辞去

 フチノは少しだけ、考えた。本当にこの判断があっているのか。軽率な判断ではないかと、自分を疑いながら考えをめぐらす。

(まだ出会って間もないけど、ずっと僕のそばにいてくれたり、話を聞き入ってくれたりしてるってことは、僕のことを好きになっているということだ。だから)


フチノは、心の中で言うことをリピートした。

(えっと、言うことは『僕はまだ名前も聞いてない・・・・・教えてくれないんだけどね。でも、そんな君が好きになったんだ。目がくりくりしていて、いつもニッコリしている。一緒に手をつないで眠ってくれる。だから、お願いします、付き合ってください』うん、完璧だ)


フチノはしっかりと自分の言うことをできる限り覚えると、いよいよ声に出した。

「ミャーミャーミャーミャーミャー・・・・・ミャミャーミャー」

OK。僕はまだ名前もから、だけどね、まではしっかり言った。問題は次だ。

フワネコは静かに話を聞いている。

「ミャミャーミャー」

フワネコはじっとしている。

不安が襲ってきたが、勇気を出して続けた。

「ミャーミャー・・・・・ミャッミャミャミャ・・・・・ミャー」

言い終わった・・・・・。

(どうだ・・・・・?)

「・・・・・」

フワネコは何も答えない。

(まあ、じき言ってくれるさ)

そうフチノは思って、就寝した。

その夜は、フワネコのことが夢に出て来て布団の中ではしゃぎまわっていた。


 次の日。朝一番に話しかけてきたのは結花だった。

昨日来た時と同じようににまず最初に仏壇に手を合わせ、そして、エサを持ってきてくれた。違ったのは写真・・・・・猫の遺影を持ってきたことだ。

「私・・・・・今、打ち明けるわ」

重い口を開いた。無理やり笑おうとしているが、顔が引きつっていることがフチノにもわかった。


「あのね・・・・・うちに“いた”猫・・・・・カナルっていう子なんだけど・・・・・、あ、女の子ね。その子は猫伝染性腹膜炎っていう・・・・・FIPとも言うんだけど、その病気にかかっちゃったの。1歳になった誕生日の次の日に病院に行ったら分かった。3日間、病院で預かってもらったんだけど、ダメだった。カナルが病院に行ってから、一回も会えずに死んじゃったの・・・・・」


「・・・・・ミャァ・・・・・」

悲しいお話だったことが分かる。ってことは、フチノはかなり生きている方だ。それにしても、カナルは可哀想だ。1歳の誕生日の四日後に・・・・・フチノには何かがのしかかってきた。


でも、エサを食べるとそんな思い気持ちを吹き飛ばせてくれる子がいた。フワネコだ。

「・・・・・ミャーミャー」

何やら途切れ途切れに声が聞こえた。フワネコの声だろうか。ラジオのような雑音が交じっているこの声はかすれていた。もう死んでしまいそうな子の声・・・・・。

背後を見ると、何か大きな機械が立っていた。よく分からないけど、その機械から声が出てるみたいだ。録音された猫・・・・・カナルの声だった、とフチノは予想した。


 ゲージ越しでいつも通りフワネコと一緒に手をつないで寝ていると、少し外出していたはずの結花の声が聞こえた。

「来たよ!!あなたの飼い主さん!!」

さっきの重い話からは想像もつかない明るさだ。

結花によると、新聞を取りに行った時、掲示板に貼られている紙を見た。そこにある猫の写真がフチノだと分かり、連絡すると、大当たり。飼い主が急いできたというわけだ。


「ミャ~!!」

数日ぶりの飼い主さんの体は温かかった。

「おかえり、フチノ。詳しいことはあとで話そうか。ひとまず、行こう」

フチノは最後に結花に抱かれた。

「バイバイ!また遊びにきてね」

結花はフワネコを抱いていた。いつも通りの顔で動かない。

「それじゃあ、行こうか」

飼い主に抱かれて、フチノは階段を下りて行った。後ろを向きながら手を振っていた。結花と、フワフワの人形猫は極上の笑みを浮かべてフチノを見送ってくれていた。


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迷い猫の恋 DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555

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