冷静柔
小狸
冷静柔
変わった奴に会ったのは、久々に地元の本屋に入った時のことだ。
内装は変わっていた。この俺がおったまげるくらいにだ。
建物の改修工事があって、半年くらい休業していたからだ。新しく開店してすぐは客足が多くて面倒だから、こうして今くらいの時期に、今くらいの時間に足を運んだってわけだ。立ち読みは基本的には禁止だ――けれどしている人間はいる。
必ずな。
怒られないからしていいとか、どうせそういう俺ルールを持っているんだろうが、本当、苛つくぜ。
いけないって理解した上でやってる奴がいる限り、真面目に守っている奴が報われることは一生ねーんだろうよ。まあだからって、悪い奴を全員殺せば全員が真面目になると言われりゃそうでもねえ。俺だってたまに立ち読みくらいするしな。
いやいやいや、俺はそういう話をしようとしたわけじゃねえ。ネットでどうでもいい一般人が最初に議題に挙げやすい、クソ浅い正義と悪の理論を展開したいんじゃねえ。
そう、変な奴に会ったって話だ。
俺はこんなナリをしていて、結構不良と間違われるが――これでも本を読む。小説だ。
あ。なんだお前、笑いやがったな?
まあいい。許しておいてやる。
容姿で読む本を決めるなんて愚かしい話だよな。眼鏡をかけて物静かな女子は週刊少年誌だって立ち読みするし、豪放磊落なサッカー部のエースだって恋愛小説を読む。まあ、そういう読む本がどーだこーだ言うのは、フィクションの中だけってこった。。
まあ、小学校の頃まではまだ離婚してなかったからな。母親に、図書館に連れてってもらってたんだよ。そこで、良く本を読んでて、その延長だ。まあ、当時の俺にしては離婚なんて信じられなかったからな。どーせ母親の面影だかなんだかを求めて、現実逃避で読書にのめり込んでいったんだと思うぜ。
あ? これも違うな。別に俺は、俺の読書遍歴を晒そうとしたわけじゃねえんだ。
ああ、そうそう。もう本当俺って忘れっぽいな――変な奴と会った話をしようとしてんだよ。かー、脱線しちまうなあ。どうしても。よし、ここでそいつの名前をあげておくことで、話題の脱線を防ごうじゃねえか。
山(やま)谷(たに)柔(やわ)と、その女は名乗っていた。
多分、新しく開店した時に雇われたか、社員になった奴だろう。それまで俺は、その女に会ったことがなかった。
んで、どういう経緯でそいつにあったのかって説明をするぜ。続きだ。
久々に本屋に訪れた俺は、まあその変わりように驚いた――まあ、内装だのなんだのはさておいて、一番は本の配置だよな。図書館帰りに何度も寄ってたから、その配置だの、どこに何の会社のどんな本があるだのってのは全部記憶している。その記憶をリセットしなきゃならねえから、まあ大変だったぜ。
そしてワクワクしながら、それを周囲に悟られないよう抑えながらも、何度か回っていったぜ。
もちろん? 俺は何もせずにうろちょろする迷惑な客に成り下がるつもりなんてねえ。だから、今日はどの本を買うか、ってのも既に決めちまってた。便利だからな。インターネット。離婚したとしても育児のいの字もしねえ父親から定期的にもらう金を、俺は既に有していたからな。本当、人間ってのは変わらねえよ。
んで、だ。ぐるりと回って、戻ってきて――俺はふと、以前存在していなかったコーナーを目にした。
ライトノベルのコーナーだ。
ああ――勘違いするなよ? ライトノベルが退廃芸術だなんて、俺はそんなことを微塵も思っていないぜ? 文学作品とイラストが混ざったってコンセプトはなかなかどうして面白いと思うし、いくつか定期的に買ってる本もある(俺のおススメは上遠野浩平の『ブギ―ポップは笑わない』の一連のシリーズだ)。
ただ、恐らく店舗を新しくするにあたって、本についている帯が、一新されていた。
