リフレインが止まらない

リフレインが止まらない


★★★


部室に現れた男は柔らかそうな銀色のショートカット髪を揺らしながら、布張りの椅子に深く腰掛けた藍澤の背後からふわりと抱き着くと、彼の耳元で吐息の様に囁いた。


「どうした晋太郎、君から連絡をして来るなんて珍しいじゃないか」


結構きつそうに見える瞳に憂いの輝きを湛え、見つめる男の視線を感じながら藍澤は目を閉じ優しく微笑むと膝の上で両手を組んでから暫くの沈黙の後再び目を開き、視線だけ男の方にゆっくりと向ける。


「実はちょっと協力していただきたい案件が有りまして」


男は藍澤に頼りにされた事が嬉しいのだろうか彼をぎゅっと抱き寄せる。


「君の頼みなら魂だって悪魔に売るさ」


男はそう言って藍澤の唇に自分の唇を重ねようとした。その様子を穂唖絽はあっけに取られて見詰め続けていたが流石にそこで正気に戻り、頬を染めテーブルをばたばたと乗り越えて二人の間に無理矢理割って入る。


「ちょ、ちょ、ちょっ、なに、なにやってんですか部長!!」


しかし、慌てふためく穂唖絽を尻目に藍澤は目を閉じ極めて冷静にこう言った。


「永星先輩、付き合える冗談はここまでですよ」


銀髪の男はちょっと不満そうな表情を浮かべながらゆっくりと体を起こし、スーツの上着を脱ぐと壁際の衣文賭けに引っ掛ける。そして、ウエストコート姿になった男の姿に視線を向けた穂唖絽は、男が肩から吊り下げているものを見て一瞬ぎょっとした。


男が肩から吊り下げていたのは拳銃をしまう為のショルダーホルスター。ちらりと見えたグリップの形状と銃身の形状から、収められているのはおそらく「ベレッタM92」。イタリア製で抜群の命中精度を誇るオートマチック拳銃だと思われた。


穂唖絽は以前、小説で使う資料のために拳銃の事を調べまくった事が有る。その時の記憶が蘇り、今見えたグリップと銃身から拳銃の種類を推測する事が出来た。今、自分の目の前に居る銀髪でピアスじゃらじゃらで、おちゃらけているこの男はどうやら只者では無いらしいと穂唖絽は思った。


「あのう、藍澤部長、こちらのお方は……」


穂唖絽は腫れ物に触れるような表情で藍澤に尋ねた。


「ああ、そう言えば」

「あのう、藍澤部長……こちらの方は、どなたでしょうか」


穂唖絽は少し引き攣った笑顔を浮かべながら腫れ物に触れるような態度で藍澤に尋ねた。


「ああ、そうか、庵住君は初対面だったね。紹介するよ、探偵倶楽部の先輩で警視庁捜査一課一係係長の永星柊太ながほししゅうたさんだ」


銀髪の男は穂唖絽に向き直ると笑顔を作りこう言った。


「宜しく、パグちゃん」

「パ、パグぅ!!」


永星の言葉に穂唖絽は瞬間湯沸かし器よりも数倍速く厚くなると同時に、それが適切すぎて反論するこ事が出来なくなった。星長はフリーズしている穂唖絽を見つめながら穂唖絽に構うことなく彼女を指差しながら藍澤に尋ねた。


「ところで、このパグちゃんは何者だい?」


藍澤は椅子に座り直すと小さく笑みを浮かべる。


「ああ、紹介が遅れましたね。彼女の名は庵住穂唖絽さんと言って、今年の新入生で探偵倶楽部の新入部員ですよ」


それを聞いた永星はかなり驚いた表情を見せる。


「と、言う事は晋太郎、このパグちゃんが探偵倶楽部の時期部長と言う事か?」

「まさか、残念ながら今現在、この学園には探偵倶楽部の部長を任せられる人物は居ませんよ」

「……そうか」

「従って、私が卒業したら探偵倶楽部は一時活動休止です」


永星は自分の顎を右手で弄りながら残念そうな表情を浮かべた。


「そうか、君のお爺様はかなり落胆してるんじゃないか?」

「ええ、私に留年しろとまで言ってきましたからね」


藍澤は苦笑いを浮かべながら永星に視線を向けた。そして、穂唖絽は藍澤が今言った休部と言う言葉に反応する。


「あ、あの、休部って……何で、ですか?」

「ああ、部長が居ない部は存続出来ないからね」

「……私が居るじゃないですか。だから問題ないんじゃぁ」


まだテーブルの上でに座り込む穂唖絽の表情を見てから藍澤は瞳を伏せる。


「君には無理だよ」

「勝手に決めつけないでください!!」

「庵住くん、君の目的は、この部で小説を書くことなんだろう、基本的に方向性が違ってるんだよ」


穂唖絽は藍澤の言葉に黙り込む。そして、のろのろとテーブルから降りると、ソファーに座り視線を落として黙り込む。そうだ、ここは探偵倶楽部、しかも本当に現実の事件と向き合う部なのだ。穂唖絽は少し反省する。ここは文芸部ではないのだと。


