4/4

 その日は現地解散ということで、二三ふみと近所に住んでいるらしいおさむは店の前で挨拶を済ませるとふたりで駅とは逆側の雑踏へと消えて行った。


「結構参考になったわー、なんでも聞いてみるもんね」


 すっきりした顔で言った凪志美なじみは隣に立っている秀子ひでこへ視線を向ける。


「アンタもっと彼氏に食い付くと思ったんだけどなんか静かだったわね」


「え、あー」


 凪志美なじみとは対照的にやや白けた表情の秀子ひでこ


おさむくんさあ、右手でカップ持ってたじゃん?」


「え、うん。そうだっけ?」


二三ふみちゃんは左手でカップ持ってたんだけどさあ、彼女普段はカップとかペットボトルって両手で持つのよね」


「はあ」


 秀子ひでこがなにを言いたいのかさっぱりわからない顔の凪志美なじみは気の抜けた返事で続きを促した。


「空いてた彼の左手と二三ふみちゃんの右手、凪志美なじみちゃんは気付かなかったみたいだけど机の下でいちゃこらしてたのよねあのふたり」


「あの場で?」


「あの場で」


 おさむ凪志美なじみの話を聞いて答えながら、二三ふみはその様子を横目で見つつ黙ったまま、それに気付いた秀子ひでこは敢えて水を差すでもなく生ぬるい目で三人のやりとりを眺めていたのだ。


「まあ、だから別になにってわけじゃないんだけどさあ?」


 秀子ひでこは呆れたような小さい溜息を吐いて、面白くなさそうに続ける。


「気付かれてないと思ってるんだろうけど、見せつけてくれるわね、って、思ってね!」


「それでだんまりだったわけね……」


 なるほど幼馴染に四苦八苦している凪志美なじみ以上に、そもそも狙いの相手すらいなくなってしまった秀子ひでこはそれは面白くなかったに違いない。


「今も私たちと別れてふたりでよろしくやってるのかと思うとさあ。いやあ恋心の前に殺意が芽生えてくるわ」


 そこまではそれほど気にしていなかった凪志美なじみも、さっきの相談や反応を話題にいちゃいちゃしているふたりを想像してしまい苦い表情を浮かべた。


「あ、私も芽生えてきたかも」


 しばし重い空気で佇むふたり。


「帰ろっか」


「そだね」


 大きく溜息を吐いて言ったのはどちらだったのか。


「あーあ、恋心以外はこんな簡単に芽生えてくるのに、恋心ってどこから生えてくるんだろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

凪志美ちゃんは良成くんに恋心を芽生えさせたい あんころまっくす @ancoro_max

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る