帯――ほら、本屋大賞受賞とか、他の作家からの推薦文みてーなもんが書かれてるそれだぜ。恐らく本を仕舞ったりする関係で、一旦もとに戻したんだろう。それに、今まではライトノベル自体も数は少なかったから、大量に在庫を増やしたってことも関係してんだろうぜ。
ただ――驚いたのは、その先だ。
ライトノベルコーナーの、所謂一番目立つところに置かれている本たちの帯だ。
『アニメ化決定』
『2期決定』
『劇場アニメ化!』
そんなポップな字面が並んでいて、俺はついつい溜息を吐いちまった。あーあ、幸せが一つ減っちまったぜ。悪いな。まあ、俺の溜息程度で減る幸せだ。どうせ大したもんじゃねえよ。
まあ、俺が見たのは、その帯だった。なぜ落胆したのかって? そりゃあ、まるでアニメ化がゴールであるかのような錯覚が、そこに見え隠れしているからだ。やれアニメ化ドラマ化って、意味わかんねえだろ。小説は小説として読みゃいいじゃねーか。ストーリーラインが同じ物語が動いてるってだけで、何が面白いのか、俺には微塵も、理解することができなかったからだった。まあ単に、母親(元)の教育方針でテレビを見ることが禁止されているから、ってだけじゃあ、ないんだろうぜ。俺もそこまでいい子ちゃんであるつもりはねぇからな。家だと危険性が高いから(多分あの頃は監視カメラでもあったんだろうな。奴らが出かけてる時に見てもバレたし。それで殴られるから始末が悪い)、家のテレビは触らなかったものの――だ。
離婚したお陰で、その縛りがなくなって、まあ普通に見られるようになったんだけどな。それで愕然としたぜ。
深夜にやるテレビの多いこと多いこと。かの有名な週刊少年誌に掲載されている原作漫画のものも、深夜枠になってがやる。そして、その枠を圧迫してやがる。三時間アニメ続きとか普通にある。俺はビビッときたね。
驚いて、落胆したね。
あまりに多すぎるってな。量が多いってのは、つまり雑になるってこった。何でもかんでもとりあえずアニメにして、同じような話が同じように跋扈して――まるで今の世の中みてえだと思わねえ? 小説と違ってアニメは、より多くの人の目につくだろ。今は契約してネット環境さえ整っていれば、どんなアニメでも見放題なシステムがあるらしいじゃねえか。
より多くの人の目に入ることになる。
まあそりゃ作品としては嬉しいことなんだろうが――その負の面に、俺は注目した。
解りやすく明確に絵を入れて解説を踏まえて誰にでも伝わるように人権に配慮して誰も傷つけないようにそれとなく排他的に文句を言われないように。
つまり、ワンパターンなんだよ。アニメにしやすい作品をアニメにしていって、それで放送の都合上で映像化しづらいところをカットしていって、結果残りかすが、どれも似たようなもんだろ?
同じような奴らが同じような展開をして、なまじ人気があるからぐだぐだと続いていくんだろ? アニメオリジナルの展開や解釈を勝手に挟んで、原作を見下すんだろ。
別にアニメを蔑視しているわけじゃねえか――だからこそ俺は、アニメ化をそこまで喜ばしいことだとは思ってねえ。寧ろ、面白くなくなる危険性の方が、ある。
落胆と愕然の理由は、そんなとこだ。アニメ化アニメ化。はいはいって感じだ。苛つきもする。そもそも映像化を前提にした作品が多すぎるんだよ。
過度な人物描写、必要以上のキャラクター性、馬鹿みたいな喋り方、揺れる胸、どれもこれも、まるで映像化することを目的に書かれてやがる。手抜き描写とか不誠実とか、それ以上の問題だ――小説として世に出したのに、それとして完結していない。
舐めてんじゃねえのか?
完成させてこそ、小説だろ?
別に小説としての完成度だとか技量だとかの話じゃない。
別の媒体がなきゃ解釈が通じないって、どういう了見だ?
