男は父親と生き様を比べる

愛LOVEルピア☆ミ

第1話 不意の休暇はオーストラリア


 休暇を与えられた。休むときには全力で休め、そう命令を添えられて。


「……そう言われても、意外とこいつは難しい……」


 毎日毎日、基地に居るときには一日足りとて休まずに働き通していた。


 帰宅しても事務処理をし、寝て覚めたらまた出勤。苦には思わなかった、それが日常すぎて。


 空港のロビー、忙しそうに客が行き来している。何処でも好きな場所に行ってこいと旅費まで手渡されてしまい、仕方なくルワンダから出国。何の理由もなく空の旅をして、今現在目的もなくオーストラリアに居た。


「今さら雄大な自然と言われてもな」


 生まれてこの方ずっと自然に揉みくちゃにされてきていた。軍に染まってからは、自然と危険が手を組んでやって来る日々だ。比較的安全な国ということからか、観光旅行者が多く見受けられる。


「あ、ツアーの参加者ですか?」


 若い女性が小さな旗を手にしてロビーをうろうろしていた。ぼーっとしていたので確認の声を掛けられてしまう。当然そんなツアーに申込などしていない。


「いや違うが」


 無関心に即答する。ガイドの女性が何故か泣きそうな顔になった。


「ど、どうしましょう!」


 顔面蒼白。その時彼女が持っていた携帯が鳴る。


「はいATCのガイド、ミリーです。あっ、リーさんですか探していました! えっ? さ……ちょ、急にキャンセルなんて、あっ待ってください! リーさん! リーさん!」


 頑張って呼び掛けても耳元からは不通を報せる音しか聞こえてこない。


「最低催行人数割ったわ……」


 がっくりと肩を落としてしまう。事件は色んなところで起きているものだと彼は思った。


「……あの」


「なんだ?」


 涙目で見詰められ、嫌な予感が走る。そしてそれはあっさりとストライクゾーンど真中を射抜く。


「参加しませんか!」


「いや……」


「お願いします!」


 周囲からの視線が集まる。彼女を泣かせてしまった男、誤解も激しく迷惑だ。


「いや俺は」


「何か用事があるんですか? あ、費用なら何とかします! ほんと困ってるんですぅぅ!」


「……あー……はぁ。予定はない。そうまで困っているなら参加する」



 海よりも深く山よりも高い事情から、リーを名乗るようにお願いされた。幸いなことに、中華系の人間は世界中場所を問わずに存在している。ましてや遊びのツアーだ、誰も不審に思うことすらなかった。


 ――丁度良いか、俺一人で何をするわけでもないしな。


 元から深くは悩んだりしない性格。多少無理矢理にでも巻き込まれてしまった方が、結果的に実になっている可能性すらあった。


「リーさんすいませんね。五泊六日の旅なんです」


「なに構わんさ。こうやって旅行鞄持参だしな」


 若干の着替えや小物が詰まったものを片手で持ち上げる。列車が待つ駅まではバスで向かう。隣にガイドの彼女が座った。


「でもなんでそんなもの持っていたんですか?」


 予定もないのに旅行鞄を持ち歩く、確かに謎だ。


「ミリーは何でだと思う?」


 ついついいつもの癖で相手に考えを述べさせようとしてしまった。


「あや、何で私の名前知ってるんです?」


 質問に質問で返すなといいそうになるのを抑え、「ああ、さっき電話で」答えてやった。


「おおっ! そう言えばそんな記憶が」


 やけに大袈裟なリアクションについ笑ってしまう。


 ――可愛いげがある娘だ。


 歳上の男としてそう感じた。恐らくは大多数、世界違わずにそれが一般的な受け止め方だろう。


「えっとですね、旅行に行こうとして直前で彼女さんにキャンセルされた、なんてどうでしょう?」


 それなら空港で呆けていた理由にもなる。だがそれならもっと表情が暗かったかも知れないが。


「俺に彼女は居ないよ。仕事が恋人みたいなもんだ」

 ――女が嫌いなわけじゃない、家庭を持つと気弱になると感じたからだ。


 弱点が出来る。妻が人質にでもされていたらいつものようにはいかなくなる。そんなものは当たり前だが、その弱味が自身の特徴を削ぐような気がした。


「えー、じゃあじゃあ、旅行から帰ってきたからとか?」


「自宅はここから何千キロの彼方だよ」


 職場もそうだが。変な情報を差し込んでしまう。


「うえーん、もう降参ですぅ」


 何と無くオーストラリアにきて、目的もなくロビーに居た。事実を語ったが、ミリーは口を尖らせて彼の肩を軽く何度も叩き抗議をするのであった。



 ブルーマウンテンズ国立公園。そこでスリーシスターズを眺める。

 シドニーから数時間の場所、大自然の不思議を感じた。


「断崖絶壁が連なって、か」


「これ絶景スポットとして有名なんですよ」


 ミリーがツアーガイドとして客に伝説などを聞かせる。ほうほうと頷いて聞く客が殆どだ。中に一人だけ浮かない顔をした若い男がいる。自分とどちらが場に不似合いかと彼は思ってしまう。


