第2話 旅先ですら銃撃戦


 陽が沈んでもバスの故障は直らなかった。公民館の外を散歩する、少し離れた場所の街灯が男の背を照らしている。


「一人でどうしたんだ」

 ――相当悩んでいるようだ、話を聞いてやるとしよう。


 彼は年長者の務めとして、一回り程年下だろう若者の傍に寄る。


「あなたは?」


「俺は、リーだ。元気がなさそうだが、怪我や病気じゃなさそうだな」


 顔色は悪くないし動きもおかしな部分は無かった。ただ表情が冴えないというか、直感でしかないが心の重荷があると思えた。


「……マッコールです」


 あまり気乗りしないのが解る。だからとここでさようならでは芸が無い。


「見ず知らずの他人だからこそ話せることもあるだろうさ。俺は来週にはここから何千キロと離れたアフリカに帰る、聞いたことは墓にまで持っていくよ」


 マッコールは隣にいる男の横顔をじっと見る。嘘をついているようには見えないし、悪人とも思えなかった。口を開こうとしてまた閉じる、それを何度か繰り返した。決心がつくまで彼は黙って空を見上げている、促すこともせずただ待つ。


「……父は政府の高官で、人当たりも良くバリバリと仕事もこなす人です」


 か細い声で家族のことを語り始める。彼は小さく、そうか、と聞いていることだけを示す。


「子供心に父のようになりたいと憧れた時期もありました。けど高校に行くようになり、それがとても高い壁の先にあると知ったんです」


 少年期の男ならば父親に大きな差を感じ、乗り越えられない何かを感じることもあっただろう。父にしても乗り越えて欲しい気持ちと、負けたくない気持ちが同時に存在し、相反する望みを持つことがある。


「必死に勉強してはみたものの、どうしても追いつけるような気がしませんでした」


 素質というものは存在している。凡人がいくら努力しても、天才の閃きには敵わない。


 ――俺だってそう思うことがある。報われたくてしているわけではないが、限界があるのは事実だ。


 自分でも気がつかないで彼は頷いていた。マッコールはその姿を見ながら続ける。


「オックスフォード大学に進学しようとずっと考えていたけど、やめました。それでオーストラリア国防大学に進んだんです」


 名校であるオックスフォード大学、それでは父に敵わないと感じたわけだ。相当頭脳明晰な父親らしい。


「卒業して、ダントルーン王立陸軍士官学校に入校。軍のイロハを学んで部隊に少尉で配属されたんです」


 ロイヤル・オーストラリア連隊第2大隊。第1師団の歩兵連隊で、強襲上陸作戦の一翼を担う部隊だ。


「新任の小隊長として第三小隊を任されました。でも……部隊を満足に指揮することが出来ませんでした。兵にも甘く見られてしまい……ダメな自分に嫌気がさして」


 彼はマッコールが吐露した内容で多くを理解出来た。


 ――誰しもが初めから上手く出来るわけがない。だがそれを言ってもどうにもならんな。


 海兵隊に近い運用が求められている部隊だ、兵も当然気が荒く癖がある者が多いだろう。


「そうか。それでマッコールはどうしたいんだ?」


「どうって……どうしたいんだろう」


 迷っている。己が進む道が解らずに地面に視線を落とし俯いて。


 ――前を見て歩けるように背を押す。俺達クァトロがやってきたことを繰り返すまで!


