第3話 その転機は
喋らず考えをまとめると短く「裏口へまわれ」結果のみを伝える。むき出しの土をえぐってバスが急停車する。
「お前はここで警戒して待て」
「了解!」
瞬時に気配を探りバスから下車、裏口へまわり「ミリー!」呼びかける。中から様子を伺っていた彼女が裏口の鍵を開けて招き入れる。説明も無しで皆が待っている部屋へ戻った。そこでは不安一杯の観光客が伏せていた。
「バスを裏口に移動させました」
短く報告を行う。マッコール少尉の命令を待って眼前で気を付けをする。
「よし。バスに乗り込むんだ」
落ち着いているのを装っているのが解る。慌てても皆が不安を増大させるだけなので将校として正しい態度だ。
「敵は撃ってきてないし、ここで守った方が危険は少ないんじゃないか?」
二等兵――会社経営者の男が、変に刺激しない方が得策だと方針変更を求めた。どちらが正解かはなってみないとわかりはしない。
「いざとなればバスも使えるようになったし、確かにそっちの方がいいかも知れんな」
上等兵――体格が良い現役警備員の主任といっていた男がその意見を推す。マッコール少尉は難しい表情を浮かべた。
「貴様ら命令に従えんのか!」
ビダ先任上級曹長が一喝する。それに驚いたのはマッコール少尉も一緒だ。
「だがどちらが良いかなど――」
「馬鹿者! 将校が判断したのだ、お前らは黙って従え!」
反論を遮り肩を怒らせて大声で押さえつける。顔を少尉に向け「申し訳ございません少尉、兵が従わないのは自分の落ち度です。お叱りは後にいくらでもお受け致します」真剣に謝罪した。
「ビダ先任上級曹長、女性と年配者を先に乗車させるんだ」
「サー! イエッサー! 二等兵、誘導を行え!」
「……わかった」
この場は仕方ないと年下の下士官の言葉に従う。
「上等兵は俺と来い、正面入り口の警戒を行う。殿だ!」
「了解」
背は低い癖に妙な威圧感が激しいビダ先任上級曹長に睨まれ、威勢が良い現役警備員が文句を言わずに命令を受け入れる。
「一切の灯りを消して行動するんだ」
マッコール少尉がライトをつけようとした者に注意をした。以前なら意見を取り上げるかどうかで悩んでいただろう。命令通りに兵が動いているのでのびのびと考えを広げることが出来るのに心底驚いていた。
全員が乗車。バスの足元に所狭しと伏せて、一部は重なっていた。クラクションが鳴らされる。
――後は俺達だけか。発進の直前が一番危険になる。
上等兵の肩を叩いてバスに行くように仕草で命じる。彼は頷いて姿勢を低くしたまま駆けて行った。ビダ先任上級曹長は手近にある質量感たっぷりの物を集めると、あちこちに向けて投げながら裏口へ向かった。
ガラスが割れる音がした。それを耳にした敵が訝しむ。数秒だが状況を把握しようと努めた。
「発車させるんだ!」
最後の一人が乗り込んだ。マッコール少尉が運転手に命じる。ヘッドライトも無しで暗夜、知らない道を行くのはかなりの危険だが、ここを離れるのを優先する。
「上等兵は後方、二等兵は右方を警戒! 俺は左だ」
少尉の負担を軽減するためにビダが命じた。マッコールはどこまで無灯火で行くか、小銃の射程を素早く計算し、時速と照らし合わせ秒単位で指示を出す。
「ライトをつけてアクセルを踏め!」
「了解!」
運転手が遠明にしてギアをローのままアクセルを踏む。エンジンが高速回転して速度が増した。数秒の緊張の後、速度が乗って来たので左右の警戒を終了する。
遠くで銃声がいくつもなったのが聞こえてきた。
「全員まだ伏せたままで居ろ。二等兵後方へ移動しろ、追撃してくる車両を警戒だ!」
ビダが左右に兵を置いて後部座席で猟銃を構える。もし追跡者が居るならばバスよりも速いだろうし、地元の者で道も知り尽くしているはずだ。
警戒をビダが仕切っているため、マッコールは無線や携帯で外に連絡が出来ないかを確認。
「ミリーさん、このあたりからなら会社に連絡出来るだろうから頼む。僕は軍へ連絡をする」
「は、はい!」
適切な行動をとる。もう少しで安全圏にたどり着いたと言えるだろう。ビダ先任上級曹長は口角を軽く上げて彼を内心で褒めた。立派に指揮官として振る舞った、何の文句も無い。