帯に書いてあるそんなものを見るたびに、心底、世界が嫌になる。
俺はそんな風に、何かの通過点として書かれた小説が、親の顔より嫌いだった。
「あれえ、君は、この辺りの子ですかあ」
と、そんな風にたそがれて、自己満足に浸っている俺に、声を掛けてくる奴がいた。
ったく、思春期の痛い中学生は放置しとくって、人間の基本じゃねえのかよ。
そう思って振り向いた先には、書店員がいた。若い女だった。
「あ?」
間違いない――この書店の服を着ていた。アルバイトか。
ついつい俺は、縄張りに入ってきた他校の塵だと思って変な反応をしちまった。やべえ、大人だった。謝るべきか。知っての通りひねた餓鬼なので、人に謝るのはとても苦手だ。
「いえいえ、そんな
女は、ぷかぷかと浮遊するような口調で続けた。その表情も、何を考えているのかよく分からない。そもそも起きているのか、寝ているのかも危うい。そしてとてつもなく撫で肩だった。
「まるで昨今のアニメ化事情に一言物申したいけれど、最近の改築でコーナーが増えて自分が敵みたいに感じてしまったから何も言えなくてそんな自分が嫌、みたいな、そんな顔をしていますよう」
「…………」
そんな具体的な顔をしているつもりはない――が、女は全てを見抜いていたらしい。胸についた社員証(のようなもの)には、店名と、山谷柔、という名前が書かれていた。
改めて、その眠気を誘う顔を見る。
見覚えのない顔だった。一時期中学校を辞めかけた時にこの本屋に入り浸っていたことがあったが――その時には一度も見なかった。ということはこいつは、本屋改築と同時にここに入ったってことか。ふうん。俺の視線を見つけたのか、店員は「ん、ああ、私ですか」と勝手に解釈して、名乗った。
「私は
「……俺は
問われたままというのも何だか奇妙な気がしたので名乗っておいたが、これは失敗だった。入り浸りしてたこともあって、俺の名前がこの店にマークされている可能性もあったからだ。
しかしこの店員は、「ふうん、礼くんですか。良い名前ですねえ。私のことは柔とお呼びください~」と、またふわつく口調でそう言った(ふわつくなんて言葉はない)。下の名前で馴れ馴れしくてムカついたので、「そうかよ、柔」と返事をした。あまり効果はないようだった。ただ子供にマウントを取りたい面倒臭い大人かと思ったけれど、そういう訳でもないようだ。最近の大人は喋ればすぐ自分の武勇伝だからな。耳が穢れる。
「それで、礼くんは、どうしてライトノベルコーナーをまじまじと見て溜息を吐いてたんですかあ」
「……何で俺がそれを、見ず知らずで無関係のあんたに言わなきゃいけねえんだよ」
今から思えば、初対面の大人に対する口調じゃねえな、これ。
「見ず知らずではないでしょう。今見ているし。それに無関係でもないですよう。このコーナーを作ったのは、私なんですからあ」
変わらぬ口調で、柔は続けた。
成程ね、そりゃあ話しかけたくもなるわけだ。俺みたいな分かってない餓鬼が、折角自分が作ったコーナーの前で陰気な面してりゃ、声の一つもかけたくなるってもんだ。いや、俺が同じ立場だったらぶん殴ってるな。そういう意味では、理性の働く奴だと褒めてやらんでもない。
追及から逃げても仕方がない(それと同時に、自分の意見を世の中の大人に知らしめたいという意識が、俺の中にあったのかもしれない)――俺は慎重に(とても慎重にだ。俺にしては珍しく)言葉を選びながら、今までのことを柔に伝えた。
勿論俺のどこにでもある家庭事情は省いたぜ。まあどこにでもあることだから、敢えて言うまでもねえだろ、ってんでな。
アニメの帯の話、アニメ化をする意味、一つの終着点となるアニメ化、そんな世界に嫌気が差してる俺、なんて、今考えたら痛いことこの上ねえが、この時の俺は、その感情が実に正しいと思ってた。柔は、ほとんど無反応だった。時々首を上下に振りつつ、でも首肯しているのか、拒絶しているのかは、まったくわからなかった。
「っと――そんな感じだな」
あらかた語り終えた後で、俺はそうまとめた。
「へえ、ふうん、ほほう、ははあ、それは面白い意見ですねえ」
などと、話している途中でするべき反応を最後にまとめて言いやがった。
少し頭おかしいんじゃねえのかって?