 答えが見つかるまでにまた沈黙が続く。ひとしきり悩んだ後に「父に誇れる自分を見せたい。出来ることをやりたい!」拳を握りしめて声を絞り出した。


「マッコール、君なら出来るさ。俺も応援するし、やれることがあったら協力するよ」


「リーさん、ありがとう御座います。何だか少し気が軽くなりました」


 ようやく笑みが見える。若者が元気を取り戻したのを見て、彼も笑顔を見せる。


「さて、公館に戻ろう」


 連れだって夜道を歩く。通りのだいぶ先で何かが光ったように思えた。


「見えたか?」


「さっきのは一体なんでしょう?」


 通りを外れると遠くを見て神経を尖らせる。また別の場所で光ったのが見えた。


「月明りが反射したものに見えました」


 マッコールが心当たりがあると口にする。銃にあたった夜光が反射している。こんな場所、こんな時間に銃を持って出歩いている奴らがまともな考えのわけがない。


「急いで戻ろう」


 足音を忍ばせて公民館へ戻る。周囲には怪しい人影は無かった、裏口も確認して中へ入る。大部屋に皆が居て寝る準備をしていた。


「ミリー、いやガイドはどこに?」


 誰にではなく呼びかける。他は全員の姿があった、昼間に人数や顔を覚えておいたのだ。


「ああリーさん、彼女はバスに荷物を取りに行っているよ。私が行くと言ったんだが、修理で疲れているだろうって代わりに」


 年長者を労わる、気立てが良い娘だ。だが夜道の一人歩きは感心できない、それが近場であってもだ。


「俺が迎えに行ってくる、知らない土地は危ないから」


 蛇の類が出るかも、とちょっとした言い訳を補足して。


「一緒に行きます。結構夜目が効くんですよ僕も」


 話を聞いて貰ったことと、先ほどの反射が気になったのか同道を申し出る。二つ返事で了承すると、公民館を出る前に一カ所部屋に寄る。


「リーさんどうかしたんですか、こんな部屋に」


「実はここに猟銃がしまってあるんだ。一応何かあると困るから持っていこうと思う」


 古臭い品ではあるが、点検は昼間に既にしてあったので心配は無い。いつのまにそんなことを、と驚きながらマッコールも一丁手にした。


 所持免許などという眠たいことを確認はしてこなかった。気配を探りながら二人はバスが停まっている場所へ急ぐ。灯りがともっていて、小さな人影が動いているのが見えた。


「ミリー」


「はい? あ、リーさん。どうしたんです?」


 どうやら無事だったようで返事があった。声の様子もおかしなところはない。


「昼間にちょっと獰猛な動物を見かけたんでね、迎えに来たんだ。用事はすんだ?」


 暗いので手にしている猟銃には気づいていない。バスの荷物収納場所をガサゴソやっている。彼は固定されている猟銃を外してそれも持っていくことにした。


 ――こっちの方がまだマシだ。整備状態が良いからな。


 肩掛けの鞄を取り出してミリーは「あったわ」声を上げる。どうやら運転手の生活用品が入っているものらしい。


「リーさん、あっち」


 マッコールが離れた先に人の気配を感じたようで、注意するように呼び掛ける。


「急いで戻ろう。ミリー、もういいか?」


「え、あ、はい。何かあるんですか?」


 首を傾げてしまう。両手に何かを持っているのにもようやく気付いた。ライトを消してしまったので、それが何かまでは見えていないようだが。


「理由はあとから説明する。まずは公館へ帰るぞ」


 多少強引であっても戻ることを優先する。小走りで道を行くが、後ろから声が聞こえてきた。


 ――何を言ってるか解らんが、この響きはアラビア語だな!


 三人とも言葉が解らない。だが彼は部隊で頻繁に耳にしていたので、言語がどこの言葉かの見当だけはついた。


「誰かしら?」


「ここの住民できっとアラビアンだ」


 それが銃を持って夜中に後ろから追いかけて来る。マッコールはかなり危険が迫っていると判断した。


「走りましょう!」


 頷くと彼はミリーの背を見守って最後尾を走る。十秒と少しで公民館にまでたどり着いた。


「マッコールは裏口の鍵を閉めて、ミリーは館のカーテンを全て閉めるように皆に言うんだ、急いで!」


「え、はい!」


 正面口の鍵を閉めると、そこいらにある板などを立てかけて中が見えなくなるようにする。


 半分はそれでも丸見えだ。少し考え、テーブルクロスがあったのを思い出す。戻って来たマッコールに指示すると自身は外の様子を伺った。


 ――何人だ?