軍から情報提供を受けた地元警察のパトカーが姿を現したところでビダが立ち上がる。前の座席近くに居る少尉のところまで歩いた。
「少尉、追撃は可能性が極めて低いです」
「よし、警戒を解こうか。みなさん、もう座席について貰って大丈夫ですよ」
助かった。安堵の雰囲気が漂った。パトカーの回転灯がこうも心強く嬉しいことはそうそう無いだろう。
◇
近くの街に戻り、ホテルへ客を降ろす。ミリーとマッコール、ビダが事情聴取を受けた。怪我人が居ないので簡単な調書を作成して解放された。
ミリーは報告などがあると部屋に行ってしまう。ロビーに残った二人、マッコールが隣にやって来る。
「ビダ先任上級曹長、ありがとう、おかげで助かったよ」
「マッコール少尉、見事な指揮でした」
感情を込めずにそう返事をする。
「僕なんて何も。やったのは全部あなただ」
「方針を決め、指揮し、判断を下したのは少尉です。自分は命令を遂行しただけです」
それぞれが役割を果たすことで物事がうまく進む。一つの経験を積んだ、マッコールはビダが何を言いたいのか感じ取る。
「……僕は僕の出来ることをする。父とは違う方法でね。父はオーストラリア外務副大臣で貿易委員長なんだが、聞いた話だけど、軍人も将軍にまでなると外交が仕事の一つになるらしい」
「多くの軍との交流ということならばそうでしょう」
友軍と有事に円滑な協力が出来るように、日々連絡を取る。これは大切な職務と言える。
「それともちょっと違うけど、前に中米の退役准将がパラグアイとオーストラリアの貿易を橋渡ししたんだ。技術を輸入して、オセアニアには製品を輸出、オーストラリアが嫌がる軽加工を一手に引き受けるって」
利益率が低いので資源の浪費にほど近いが、それが限界のパラグアイには通らなければならない道だったと説明される。
――知って言っているわけでは無いな。
産業を興して貿易を上手く回した結果が副大臣。マッコール少尉は手腕もそうだが人々にプラスになることをした父には敵わないと、また口にした。
「するとお父上の転機がそれだったと」
「そうだろうなと僕は思っている」
「では少尉も転機を得たところでしょう」
旅先でならこういうのも良いだろうとビダが笑みを浮かべた。
「どういうことだろう?」
「お父上はクァトロのイーリヤ将軍で転機を得た。自分はその直下の部下でクァトロのビダです」
自分では弱いかも知れませんが、そう遜っておく。衝撃すぎて言葉が出ない。
「少尉、貴方なら立派な指揮官になれます。自分はそう感じました」
「……ありがとう、ビダ先任上級曹長がそう言ってくれたなら自信が持てるよ」
その表情には喜びと驚き、希望と覚悟が見て取れた。
翌朝、ロビーに集合を掛けた時、一人姿を消していた。神出鬼没はクァトロの特徴の一つとマッコールが知るのは、ずっとずっと先になるのであった。
◇
フォートスター内城の前庭にあたる広場。訓練をしている将校、下士官をじっと見つめるビダ先任上級曹長が居た。
「よう、休暇はどうだった」
マリー中佐が、良い女を見つけてきたかと冗談を吐いた。
「魅力的な娘は居ましたよ。ですがもっと面白いことがありました」
もったいぶってすぐに話さない。マリーも流れに乗って「是非聞きたいものだね」いたずらっぽい笑みで促す。
「電話も無線も通じない内陸で、アラビアンに見張られましてね。バスに乗って勢いよく逃げてきました」
「そいつのどこが面白いんだ」
オチを聞くまでは食らいつく姿勢を見せる。
「新米のオーストラリア軍少尉が、初めて実戦を指揮したんです。一皮剥けて後にその少尉が言いました」注目を引き付け「自分の出来ることをすると。彼の父はイーリヤ将軍で転機を得たそうです。もし少尉が自分で転機を得てくれたらと思うと、何とも言えない気持ちになりましてね」
「なるほど、もしそうなるなら確かに面白いな!」
勢い良く同意した。二人にとって魅力ある事柄が共通していたと、互いに知った瞬間であった。
男は父親と生き様を比べる 愛LOVEルピア☆ミ @miraukakka
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