「さて、そろそろ本題に入ってくれるかな、晋太郎」


永星は藍澤が座る椅子の後ろに回り込むと背もたれに右肘をつき、藍澤の耳もとで呟いた。


「ああなってしまうそうでしたね。実は捜査状況がどうなっているか聞きたい案件が有るんです」

「晋太郎が情報を提供欲しがるとは、珍しいじゃないか」

「ええ、出来るだけ手っ取り早いく片づけてしまいたいもので」

「聞こうか」


藍澤は脚を組み直し伏せていた視線を上げると徐に話し出す。


「実は、ここにいる庵住君のクラスには不自然な空席が有るんです」


藍澤の言葉に永星は不思議そうな表情を見せる。


「そして、放課後、その責に向かって話し掛ける女子生徒が一人……」


永星は藍澤が何を言わんとしているのか理解出来ず、無言で話を聞き続ける。


「そして、知りたいのはこの少年の情報です」


藍澤はそう言いながら懐からスマートフォンを取り出すと、一人の少年の画像を表示させた。


「この少年は?」


永星はスマートフォンの画像を覗き込みながら尋ねた後、暫く考え込んでから右の眼尻をぴくりとさせる。


「つい先日行方不明になった少年だね」

「ご存知でしたか、それなら話しは早い」


二人だけで何事か話を進めていることに不満気な表情を作ると穂唖絽は再びテーブルの上に這いつくばって二人の間に割って入る。


「何、二人だけで話を進めてるんですか」


そして藍澤の顔を見上げながら、まるで猫が主人にじゃれ付くようにスマートフォンをのぞき込む。


「そうだった、これは君の事件だったね」


苦笑いをを浮かべながら藍澤は穂唖絽にスマートフォンの画像を向ける。


「誰ですかこれ……」

「君が探している人物だよ」

「私が探している?」

「そう、君のクラスの空席の主だ」


穂唖絽はその姿をまじまじとみ見詰めた。クロスジャックマッシュに大きな瞳、少し丸みを帯びた輪郭は若干の幼さを残している。粗さが残るその画像は、卒業アルバムから取り込まれたものと推察できた。


「この子の名は松山柊太まつやましゅうた。先月末に、自宅近所の児童公園で見かけられたのを最後に姿を消した」


永星は携帯の画像を見つめながら呟く様に語り始める。


「当初は単純な家出かと思われたんだが、良く調べてみると極めて奇異な失踪事件であることが分かった」


穂唖絽は永星を見上げながら、不思議そうな表情で尋ねる。


「奇異……ですか」

「そう、極めて訳が分からない失踪事件なのさ。いいかい」


永星はそう言うと体を起こし踵を返すと壁際のホワイトボードに向かって歩き出す。そして、マーカーを手に取ると松山柊太が失踪した公園の見取り図を描き始めた。そして、書き終わると同時にマーカーで公園の中央を指示した。