ああ、そうかもな。
確かに螺子はいくつか外れていたかもしれねえ。
人と違う見方を簡単に――共感こそせずとも受け入れるってのは、そう簡単に踏み込める境地じゃねえ。学校で習ったことが役に立たないとか近頃はほざく大人もいるんだろ――そもそも出来てねえんだよな。それとも小学校で習ってねえのかな。人に死ねって言ったらいけませんって。父も母も、毎日のように言い合ってたぜ。だからこそ、柔のその反応は、俺にとって驚きだった。どうせ全否定される、って思ってたしな。
「アニメ化ですかあ。成程成程――そうですねえ。昨今は予算ギリギリ、十巻の内容を1クールにまとめる、適当でおべんちゃら、設定と人間関係だけで楽しむ、原作を読んでいることが前提、なんて、そんなアニメも増えていますから、一概に否定はできませんねえ」
と述べた。ふわふわしている割には、聡明なことを言う。
「でも、それだけじゃないんですよう。何も知らないままに愚弄するのは、愚か者のやることですよう」
「あ? 舐めてんのかあんた」
一文の中に二つも「愚」を入れてきやがった。不思議な口調なら何を言っても許されると思ってる勘違い野郎か。
「世の中のアニメを舐めてるのはそちらですよう」
怯むことなく、柔は言い続けやがる。
「原作の延長戦にあるというだけで、メディアとしては全く別物ですよう。原作にある言葉を逐一拾っているのですかねえ。付いているイラストと全く同じ絵を映像にしているのですかねえ。それを見抜いただけでも、小説からアニメへと昇華する意味を、見出せると思うのですがねえ――そんなことも分からないんですかあ」
「ッ――」
俺はほとんど反射的に、柔の首元あたりを掴んでいた。
思っていたよりも軽かった。たかが中学生男子の力だ、そんなもんだ。そもそも持ち上げられるなんて思ってねえ。
持ち上がりはしなかったものの、しかし、言葉を止めることはできた。
煽られたことに、怒ったわけではない。俺はそんなに小さい人間ではない。
ただ――小説からアニメに昇華しただと?
まるでそれが良いことみたいに言いやがって。
「昇華だと? ざけんなよ。アニメ化なんて無意味だろうが。まるで小説よりも上みたいに言って、どいつもこいつもアニメになること前提の小説、書いちまってるじゃねえか。それで結局同じような展開のものばっかだ。動くキャラの過剰な装飾。物語そのものはいつの間にかどっかに放っておかれてやがる――何が昇華だ馬鹿野郎。その行為自体が、物語を貶めているじゃねえか」
しばらく柔は、俺の方をじっと眺めていた。なんだ、まじまじと、まるで驚くように見ていやがる。俺がそんなにおかしいってのか。
「……ちゃんと、怒れるんですねえ」
「あ?」
ちゃんと怒ることができる? そう言ったのか?