 正面には少なくとも五人居るように見えた。強行して攻撃して来るようには感じられない。


「テーブルクロスです」


 そう言いながら残る半分のガラスも目隠ししてしまう。まずは状況を説明するために大部屋へ戻ることにした。


 二人がやって来るとミリーが半分泣きそうな顔で見つめて来る。わけもわからずに指示に従ってくれた、そして皆にもカーテンを全て閉めるようにお願いしたのだろう。


「外に危険な奴らが居ます。銃を持ったアラビアンが少なくても五人」


 目を見開いて警戒すべきだと皆が納得した。夜が明けるまで、そしてここを離れるまでは安心できない。


「ど、どうしましょう!」


 添乗員の職務に参加客の安全担保が含まれている。彼女だけが責任を感じることもないのだが、やはり真面目な性格なのだろう。


 彼は黙ってマッコールを見つめる。ここまでは積極的にリードしてきたが、ここからは違う。視線を感じて意味を理解するが、どうしても一歩が踏み出せない。バスから猟銃を持ってきたのを運転手が見つける。


「手段はある。自分たちの身は自分たちで守るぞ」


 そう言って立ち上がった。軍隊経験があると男が二人志願した。残りは女性と老人ばかりだ。


「僕も軍人です」


 ついにマッコールがそう口にした。彼はそれを見届けると対面に立って声を上げる。


「整列! マッコール少尉に敬礼! 自分はビダ先任上級曹長です、どうぞご命令を」


 退役兵ばかりだったのでビダ先任上級曹長がそれらをまとめた。大真面目な顔で中年男たちが並んで少尉に敬礼する。もう数十年ぶりでぎこちないが、自分たちがやらねば誰も守ってはくれない。


「リーさんでは無かった?」


「事情があり、リーを名乗っておりました」


 背筋を伸ばして命令を待つ。その間も様々な対抗策を頭の中で練り続ける。先任上級曹長という稀少な下士官を初めて見たマッコール少尉は気遅れしそうになる。何せ自分など足元にも及ばないと解っているからだ。指揮を預けて皆の安全を任せてしまおうかとすら考えた。


「外部との連絡はつかず、外には敵性住民が居る」


 守るかバスに乗って逃げるか、判断を迫られる。将校は判断をする為に在る。今までの勉強や訓練の成果を総動員して何が最善かを導き出す。


「脱出を行う。バスを公民館へ寄せて強行突破をはかる」


「サー、イエッサ!」


 方針は決められた。ビダ先任上級曹長はどうすればそれが実現するかを素早くまとめる。


「少尉殿、自分がバスを持ってきます。ご許可を」


 相も変わらず待って守るよりも性に合っていると名乗り出た。


「うむ、二人で行え」


 運転手を指名して猟銃を二丁持っていくように指示する。


「自分たちが出ると同時に威嚇で射撃をお願いします。もしそれで逃げていくようならそれで構いませんので」


「解った。無理と感じたら戻るんだ」


「ラジャ!」


 マッコール少尉は不思議と上手く行くような気になって来た。バスを奪うまで支援し、女性らは伏せさせる。公館に踏み込まれないように注意し、バスに乗り込む順番を決めておく。

 負傷者が出た時の為に応急処置が可能な者を控えさせ、道具を探させておく。不思議と次から次へと考えが浮かんできた。


 今までなら心配事が多くあたふたしてしまっていたが、確たる動きが一つ定まると流れが出来ると知る。公民館の電気が消された。出入口が開く、二つの陰が飛び出すと銃声が響いた。茂みに人が隠れるのが感じられた。牽制を利用してバスへの距離を一気に縮める。


 ――敵が居ないかチェック、爆発物の確認、エンジンの点火、移動だ。


 素早く周囲を目でだけでなく気配で探る。


「一等兵、車両に細工がされていないかの確認をしろ。異常なければエンジンを始動させるんだ!」


「ああ、解った!」


 ビダ先任上級曹長の勢いに押されて動きを速めた。警戒を任せてバスを見て回る。


 ――敵に車両があり追跡された場合、複数に囲まれた場合、対戦車ロケットの有無は? 道を封鎖されてはいないか?


 運転手が「異常なし!」声を出して運転席に駆け込む。ポケットから鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んで回す。


 ビダが乗り込んで「出せ!」指示して猟銃を肩つけして備える。


 アクセルを派手にふかすとバスは意外なほど素早く発進した。瞬発力が無いわけではなく普段はゆっくりと運転しているだけだったと知る。


 ――公民館玄関前に横着け、いや裏口に回るべきか。敵が表に固まっているならそうする方が良い。


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