エピローグ
敬具
そこまで、書くと私は筆を机に置いた。
音がしないように丁寧に。
そして鼓動が早くなって、きゅっと縮まっていた心臓を落ち着かせるようにほっと息を吐いた。
目の前に用意してあった封筒にこれをいれる。
何の変哲もないただただ灰色がかった青なだけの封筒。
しっかり糊付けをする。
次はシールを貼る。
目の前にあるのは、様々な形と色のシール。
まず目がいったのは、ハート形の水色のシール。
でもそんなものを貼っても、余計に自分が傷付くだけ。
何の変哲もない丸の灰色がかった青のシールを貼る。
ここまでは順調。
だけどこれからすることを考えて目を瞑る。
ゆっくりと開いた目には強い決意なんてなくて、私の目に映る決意はろうそくの火みたいで。
そっと息をかけただけで消えそうでとても儚い。
私はテーブルの下の引き出しに手をかけると、これまたゆっくりと引き出した。
そこに見えたものを見つめる。
普段はそれを何とも感じないのに。
ただのはさみなのに。
今はそれが凶器に見える。
それもそうだ。
私は今からこれで、貴方との思い出を斬るのだから。
それを見つめて数十秒。
私はそれを取り出し、丸い2つの輪に右手の指をかける。
その丸い柄の先にあるのは、鋭く光る銀の刃。
左手に持っているのは貴方との思い出。
そして貴方との思い出と銀の刃の距離を近づける。
両手が小刻みに震えているのがわかる。
それが何を恐がっているのか。
何を恐れているのか。
わからない。
それでも、私は距離を近づけ続ける。
指を動かし2本の刃の間に封筒を挟む。
刃を閉じる。
こんな単純な動作に私はどれだけの時間を要しているのだろう。
右手を引く。
封筒が1mm程切れている。
でも中に入っているものまで切られてしまったかもしれないと思うとたった1mm切っただけなのに心に1mもの傷を負わされたみたいだ。
こんな調子じゃ無理だな。
私は右手に持っている凶器を引き出しにしまい、左手に持っているものをじっと見る。
これ、どうしよっか。
最初は全部全部切り刻んで、全部全部忘れるつもりでいた。
これを切り刻めば貴方との思い出も消えると思った。
でも無理だった。
切り刻めなかった。
それほど貴方との思い出は私の中で大事なものになっていた。
私は立ち上がって本棚へと向かう。
一番隅の本を何冊か取り出しその奥へと封筒を押し込み、本でそれを封するかのように隙間を開けず並べた。
私は貴方との思い出を消し去れなかった。
貴方との思い出は今も私の心に残っている。
封筒が本棚の隅に残っているように。
次に私がそれを見るのはいつだろう。
わからない。
でも、それを見ている時は笑っていたい。
貴方があれを見ることはあるのだろうか。
わからない。
そして、あれを見た貴方は何て思うのかな。
貴方があれを見るとき、貴方と私はどういう関係なのかな。
わからない。
でも、2人ともとびっきりの笑顔でいれたらいいな。
「わからない。」事が多すぎる。
でも、それは未来があるっていうこと。
だから、進んでいこう。
一歩でも。
私が貴方を好きっていう気持ちは変わらない。
だから貴方には笑っていてほしい。
世界で一番、貴方には幸せでいてほしい。
できることなら、その幸せは私があげたかった。
でも、それが叶わないなら。
少なくとも貴方は幸せでいて。
私も幸せに生きるから。
勢いよく立ち上がる。
気づけば今はもう朝の5時。
カーテンを開けると朝日が体に降ってくる。
窓を開けると風が部屋に入り込んでくる。
吸って吐いて。
あぁ、なんか気持ちいい。
すっきりした。
これであの事は失くなったと言えば嘘だけど、だいぶ楽になった気がする。
私は眠たい目を擦ると窓を閉めベットに入る。
昨日は徹夜だからとてつもなく眠たい。
起きるのは、後1時間寝てからでもいいよね。
目覚まし時計をきっちり1時間後にかける。
頑張るのは1時間から。
では、おやすみ。
また、明日。
これは、貴方への手紙です。 瑞稀つむぎ @tumugi_00
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