こいつはこの状況になっても、俺のことを馬鹿に、しなかったんだ。
「すこし誤解していたようですう。すみません」
言っている意味が、良く分からなかった。
「胸が擦れて痛いです。ブラとれちゃいます。あと二秒以上持っていたら痴漢って言いますよう? 社会的に死にたくなかったら手を離せ、ですよう」
「……悪い」
半分脅迫に近いその言葉――だったが、まあ、眼がマジだったんで離した。俺も失策だったな。変に熱くなっちまった。
「いいんですよう。大抵の人というのは、こういう話を真剣にできないんですよう」
と、同じ口調で柔は喋りだした。脈絡もクソもない。それがどうして俺を煽った理由になるんだ。
「常に冷静でいたがる――第三者視点で、一歩引いたところから、体温を下げて話す。それは確かに重要事項を決める際や論争の時には有効になりますよう。だけど――それがベストでない時もあるのですよう。一歩引くということは、当事者であることから逃げているのですよう。だからこそ、冷笑、するのですよう」
冷笑――ひょっとしたらこいつは、本当にアニメが好きで、だからこそそれを馬鹿にする人間に、同じように話してきたのかもしれない。
ただ、そいつらは別に真剣でも何でもなかったのだ。奴らにしてみりゃ、そんな話はどうでも良くて――アニメ好きのオタクを見下してえだけだったんだよな。
安全圏から。
だからこそこいつは、俺に対してこんな風に、突っかかってきたのかもしれねえ。
「自分には関係のないことで、相手が粗を出すのをじっと待って――そしてそこを追及して笑い物にする、最近流行の論破ですよう。第三者から見れば面白いのでしょうが――こちらとしては見世物のようで嫌ですよう」
「…………」
「ええ、でも――どうやら礼くんはそうじゃなかったようで、安心しましたよう」
口調から本心が読み取りづらいが、少しだけ穏やかな表情になった。なんだよ、そんな人間っぽい顔も、できるのかよ、あんた。
いや、いやいや。だからってこいつの意見に賛成したわけでもねえ。
「別にいーけどよ。でも、だからって仲良しこよしでお互いの意見認め合って握手、ってわけにもいかねえだろ――今度は教えてくれよ柔。小説をアニメの良さって奴を」
「ふふふ。それは難しいですよう。人によって良さは違いますよう」
素っ頓狂な声をあげてしまった。あんた笑うこともできたのか。
「い、いや、そりゃそうだがよ――」
「原作小説があって、それをアニメにした時に、完全一致はできませんよう。放送期間が決まっているものがほとんどですし、全てを忠実に再現して映像化することが、良いアニメとも思えませんよう。スタッフの負担になり、めちゃくちゃになって終わり――だからと言って省くところを省いてしまえば、ストーリーとズレてしまいますよう。その調節が難しいんです」
よう――と言った。
「悪戯に丁寧な作画にしても意味はないし、だからって全部手を抜いたってしまらない。小説家が人間であるように、アニメーターや脚本家、監督だって人間なんですよう。限られた時間で、最高の技術で――提供するんですよう」
「……言ってることは良いことかもしれねえけどよ」
俺は意見を差しはさんだ。まあ、小説で言えば段落が一つ変わるように、言葉が途切れたから、都合がいいのかもしれない。
「でも――そうじゃあねえだろ。作者の意見を歪曲したり、適当にでっち上げたりして、最高の原作から最悪なアニメができることだって、あるだろ? むしろそれが、多いんじゃねえのか。必ずしもそういう制作側の努力が、吉と出るわけじゃあ、ねえんだろ。頑張りを評価してほしくて、そいつらはアニメ作ってんのか?」
「その吉凶は、観る者が評価しなければ分かりませんよう」
「だろ。だったら――」
いやあ、ここは本当、流石だと思ったぜ。俺の言葉を遮るには、丁度いいタイミングだった。山谷柔――こいつ、解ってやがる。
でも
「それは小説も同じですよう」
「ッ――――」
その言葉を、一瞬
言葉を、信念を。
「小説も、流行を取り入れて、人気しそうな要素をふんだんに加えて、魅力的なキャラを出したところで、作者の自信作だと鼓舞していたところで、それは誰かが読んでみなければどうなるかは分からない――作家や担当編集、プロデューサーの予想はあくまで予想であって、現実や事実ではないんですよう。博打なんですよう。むしろ原作小説という期待がある分、失敗したときのリスクは、原作なしより多いんですよう」
「じゃあ――」