「まず、だ、松山柊太君はここで失踪した」


穂唖絽は永星が指示した公園の中央の意味が理解できなかった。そして小さく手を上げると済まなそうにこう尋ねた。


「……あの、そこで誘拐されたとか、そういう意味ですか?」

「違うよ、ここで消えたのさ」

「消えた?」

「いいかい、この公園は北側と南側に出入り口が有って、周りは比較的背の高い樹木の植え込みが有る」


そう言うと永星は二人の方向に向き直る。


「高校生の男子なら乗り越えられない訳ではないが、そんな事をするくらいなら、素直に出入り口を利用した方が労力的にははるかにい軽いし賢いだろう」


そこまで聞いて穂唖絽が再び口を開く。


「それで、消えたって言うのはどういう意味ですか」

「鑑識が地面を徹底的に調べた結果、彼は南側の入り口から入って行った事は分かったんだが出て行った形跡がない」

「はぁ……」


永星は再びホワイトボードに向き直ると公園の中心に小さく×印を描いて見せた。


「あのう……」

「ん?何だい、パグちゃん」


穂唖絽は永星が自分が時分の事を「パグ」と認識した事に、思わずムッとする。


「風かなんかで消えただけなんじゃないですか、。それか、公園で遊んでた子供たちの足跡に紛れて分からなくなっちゃったとか」

「いや、それはないね。最後に目撃された時、彼は一人きりだけだったそうだ。それに、当日の天気は晴天でほぼ無風。足跡が消える可能性はあまり大きくない」

「でも、目撃されてから警察が調べ始めるまでは少し時間が有るわけでしょう、何かの理由で消える可能性はあると思いますけど」


永星はちらりと穂唖絽の方に視線を向けた。


「警察犬にもお出まし願って周囲を捜索したんだがはにおいを追いかける事が出来なかったよ」

「やっぱり、何かの理由で偶然消えたんじゃ……」

「更に公園を上空から撮影して画像解析した結果、彼の足跡は完全に公園のほぼ中央付近でぱったりと消えてなくなっていた」

「はぁ……」


釈然としない表情の穂唖絽はテーブルから降りるとスカートの裾を直しながらソファーに座り直した。


「この公園は西側にブランコが有って、北東の方向にすべり台とジャングルジムが組み合わさったような遊具が有るが、彼は公園のほぼ中央付近で姿を消しているから、これらを伝って両サイドの芝生に移動することも不可能だ」


永星はそう説明してからペンにキャップをするとホワイトボードのペン入れにそれを戻す。


「あの、一つ質問宜しいですか?」

「ん、なんだい、パグちゃん」

「その、松山柊太君が一番最後に目撃された時の状況って、どんなだったんですか?」

「ん、ああ、彼を最後に目撃したのは母親と買い物帰りだった七歳の少年だね」

「え?七歳の?」

「そうだ、その少年の証言によると、松山柊太は公園の中央で、突然消えたと言う事だ」

「消えた?突然?」

「そうだ。少年曰く、まるで瞬間移動の様に消え去ったそうだ」

「お母さんが一緒だったんですよね、お母さんはそれを見なかったんですか」

「母親は何も見ていないそうだ」

「見ていない……」

「松山柊太君が消える瞬間を見た少年が声を上げたから、その瞬間そちらの方に視線を向けたが、その時には何も無かったそうだ」


穂唖絽はひどく怪訝そうな表情で永星に尋ねてみた。


「あの……目撃情報って、それだけなんですか?」

「その通りだ」

「それを警察は真に受けて信じていると……」

「そう言う事だ」


穂唖絽は瞳を閉じて頭をがくんと垂れると心の中で大きな声で叫んだ。


「ば、ばっかで~~~」


穂唖絽は思う、良く考えろと。被害者と思しき松山柊太は公園のど真ん中で、鑑識の見解によれば公園のほぼ中央で消息を消した。それを証明する目撃情報をもたらしたのは七歳の子供。特撮ヒーロー物ではスタンダードな現象かもしれないが、現実世界で絶対起こるはずがない事くらいはちょっと考えれば分るだろうと。


「え、え~と、永星さん」

「何かねパグちゃん」

「もう一度最初から調べ直した方が良くないですか?」

「何故?」

「だって、非現実すぎるじゃぁないですかこの事件」

「非現実的?じゃぁ、パグちゃん、ちょっと聞くけど現実と非現実の境目って、どこに有るんだい?」

「境目って……」


穂唖絽は永星の質問の答えに詰まる。


「いいかい、事件の捜査って言うのは先入観を持っていかかると真実に辿り着けなくなるものなんだ。重要なのは全てを素直に受け入れる、分かるかい?パグちゃん」


穂唖絽は永星の言葉にははっとする。


「だから、君に探偵倶楽部の部長は無理だと言ったのさ」


藍澤はいつもとは違う鋭い視線で穂唖絽を射貫くように見詰めると、吐き捨てる様にそう言った。そして、穂唖絽は何も言い返すこ事なく俯いた。


「まあまあ、晋太郎、そう無気になるな。パグちゃんはまだ経験が足りないだけさ。来年の今頃には大化けしてるかも知れないじゃないか」


永星がすかさずフォローを入れたが、その言葉は穂唖絽には届かなかった。穂唖絽の頭の中ではリフレインが止まらない、永星の言葉と藍澤の言葉がエンドレスで繰り返された。

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部活探偵 庵住穂唖絽の事件簿-時ツグル魔女の章- 優蘭みこ @YouRanmiko

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