「あの人は?」


 一連の仕事を終えて短い自由時間になったので尋ねる。一応参加者全員を知っているはずだ。


「え、んーあの人はマッコールさんですね。お一人で参加なさっています。オーストラリア人の」


 観光旅行だからと同国人が居ないと言うことは無い。誰しもが楽しめるものを目指しても居るだろうし。


 ――旅行を楽しんでいるようには見えないな。


 何かを企んでいるというよりは傷心しているように見えた。表情だけしか情報は無い、それでも今まで多くの若者を見てきた彼はそうだと直感する。悩みがあり、それに苦しんでいる。十中八九がそうに違いない。


 翌日、グレートオーシャンロードで景色を眺めながらバスで暫く移動した。その間もマッコールはずっと冴えない顔をしている。


 お定まりのコアラを抱いて写真を撮った。中央の大砂漠、観光客には受けていたが彼は苦笑いしか出ない。


「リーさん、バスが故障してしまったので予定を変更して近くの街で宿泊します」


 全員に事情を説明して了解を得る。アクシデントがあってもきっちりと対応さえすれば騒がない。パニックに陥ることもなく、皆で公民館のような場所へ歩いて向かった。


 ――何だか異様な雰囲気の街だな?


 排他的な感じがした。田舎だとそういう場所もままある。


「皆さーん、バスの故障明日には修理も終わる見込みです。ご迷惑おかけします」


 ミリーが頭を下げてお詫びをした。半日ズレる程度で何も変わりはしない。各自が降ってわいた自由時間をどう過ごそうかを考える。


 ――携帯電話は圏外か。人口カバー率が九十九パーセントだとしても、地域カバー率は低いだろうな。


 何せ広大な土地に人間が固まって住んでいる。


「ミリー、会社と連絡は取れているのか?」


 バスには無線も積んでいたのでどうにかなっていると考えていたが、一応確認する。


「それが、電装系統も故障しているみたいで。明日になれば報告するので大丈夫ですよ」


 にっこりとほほ笑み不安を与えないようにする。そこは流石プロだと認めた。


「すると通信機器は全滅か。この街はなんという名前?」


「ヌルブロですかね。近くの都市までは二百キロくらいかしら?」


 確かにそれでは車載の高出力無線でなければ届かない。


 ――嫌な予感がする。


 理由は無い。彼は自身がそう感じたので行動を起こすことにした。


「少しなら電気関係が解る、ちょっとバスに行ってくる」


「あ、お願いします!」


 一人より二人の方が修理もはかどる、ミリーは単純にそう考えて送り出した。


 公民館から少し歩いたところには簡単な造りの家が幾つかある位。人の姿が少ないのはこの晴天のせいだろうか。外は肌が焼ける様な日差しで、長いこと居たいとはとても思えなかった。


「ミスター、俺も手伝いますよ」


 運転手に声を掛ける。油で汚れた両手を振って歓迎してくれた。


「ちょっとライトで手元を照らしてくれんか?」


 初老の男が熱砂に布を敷いて、その上に寝転んでいる。彼は言われるがままに暗闇――車体の下を照らす。


「んー……おや、これは断線か。千切れた感じじゃないな、すっぱりと切られている?」


 歴年の男が言うのだ、見立てが全く外れと言うのは考えにくい。


 ――誰かがやった仕業というわけか。では目的はなんだ。簡単だ、無線を使えなくする、こいつに違いない。


 バスの不調自体は足止めをさせるため。この両方が揃ったならば次にその意味を知るべきだろう。


 ――観光客を足止めするだけなら逗留客を得るという部分もあるが、連絡を出来ないようにするのは危険だ。バス丸ごと消息を絶ったと知ったら捜索に出るだろうし事件化する。


 気づかれずに何かをするならばこんな馬鹿な強硬手段はとらない。ということは一連の何かは大いなる目的のプロセスでしかない。


 ――仕業に気づかないならばどうだ。明日を待って就寝、それで終いになる。


 酒でも飲んで翌日を待てば解決。気を抜いて寝てしまうのを期待しているとしたら。


「ミスター、野生の猛獣も現れたりしますよね。そんな時はどうするんで?」


「ああ、バスに猟銃が積んである、そいつで追っ払うさ」


 これでも元オーストラリア軍人だったと語る。もっとも一等兵で除隊したので自慢にもなりはしないが。許可を取って積み荷を確認する。そこには古めかしい猟銃が固定してあった。


 ――古いが手入れは行き届いているな。


 民間の銃所持は規制されているが、猟銃なら誰でも手にすることが出来た。実際田舎では獣や蛇対策でショットガンなどが使われている。


「もし野盗のような輩が現れたら?」


 運転手が下から這い出てきて彼に視線を向ける。


「金が目的なら渡してやるさ。どうせ逃げられっこないしな」


 一般人が強盗にあったら素直に渡す、それが正しい選択だ。強盗が欲しいものは命ではない、金目のものだ。


 そこでは適当に相槌を打っておいて公民館へ入った。倉庫を探すとそこにも幾つか銃が置かれていた。


 ――不用心だな。ま、そもそもがこんな場所に誰も来ないわけだが。



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