その次の言葉は、気のせいかもしれねえが、傍点が付いていた。
「だからこそ、面白い物語に出会えた時の感動は、何にも代えがたい。」
山谷柔を、心で、理解できたと思った。
思ったっつうか、思わされちまった。
それだけの言葉だった、心だった。
ったく――俺の方が、折れちまったじゃねえか。
そういうことかよ、なんだよ。自分の言葉を曲げねえって思ったはずなのに、納得させられちまった。俺だって、小さいながらも、親に隠れてアニメを見た――そしてそれで、感動してきたことを、思い出しちまった。『とある魔術の禁書目録』も『化物語』も『ソードアート・オンライン』も、『氷菓』も『新世界より』も『有頂天家族』も『図書館戦争』も『Another』も、面白かったことを、思い出しちまったじゃねえか。
この女の方が、一枚も二枚も上手だった。
餓鬼が大人を篭絡せしめるって展開を、披露するつもりだったってのによ。こりゃ、家で一人大反省会を開くほかないぜ。
「……ははは、そういうことかよ。なーんだ。見失ってたのは、俺の方だったってわけだ」「そうでもありませんよう。礼くんの意見も、アニメ化すればオッケー、な気持ちも、なかなかどうして感じられますから、身に染みる方もいるでしょうが――まあ、アニメ制作について、世界は厳しいですから、私くらい、優しくなってあげようとしたのですよう」
「……なんだよ、その意識」
「それで? 礼くんは何か買っていくのですか?」
「あ?」
「まさか本を睨んで、それで帰るということは、無いですよね」
「…………」
まあ、元々買う予定の小説は決めていたが――まあ、たまにはいいか。
そう思って、置いてあったライトノベルコーナーの一冊を適当に手に取って、手渡した。
「会計、頼むぜ」
かしこまりました――と、店員の口調になって、柔は言った。切り替えの早い奴だ。社会で生きてくの上手いだろうぜ。
「その一冊が、あなたにとって忘れられない一冊になることを、祈りますよう」
そう言って、山谷柔は、笑いやがった。
笑顔の方が可愛いじゃねえか、とは言えなかったし。
ありがとな――とも、気恥ずかしくて言えるわけねえな。
それ以来、俺は、書店で柔に会うことはなかった。
いや、別に書店に行かなくなったとか――柔は忽然と姿を消したとか、そういうミステリアス系のオチじゃねえよ。前者は嫌な奴だし、後者みてえなことが現実に起こるわけねえだろ。
ただ単に、学校をサボって本屋に行くことは辞めたってだけだ。
真面目になったってことだよ。毎日のように喧嘩しあって、大人になる意味なんてねーと思っていて、世の中のことが全部嫌になっていて、本屋にいることでしか自分を証明できなかった俺にとっては――まあ奇跡的な体験だったぜ。勿論ちゃんと学校に行くことによる弊害もあったがな。親とも喧嘩したし、何度か家出もした。クラスではハブられてたが、そのまま通うことができた。
理由? んなもんねえよ。
偶然、あの時手に取ったライトノベルが面白くて――そのアニメが面白くて、将来アニメに携わる何かになりてえ、って思っただけだ。
笑っちまうよな。毎日産まなきゃよかったなんて言われて、殴られてた俺が――将来なんて全部諦めてた俺が、何かになりたいなんて思うとは、思わなかったぜ。
しかも、あれだけ嫌ってたアニメだ。
別に今まで絵を勉強してきたわけじゃねえ。
今から零から始めるんだ、ただの書痴が一朝一夕で辿り着けるような領域じゃあねえ。
確かに博打だな――信じられねえような狭い確率だ。
ただ、零じゃねえ。
限りなく零に近い確率の時は、大体一回目に引き当てるもんだ。
それがこの俺の、祭田礼の人生訓だぜ。
別に山谷柔に
だからこういうのは、一方的な感傷だ。
それに俺だって、あいつのお蔭なんて微塵も思ってねえし、別にこっちから会いに行こうなんて思わねえし、感謝もしてねえ。
ただ――まあ。
万が一あいつが俺のことを覚えていたら。
もしあいつが見ているアニメのエンドクレジットで、あの時のアニメ嫌いのクソガキの名前が出ていて。
もしそのアニメが最高に面白かったら。
きっとそれこそ、かけがえのない感動になる。
【
「
古文の詩文の発想・形式などを踏襲しながら、独自の作品を作りあげること。また、他人の作品の焼き直しの意にも用いる。
(了)
冷静柔 小狸 @segen_gen
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