俺は「あの映画みたいなオチは嫌だ」と頼んだだけなのに……何故、本当にその映画を観やがった?

@HasumiChouji

俺は「あの映画みたいなオチは嫌だ」と頼んだだけなのに……何故、本当にその映画を観やがった?

「変な喩えですけどね……日本で起きてる自転車泥棒の件数を調べるのって大変なんですよ」

 接見に来た弁護士はそう言った。

「どう云う事ですか?」

「自転車泥棒の場合、犯人には何の責任も無い、ほんの少しの状況の違いで『窃盗』になったり『強盗』になったりするんですよ。自転車の持ち主が、たまたま近くに居たかどうか……なんかでね」

「はぁ……」

「貴方も同じです。痴漢も、ほんの少しの状況の違いで、容疑が『迷惑防止条例違反』になったり『強制わいせつ』になったりする。で、貴方の容疑は、有罪になった場合により罰が重くなる『強制わいせつ』です」

 悪いお報せだ。

 でも、弁護士が知らない「良いお報せ」も有る。

 俺は捕まる寸前に、たまたまスマホのSNSアプリに表示された広告「悪魔との取引で願いを叶えましょう‼ どんな願いも貴方の魂と交換です」をタップする事に性交していた……じゃなかった成功していたのだ。


 勾留1日目の夜、本当に悪魔が現われてくれた。

 まぁ、悪魔と言っても、角と蝙蝠の翼と尻尾を除いては……クリーニングから返ってきたばかりのように見える背広にワイシャツ、そして、どうやら本人(いや、本魔か?)はお洒落のつもりでわざとやってるらしいダサい丸眼鏡の若い男の姿だったが。

「はぁ、なるほど……貴方はその『それでもボクはやってない』と云う映画みたいな理不尽な状況に陥るのは嫌だと」

「ああ……」

「何か、曖昧な願いですが……その映画の内容を確認しましょう。その上で、明日の晩にまた返事をします」

「そうしてくれ」


 たった2日ほどの取調べで俺は自白ゲロしそうになった。

 だが……悪魔との取引を心の支えに否認し続けた。

 そして、その夜……。

「あの映画の内容は理解いたしました」

「本当にそうか?」

「ええ、映画本篇は3回観直して、監督本人によるあの映画に関する著書やインタビューも確認しました。間違い有りません」

「じゃあ、俺の願いを叶えてくれるんだな?」

「ええ、もちろん」


 裁判は始まり……担当裁判官は女で、俺に対する心証は最初から最悪だった。

 これだから女を裁判官なんぞにするのは間違っている。

 悪魔との取引のお蔭で心に余裕が有るせいで、俺が内心で思ってた事が顔に出たようで……裁判官の心証は更に悪くなり……。

 けど、俺は悪魔を信じていた。

「すいません……こっちが不利です」

 弁護士はそう俺に告げた。

「でも……ほんの微かな希望ですが……希望は有ります」

「どんな希望っすか?」

「裁判は4月を跨ぎます。期跨ぎになれば、ひょっとして……」


 だが、4月になってからの最初の公判で……担当の女裁判官を見た弁護士は真っ青な顔になり……。

 おい……どうしたんだよ、弁護士センセイよお……?

 何で動揺してるか判んねえけど……おいおい、弁護の内容が俺みて〜な馬鹿でも判るほどに支離滅裂になってるぞ……あわわわわ……。


 そして……5月末に俺は有罪判決を受けた。

「上告しますか?」

「少し……考えさせて下さい。ああ……そんな……まるで映画の『それでもボクはやってない』だ。こんな理不尽なオチになるなんて……」

 おい……待ってくれ……まさか、あの悪魔との取引は……夢か幻だったのか?

 だが、弁護士センセイはキョトンとした顔になり……。

「逆です。

「へっ?」

 弁護士センセイは……俺の顔を見て、何かに気付いたような表情になり……。

「ああ、勘違いしてる人が多いですが、『それでもボクはやってない』は

「ええ? じゃあ、あれ、何の映画なんですか?」

「日本の裁判の理不尽さについての映画です。でも、この裁判では……その理不尽さこそ、唯一の勝訴の鍵だったんですが……」

「い……いや……何を言ってんのか、さっぱり判んね〜んですけど……どうなってんすか?」

「あの担当裁判官は……本当は4月で異動で……その代りに……えっと、私、ヤメ検だって言ってましたよね?」

「は……はぁ……」

「あの担当裁判官の代りに新しい担当裁判官になる筈だったのは……人事交流で一時的に裁判官になってる私が検事だった頃の部下だったんですよ」

「えっ?」

「けど……

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