたち、さっさと給食の準備をしなさい」


 担任の先生が声を張り上げた。

 テレパシーのトリックを説明しているうちに、給食の時間が押してしまっていた。


 しかし先生に怒っている様子はない。

 じつは先生もテレパシー看破かんぱバトルに見入っていたのだ。


 クラスの生徒たちはあわてて給食の準備にとりかかった。


 早怜はやとき真実まみの運ぶ給食トレイには、つゆにぬれた美味びみそうなプリンが三つ並んでいた。



    ―おわり―

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